第一章 三幕 8.反抗開始
「さて、今日も練習を始めようか」
薄い、少ない、色味がないと、三拍子揃った朝食を平らげた後、臨時師匠はそう言った。
拉致されて三日目だが、迎えた朝は二度目だ。外があまり見えないので時間感覚がバカになりそうだが、カイはなんとか数えていた。
昨日は昼過ぎまで寝てしまっていた。やはり霊拳に挑戦した際の疲労が大きかったのかもしれない。気を遣ってくれたのか、プリムラさんは自分の分の食事まで分けてくれた。
午後からやったのは持続トレーニング。と言ってもひたすらにオーラの流れを一定に保ち、長時間続けるだけのメニューだ。己の限界を一度突破することでリミッターが補正されたというか、明らかに今までとはオーラの流れも違った。どうもあの暴走が相まって、俺はより敏感にオーラを制御できるようになっているらしい。昨日は三時間程度持続させることができた。最小限の魔力を放出していたとは言え、実戦でも二時間は持つだろうと、プリムラさんのお墨付きだ。
だがその特訓以外は酷く退屈だ。看守がいるわけでもなく、何か虐げられるわけでもない。本当に人質としてしか見られていないんだなと思う。
携帯も取られてはいないが、電波探知でもされたら処刑まっしぐらだ。何よりこの牢獄には監視カメラが設置してある。あえて制限をかけないことで、処刑する口実をいつでも作れるようにしているとしか思えない。それは全員が承知している。故に誰も行動しようとしない。しくじればみんなが犠牲になることなんて、誰もが分かり切っていた。
「さて、今日は霊拳にする?」
「そうします」
短く返事をして、カイは魔力の流れを加速させる。あんな失敗は二度とない。あの暴走を経て俺は何段階も成長している。そんな感覚がある。これなら一発で決められるさ。
右手を目線の高さまで上げる。用意はできた。
「…………霊拳!」
指示されると同時に反射的にオーラが移動する。その間、発動したはずの俺でも捉えられなかった。気づけば霊拳が完成していた。込められたオーラは何倍にも凝縮され、深めの青色を帯びている。漂う覇気は少しだけだが、それでも空気を震わせている気もした。
「……素晴らしいよ」
プリムラは簡単の息を漏らした。「いやはや、たった三日でここまで成長してくれるとは。やはり君には天性の才能があるな」
「プリムラさんの指導あってこそです。限界を超えるあの経験が無ければ、今の俺は在りませんでした。感謝します」
「大げさな」
プリムラは笑って謙遜したが、実際事実なのだ。
「……そういえば」
不意に思い出してカイは尋ねる。「階級って、あるんですか」
「ん? 知らなかったかい?」
「まあ、俺は何級とかの階級しか知りませんから……プリムラさんが階級を名乗ってあの男を圧倒していたので、なにか重要なものなのかと」
「なるほど。ならば今教えてやろう。協会の基本知識だ」
――メイジャーの階級を判断するものは、大きく分けて四種類ある。
一つ目が強さを表す『等級』というもの。五級、四級、三級、準二級、二級、準一級、一級、準特級、特級、極級の十段階に分かれており、特級と極級においては数えられるほどの人数しかいない。それこそ協会の最高戦力たる存在となり、下手すれば国の軍隊を壊滅させることだって可能な存在となっているのだ。
二つ目が功績を表す『星』というもの。単純に実績によって決まり、一つ星から五つ星まである。これは協会勤続年数が多いほど、星も多い傾向があるという。
三つ目が魔力量を表す『実力指数』というもの。自身の魔力量を数値化したものであり、どれだけ強い技を出せるか、どれだけ持続して戦闘できるかがある程度分かるという。しかしこれは戦闘力のようなものであり、厳密には階級とは言えない。
「そしてこれら四つを合わせて、総合的にみた評価が階級だ」
基本的に智、義、信、礼、仁、徳、賢の七段階で表される、メイジャーとしての総合評価。等級で負けていても、その他の要素を合わせると階級が上になることなんて珍しくない。
「そして、賢のさらに上、例外であるメイジャー協会最高戦力の名は知ってるかい?」
「はい。『帥』ですね」
「その通り。彼ら九名は選ばれし者たち。帥一人で並のメイジャー五人分に匹敵するとも言われる。正に異才、規格外だ」
「へえ……思ったよりすごいんですね」
「舐めてた?」
「多少は」
「そんなに弱いわけがないじゃないか。恐らく帥の中のトップであれば、一人でこのアジトを制圧できる力は充分にあるぞ」
「そんなに⁉︎」
「あー……制圧というより、消滅かなあ」
それが事実であれば、規格外という言葉も頷けるな。プリムラの言葉を聞いてカイは首をこくこくと縦に振った。
「ともかく、私があいつを退げることができたのも半分階級のおかげなんだ。部隊の統率は特段事情がない限り、最も上の階級の者がその権利を負う。調査団としての基本だな」
「なるほど」
ナリタさんはまだ教えてくれなかったな。戦力確保が最優先なのかな。でもそのうち教えてくれていただろうに、捕まってしまった俺は本当に情けない……
「……あれ」
カイはふと思い出した。俺はナリタさんの孤児院にある、トレーニングルームで寝ていたはずだ。そこからどう拉致した? 壁は特別頑丈なはずだ。仮に壁を破壊したなら、音がするだろう。そうなるとナリタさんたちが駆けつけているはずだ。
「プリムラさん」
「なんだ?」
「あなたはどうやって拉致されたんでしたっけ?」
「買い物中に麻酔銃かなんか撃ち込まれて、そのまま意識が無くなって、気づけばここにだったよ」
「周りに人はいましたか?」
「いた」
「誰も助けなかったんですか?」
「……声をかけられた記憶もない」
人が倒れたのに騒ぎにならないはずがない。プリムラさんを拉致できた理由は魔術に隠されていそうだ。
「なんで誰もプリムラさんを助けなかったんだろう」
「言われてみれば確かに。私は、誰かが介抱しに来たその時には、既に昏睡していたのかと思い込んでいた。しかし……」
「ちなみに俺は、部屋から連れ去られました。外には人がいたのに、誰も気づきませんでした」
カイがそれを伝えると、プリムラは目を丸くした。
「……ひとまず大きな結論は出ましたか?」
「そうだな。敵に
ウィザードとは、協会に敵対する魔術師の総称である。世界でも問題視されており、協会は更生もしくは駆逐を徹底している。
「ウィザードがいるとして、どんな魔術を使うのでしょうか」
「いろんな人から拉致されたときの状況を聞こう。その情報を合わせれば答えは絞られてくる」
早速二人は行動に移った。
※
拉致されたときの状況……? あの、既に寝ていたので分かりません……でも私の家にいたのは確かです。一人暮らしなので誰が忍び込んだとかは、目撃してる人はいないと思います……
麻酔銃を撃たれたんだよ。こう……ブスッと。痛みが走って、すぐ眠くなって……あ、家でテレビ見てたな。確か上で女房が寝てたはずなんだが、どうも気づいてくれなかったみたいだ。帰ったら早く会いてえな。
あれは夜間の警備任務を遂行していたときです。突然バチンと背中に痛みが走って、すぐに刺すような痛みに変わって、体が痺れて、すぐに意識がなくなって。辺りに人ですか? 確かいませんでしたよ。深夜の任務は独りなのでね! ハッハッハァッ!
※
「……それで」
数人に聞いた後、二人はあの男に事情聴取を行っていた。「あなたが拉致されたときの状況を聞かせてください」
身分の差も考え、プリムラが直接尋ねる。
「俺はな、戦ったんだよ」
「本当ですか!」
今までとは違う、しかも戦闘経験有りときた。何か有益な情報が得られるかもしれない。
「ああ……本当だ」
カイの気迫に押され、男は回想を始めた。「俺の能力を使って相手を検知した。敵は二人、暗闇でよく見えなかったが元々黒いローブを着ていた。明るくても見えなかっただろうな。そのまま応戦していたが、突然一人が消えた……いや、消えるというより沈んでいたか? 困惑していると背後に回られ、そのまま麻酔か何かを打たれておしまいだ」
瞬間移動の類に思えるが、男の感覚が本物なら話は別だ。消滅から再出現までの間隔が空いているなら、瞬間移動ではなく別の手段で移動したことになる。
「沈んだとしたら……地中に潜ったのか?」
カイが一つの推論を問いかける。
「俺もよく見れた訳じゃないからなんとも。だが感覚的にはそうだ。アスファルト上ではあったが魔術なら十分可能だろ」
「やはりか……ありがとうございました」
ぺこりと一礼し、カイとプリムラは鉄格子の目の前まで戻る。
「……いい情報を掴んだな」
「はい、地面に潜る能力……これが本当なら、俺を拉致できた理由も頷けます」
「あとはなぜ、周囲の人々が反応しなかったか」
「それも……魔術としか考えようがなく」
ナリタさん曰く、魔力はなんでもできる可能性を秘めている。魔術に昇華したとき、人によってランダムな能力になることがその証明になる。だとしたら、存在を消す能力もあっておかしくはない。だが魔力は万能であって全能ではない。人智をかけ離れた能力ほど、何かしらのリスクなどが伴うはずなのだ。
「バッヂ……何か証をつけるのが発動条件だったりしそうだな」
「能力の予測か? 存在を消す能力と仮定すると、その程度のリスクというか条件は必要だな」
「ですが、いつ付けたのか」
そう、そこである。周りに人がいない状況で堂々とバッヂをつけられるはずがない。麻酔銃と共に発射すればいいか? そもそもバッヂは具現化されたものなのか、
「単に魔力の塊に何かしらの効果を付与し、それをぶつけるだけでも良さそうだな」
「魔力の塊……」
「ま、そんな単純なものに複雑な効果を付与すると、代償として当たったときにとんでもない痛みを伴うだろうな。バレないようにするという点では全く使い物にならない」
プリムラがやれやれと手のひらを見せた。しかし、カイはその発言に冷や水を浴びせられた。
――突然バチンと背中に痛みが走って、すぐに刺すような痛みに変わって――
「痛み……それです!」
辻褄が合った瞬間、カイはプリムラに迫り、そう叫んだ。
「お、おう?」
当のプリムラは困惑した。急に冷静なカイが大声を上げたのだ。多分奥にいる人たちも驚いているだろう。
「痛みがあるが、当たれば対象の存在を周りに感知されなくなる能力。それを麻酔銃と同時に衝突させるんです。叩かれたような痛みは麻酔銃の刺すような痛みに掻き消されますし、即効性があるなら即座に周囲の神経は感覚を無くすはず。みんなが感じられなかったことにも頷けます」
「なるほど! 痛みを麻酔銃の痛みに上書きしていたと言うのか!」
プリムラもその仮説に納得がいく。「ああ、それなら気がつかないだろう。そして、それならばもう一つ推測できることがある」
「なんですか?」
「なぜ彼らは彼ら自身にその能力を使わなかったのか。そして私たちの運搬方法だ」
確かに、存在を消せる能力があればそれを味方に付与し、誰にも気づかれずに拉致することが可能だ。そのメリットをわざわざ捨ててまでこんなことする必要はない。
「存在を消されるという観点から考えれば、対象は人に干渉できないとか、そういうデメリット効果もありそうです」
「存在を消す能力があれば、存在を認知させる能力もあるはずだ」
突然横から声が入った。見れば、夜中の警備中に拉致された、メガネをつけたあの若い男がそこに立っていた。それだけじゃない、後ろには先ほど声をかけた二人も集まっている。
「俺たちにいろいろ聞いてきたってことは、相手に一矢報いる策でも立てようとしているんだろ? みんなで反抗作戦といこう。俺たちも協力して手を貸す」
「ありがとうございます……!」
プリムラが立ち上がり、深く礼をした。そして、カイは先ほどの発言に対してさらに質問する。
「どういうことですか? その……存在を認知させる能力もあるというのは」
「この手の魔術はね、本来の能力と相反する能力も対になって体得するものなんだ。つまり存在を消す、あるいは周りに認知させなくする能力であればその逆……存在を再び現すか、周りに認知させる能力があるはずだ。分かるかい?」
「なるほど……仮に後者であれば、共犯者にだけ認知させるのは容易なことか。それなら運搬も容易に進むのかもしれない」
「そういうことだ。こういうものが持つ概念に干渉する魔術を俗に『概念型魔術』と呼ぶんだ。僕の魔術も概念型魔術に当たるから、少し詳しいんだ」
「そうなんですか……あの、名前は」
「フレッド・ゲーテ。三級メイジャーだ」
「フレッドさん、いえ、皆さんも、力を貸してくださってありがとうございます」
「いえいえ……お気になさらず……私たちも……協会に迷惑かけたくないので……」
沈黙が多めな幼顔の女性がそう言う。
「協会と言わず、いろんなところに迷惑かけてるだろうな。さっさと帰らんといらん心配させてしまう」
女房がどうとか言ってた、五十代前後の男は振り返り、奥にいる同年代くらいの中年メイジャーに呼びかける。「あんたもそうだろ!」
「チッ……分かったよ!」
奥に座っていた男だったが、大きく舌打ちして渋々出てくる。「俺も参加すりゃいいんだろ」
「やはり団結は重要ですからね。あなただけと言わず、皆さんお名前は?」
「…………アギト・ユスタフだ」
「あ、あの……私は……アリア・ミアス……です……どうかよろしく……」
「すると俺の番か? ダイレス・ラーザードだ。よろしくな」
「もう一度言うが、フレッド・ゲーテ。よろしく」
「プリムラ・マラコイデスと言います。今回の……まあ作戦において指揮統制を担うこととなりますが、どうかよろしくお願いします」
「カイ・シンパスです。新人ですが、みなさんのお役に立てるよう尽力します」
「よし、この六名でなんとか頑張っていきましょう」
プリムラが拳を突き上げた。
「まずは他の牢の状況を確かめたいですね。できれば対話も」
「何か行動を起こすなら……そこについている……防犯カメラ……なんとか、しなくちゃですね……」
「隠密性が求められるなら、しばらく俺の出番はないな」
「では、私の能力を使ってみますね」
そう言うとプリムラはカメラの真横に回り、死角に入った。そしてそのままカメラを見据え、心の中で詠唱する。
――
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