第一章 三幕 6.統帥会議
智、義、信、礼、仁、徳、賢――七段階のように見えるメイジャーの階級には、特別な位が存在する。それが『帥』と呼ばれる、九名のメイジャー協会最高戦力。その帥とMAITの司令官を交えた月に一度の集まり、『統帥会議』が今、始まった――
――五月二日――
「では、始めるとしよう」
その一言で会議は始まった。大柄な男がまず話し出す。
[戦帥 ネオ・タイラント]
「アジュシェニュによる大騒動が起きてから一夜明けた。しかしそのほとぼりが冷めることは到底なく、世界は未だ混乱の渦中にある。インターネット上で散見されるデマの数々、便乗した輩による犯行予告、まだ金融危機や株価大暴落には至っていないのが不幸中の幸いだが……早急に解決せねばそれが現実になる。そんな予測は容易い」
[命帥 ガスター・フェイト]
「アジュシェニュの活動は、二年前の掃討作戦以来止まっていた。しかし今回突然に活動を再開した、それもメイジャーを拉致できる力を持ってだ。何か裏があるのかもしれない」
[獣帥 エンダー・オー]
「俺も割と情報収集は頑張ってるんだけど……まだ特定には至ってない。アジトの位置はかなり隠されているようだ……動物殺してでも隠してるなら殺す」
[MAIT司令官 ソロ・ゲイル]
「そうだな……アジトの位置が分からねば何も対策できない。早急に特定するべきだな」
[眼帥 ナリタ・エンパイア]
「それについては、ユカを中心とした隠密部隊を作るつもりです。即時展開即時撤退の部隊なら、勘付かれる可能性も限りなくゼロにできます」
[光帥 レン・カヒリ]
「ユカのワープ能力主体か……事前に敵の配置や囚われている場所などを知っておくのは大きな利点となるな」
[忍帥 アオイ・シグレ]
「それは構いませんが……当の本人はそれを覚悟していますか?」
[空帥 ユカ・メランテ]
「私は既に了承してる。もっとも、わたしは輸送するだけらしいけど、テレポートするためにもゲートは必要だから先に潜入しないといけない」
[炎帥 フォルス・エンペラー]
「一人で行くには危険かもしれないな。護衛をつけるとしよう」
[剣帥 コタロー・シンエース]
「敵の位置を探知する必要もあるだろう。私が行く」
「ありがとうございます」
ユカが一礼した。会話がひと段落したところでソロが立ち上がった。十枚の紙を手に持っており、それを次々に配る。
「現状で判明している、三日前から音信不通になっている人のリストだ。これで少しは敵がどんなものか分かるかもしれない」
集められた十人はその紙に目を通す。そうしていると、レンがふと声を漏らした。
「プリムラ……!」
他の九人の視線が一気に向く。ソロがひとつ尋ねた。
「知り合いか?」
「共同任務を行ったことがあります。プリムラ・マラコイデス……二級メイジャー、三つ星、階級は……徳」
「徳……か」
普通の階級では二番目に高く、俗にエリートと呼ばれるのは大抵この階級以上からだ。それでも拉致されてしまったということは、
「相手は割と手強いな……魔術の嗜みがある者が手を貸している可能性もある」
ガスターが頭を抱えてうなった。
「なるほど、救出部隊も強めに配置します」
「頼んだ」
ナリタの宣言にソロが一言返し、今度は会議室のスクリーンに動画を映す。「それでは、今から見てもらうのは、アジュシェニュの犯行声明だ。これを見て何か気づいたことを言ってくれ」
全員が画面に集中する。しばらくして、
「うーん、やっぱり銃が新しく見える」
と、エンダーが素朴な疑問を呈する。それを聞いてネオが乗り出してきた。
「ネオさん……重い」
「すまないな。だが少しよく見させてくれ」
謝ったネオだが、その後宣言したように、容赦なくエンダーの頭に体重を乗せる。
「人の気も知らずにさぁ……」
エンダーが膨れっ面をした。
「それで、何か分かるのか?」
ガスターが腕組みをしながら尋ねる。
「ああ分かる」
そう返したネオは、その場から動画中の構成員が持っている様々な銃を指していく。
「Mk.340、M21、P1000……サブマシンガン、アサルトライフル、ピストルという差はあるが、どれも最新鋭の武器だ。特にP1000はまだ市場に出回っている数も少ないにも関わらず、ほぼ全ての構成員が所持しているのが分かる。これが何を意味しているか、みんなは分かっているだろう」
「アジュシェニュ単体での行動ではない……そう言うことでしょう」
下敷きになったエンダーがかろうじて声を上げた。「分かったなら早く……」
「そうだったな」
ネオが退がり、自由になったエンダーが口を開いた。「今のアジュシェニュではそう言った武器を大量に調達できるはずがない。だとするともっと大きな勢力が隠れていると考えられる……待って、なら武器を輸送している車を追えばアジトにつけるかもしれない」
「いや……連中はすでに調達し終えたんじゃないか?」
「弾薬の補給なども考えられます……物は試しです」
エンダーは急いで会議室の窓を開けた。地上二十階であることもお構いなしに身を乗り出す。
「ピーーーーー」
甲高い口笛が周りに響く。しばらく経つと向こうから黒い影が近づいてくるのが見えた。その正体は黒いカラスであった。
それを確認したエンダーは急いで窓を一つ外す。窓枠ギリギリに羽を広げ、カラスが室内に侵入してきた。長テーブルの端に着地したのを見て急いで懐を探る。いくつかのクルミの実をカラスに与える。食べている間にエンダーはカラスの身体に触れた。
「最近大量の武器を見なかったか?」
「覚えているものなのか?」
「カラスの頭を舐めないでください。イタズラしてきた人を、三年間覚えていたという例もあるんですから」
反論したエンダーは必死な目でカラスを見つめる。触れた手は寸分も動かさない。
「……そうか……どこでだ?……うん、分かった。ありがとう」
エンダーが一礼し、カラスは窓から退室して行った。黙って見ていた他の八人の視線を浴びながらエンダーは言った。
「地図って出せますか?」
「あ、ああ」
ソロが操作し、スクリーンに地図が映る。直接スクリーンに手をついて地図を動かし、ある地名の所で止め、指を差した。
「レトン西部郊外にあるグリーンウィンドの森、その入り口付近で武器の取引を見たらしい」
「その話は本当か!」
ガスターが異様に食いつく。「何人で取引していた、どんな武器だった、運搬に使われた車のナンバーはなんだ!」
「えっと……そこまでは聞いてません」
エンダーが怒涛の剣幕に押されて退く。「ただし、構成員が向かった方角は把握しました。入り口から北西方向です」
「有益な情報ですね。これでゲートの配置も上手くいくのではないですか?」
「うん、最寄りのゲートを把握できれば、あとはコタローさんが炙り出せると思う。私はそれに従ってゲートを置くだけで充分」
「一応更にアジトの位置を探るように頼んでおいた。作戦前までに見つけられたら連絡するよ」
「ありがとうございます」
「アジトの把握についてひと段落したようなら、次は救出部隊のメンバーを少し決めておこう」
と、フォルスが提案した。「と言っても、どんな人を集めるかを決めるだけだがな」
「隠密性に長ける能力の持ち主……アオイさんは行けますか?」
「行けるよ」
「じゃ、私とアオイさんは確定」
「戦闘特化は不向きそうだな」
「んじゃ、俺は無しだな」
「妥当だな。フォルスだと人質ごと消しかねない」
「僕も無理かな。会社の混乱を収めないといけないし」
「……コタローさんは?」
「私は参加できるが、役に立つのか?」
「ある程度加減ができて汎用性のある戦闘員はいくらいてもいいですからね」
「それじゃあ、僕も合わせるとユカ、アオイさん、コタローさんが帥からは参加すると言うことでよろしいですか?」
それに異論を唱える者はいない。
「そうだな……俺とガスターはそれぞれの仕事があるし、エンダーは探索に集中してもらう。レンは自分の会社を収めていてくれ。フォルスは……今回お留守番だな」
「うむ、それについては致し方ないな」
「あとは帥以外からですか……」
「アオイさん、それについては昨日話し合っています。確かコタローさんもいましたよね?」
「ああ、エレン、コノハ、カナタ、ゼロ、エンジが来ていたはずだ」
「隠密と言えば……ゴーストがいたな」
「ああ、ありがとうございますソロさん」
「会議に来ていたメンバーは参加が決まっていたが……加減が必要となるとゼロは外すべきか。あとは、そうだな……」
※
実行部隊は早々に決まったが、後方支援部隊の決定が少し遅れた。それぞれに適切な人材を探り、連絡を取り、配置していく。日没近くまで時間はかかったが、全メンバーが納得できるような部隊が出来上がった。
「――作戦に関する指示はナリタが一任することでいいか?」
「ええ、構いません」
「医療班の構成について、カナには僕から言っておくよ」
「頼んだ。では、人数も多くなってきたことだ。このあたりで決定しようと思うが」
「……あっ」
コタローの最終通告から三秒空け、ユカが声を出した。
「今回のメイジャー試験の合格者についての話なんだけど……」
ユカはジンとカイの試験での出来事、潜在能力などを説明した。そしてカイがアジュシェニュに囚われている可能性があること、ジンが救出部隊への参加を強く希望していることを伝えた。
「――なるほど、ダンさんの息子さんか」
ソロが一人頷く。「エンフェント族と言うだけでも戦力的には大きいが、本当に一週間で行法全て覚えられるのか?」
「私が感じたものとしては、彼は既に『陣』と『翔』を使えるようでした。無意識とは言え、この二つについてはすぐに取得すると思われます」
「そうか……いいだろう、ジンを救出部隊に参加させることを許可しよう」
「ありがとうございます」
ナリタとユカがソロに向かって軽くお辞儀をした。
「では、アジュシェニュに対する緊急の対策会議もこれで終了ですか。それでは、例年通りの会議を始めましょう」
レンは場の空気を変えようと大きく手を打つ。
「そうでしたね。例年の合格者確認。ネオさんは今回どう思いますか?」
「俺に聞かれてもな、唯一分かることは割と豊作かも……か」
「確認しないとなんとも言えません。コタローさん、合格者リストは持ってきていますか」
「抜かりなく」
そう言ってコタローは九枚のプリントを取り出し、全員に配る、配られ次第全員が目を通していく。
「先に言っておくが、今回カオスが合格している」
「カオス……狂魔術師か。指名手配だったのにこれでは捕まえにくい」
「意図が全く分からないが、今そんな考察をしている場合ではなかったな」
「ヴィッテもいる。私は彼も追っていたのだが……」
「すまないが、ドンマイとしか言えない」
若干しょげるガスターの背中を、ネオは軽く叩いて励ます。
「ヴィッテについては改心しちゃったみたいですし、なんでもジンとカイを見て、また戦いたいと」
「それならばまあ……いいだろう」
「そういえば、コタローのところに一人弟子が入ったと聞いた。それはどんな人なんだ?」
ここで、レンがコタローに尋ねた。
「アレか……正直私も驚いている。あんな強引な方法でやってくるとは」
「私も居合わせたもので覚えています。うーん、あれはね……」
アオイが苦笑いをする。滅多にない行動に一同もそれに釣られかける。
「あと、弟子入りの情報を掴んだ者はいないか?」
「あ、私あります。なんでもマイに後輩ができたようです」
アオイはさも自分のことのように、喜びながら話した。
「マイと言うと……ニーシャのところか」
「はい。なんでもすごく野生的な戦闘スタイルの方のようです」
「野生的か。それはまた興味深い」
ネオが再び乗り出す。しかし今回はそれぞれの席に座っていたので、エンダーが押しつぶされることはなかった。
「ネオさんは何か掴んでますか?」
「俺は全くだ。エンダーは何かあるか」
「僕ですか……実は動物たちにカオスの動向を探らせていたのですが、どうも行方をくらませたようで……」
「ま、しょうがないか。コタローは何かあるか」
「風の噂でひとつ、
「神通大社と言えば、神降ろしの巫女。これは何かすごいことが起きる予感がしますね」
「先に予想されている魔獣大戦までには、ある程度成長してほしいものだ」
「ネオに同感。ところで、国際警察に入ったメイジャーはいないのか」
「それはガスターさんが一番知ってることかと思いますけど?」
「いや、こちらには何も連絡が来ていないんだ」
「うーん、僕にも新しい情報は入ってませんし、まだ世界中混乱していますから、もう少しほとぼりが冷めないと情報が掻き消されますから」
「そうか」
と一つ言い、ソロが立ち上がった。「ならやはり、アジュシェニュ問題の早期解決が望ましいな。ナリタ、救出部隊は一週間後、すぐに集められるようにしてくれ。エンダーは引き続きアジトの探索。ユカとコタローはアジト探索とゲート設置。ネオとガスターは軍と国際警察にそれぞれ協力要請を出してくれ。レンも一応支援物資を準備していてほしい。アオイやフォルスも暇があれば、他の者の手伝いをしてくれ」
「了解」
少しだけバラバラな返事ではあったが、思いは一致した。
「ではまた情報が入り次第また集まろう。会議終了」
※
日没から既に何時間も経った。普通であれば深夜徘徊に当たる時間帯だが、お構いなしにナリタとユカは歩いていた。
「……ジンは寝ただろうか」
「流石に寝てるでしょ。もう日付が変わるよ」
「そんな時間か……全く、飲み会に子供がいても変わらないな」
「それがいいんでしょ」
「……ああ」
と言った感じに、お互い他愛もない会話を繰り返す。気まずくはならない程度に離れて、二人は歩いた。
「カイは無事であってほしいよね」
突然ユカが言った。「ジンはカイをすごく尊敬していて、憧れるように見ていた。今カイを失えば、ジンはやる気をなくしてしまうかもしれない」
「ユカ……」
ナリタはユカの顔を覗き込んだ。「ジンのことよく見てるな。好きなのか?」
「なっ……バッカじゃないの!」
急に赤面してユカが声を張り上げる。「私はそこまで軽い女じゃないのよ! 私の好きは人はなあ……」
言いかけたところでユカの言葉は途切れ、顔がさらに赤くなる。
「……好きな人はな? 誰なんだ?」
再びナリタが顔を覗き込み、ユカは視線を逸らした。
「……しっ師匠だよ。私は今でもあの人が一番好きだよ」
「へぇ〜……」
意外に思ってるとも、弄んでるとも取れる表情でナリタは長く返事をした。「そっか、大人な人が好きなんだな」
「そう……だよ」
ユカは弱々しく返事をした。そして歩くスピードを上げる。
「ユカ?」
「いいの。早く帰ろ」
早々に帰りたがるユカを、ナリタはやれやれと追いかけた。
※
静かに音を立てて孤児院に入る。そのまま迷わず奥に進み、家のドアを開ける。
「ただいまって言っても寝てるか」
自分で突っ込みながらナリタが、次にユカが帰宅した。ふと見ると、トレーニングルームの明かりはまだ点いている。修行しすぎではと思い、ナリタがトレーニングルームに入る。
ジンは既に寝ていた。修行中に寝落ちしたというのが正しいか、地べたに仰向けになっている。
「……頑張っていたんだな」
ナリタはユカを呼び、布団を持って来させる。それを渡され、ジンに静かにかけた。
「おやすみジン、また頑張ろう」
そう言って、二人は電気を消した。そうして、街は夜に沈んでいった。
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