第一章 三幕 5.カイの状況

 墜落するような衝撃を受け、目覚めて初めに気づいた。ここは元いた場所じゃない。

 冷静に考えて修行の一環か、何かしらのトラブルに巻き込まれたか……前者はまずあり得ないだろう。普通に考えて後者、トラブルに巻き込まれたからだろう。

 慎重に目を開け、外の様子を確認する。エンジン音から察するに移送中なのか。とすると誘拐拉致、その辺だろう。なぜ気づかなかったのか。

 少し体を動かしてみると、やはり手足が痺れている。ガスか薬か、即効性のある睡眠物質で眠らされてたか。だとするとここがどこか見当もつかない。今の状態では逃げることもできないだろう。


 銃の部品の音を聞き、カイは目を閉じて動きを止める。そばに武装した何者かがいるようだ。暗いのが幸いした。明るい場所であれば、俺は身体の自由すら奪われてるどころか命の危険まで……


 息を殺す。どんなやつか見てみたい気分ではあるが、ハイリスクローリターンでしかない。今は大人しくしていないと。

 初め以降の音は聞こえない。バレずに済んだようだ。それにかすかにだが寝息を立てている。寝ているとは不用心な見張りだ。しかしこちらから何かしようとしても体が動かないので放っておく。


 音を立てないよう、ゆっくりと体勢を変え、見やすい姿勢になる。見張りは一人、傭兵のような格好でマシンガン携帯。あとは俺と同じような奴らが周りにごろごろ転がっている。年齢は様々だが、手口は同じと見られる。現状、何が目的なのかは全く不明だ。迂闊に動くよりはじっとしていた方が得策だろう。もうどこを走っているのか特定もできない……これからのことを考えれば、よし寝よう。睡眠は大事だからな。


 能天気に見えるが、これが現状もっとも有効な手立てのはずだ。カイはそっと目を閉じる。まだ麻酔が残っているのか、眠気は心配せずとも間もなくやってきた。


 ※


 次に目が覚めたのは、体を持ち上げられる感覚を感じたからだ。目が覚めてすぐ見えたのは、常闇に包まれた外の景色。既に夜になっていた。サクラが言っていた『ツキ』とか言うものがあれば明るかったのだろうか。だが今はそんなことを言っている場合ではない。ようやく奴らは目的地に着いたのか。よし、このまま少し観察でもしようか。


 周りはどうも森に覆われているようだ。目印がないからここがどこかも分からない。しかし周りにいる傭兵の所属だけは分かった。


 白六芒星はくろくぼうせいに血濡れた拳のマーク……アジュシェニュ一派だな。


 この辺じゃ割と有名な過激派組織。レトンなどとは違い、共産主義とピファニズムによる支配を掲げたテロ組織。しかし、数年前に掃討作戦があったはず……残党が再び立ち上げたというのか?


 それは気にしていられないが、これでなんとか筋道が見えてきた。


 アジュシェニュの目的、それはメイジャー協会への復讐でほぼ間違いないだろう。そのために俺のようなメイジャーの端くれを人質に取り、協会にいろいろ要求するつもり、絶対そうだ。


 なので今問題を起こしても状況は変わらない。大人しく気絶したフリをする。すぐに監禁拘束されると思っていたが違うようだ。地面の上に降ろされ、目隠しをつけられる。明るければ透けて景色くらい見えたのだが、こうも暗いと何も見えない。音だけで探るしかないか。

 そうして気を配っていると、本当に武器が揺れる音が多い。武装に武装を重ねたって感じだ。見張りの下っ端でさえ新型のマシンガン……アジュシェニュがそこまで勢力を拡大していたようには思えない。しかし他の武器がわからない。誰かリロードしてくれないかな……なんて思ってても何も起きないか。


 少し経ち、金属製の扉が重々しく開く音がした。数人の足音が聞こえる。それに駆け寄る一人の傭兵の音も。


「ボス、連れてきました」


「そうか、なら始めよう」


 始める? 何をだ?


 そのボスらしき人物が、ゆっくりと拘束された俺たちを見てくる。視線は感じる。ねちっこいが鋭い。ボスだけあってか、相当の実力者ではありそうだった。


「よし、お前来い」


 そう言われて腕を引っ張られる。隣の男性の気配が消えた。しかし眠っているのか反応が皆無だ。


 その後足音は離れ、何か話す声が聞こえた。しかし距離が離れているのか、全く聞き取れない。バレない程度に体を向けようとした瞬間だった。


 重めの発砲音と共に周囲の鳥が一斉に羽ばたいた。そして鈍く倒れる音がした。


 表情には出さない。考察における感情は心の中で充分だ。今、連れ去られた奴が殺されたのか? アジュシェニュ……地方のテロ組織だと思って油断していた。こいつらは思ったより真剣で残酷だ。俺が選ばれていたら……ゲームオーバーだった。


 銃声に反応して目を覚まし始めたのか、僅かに震えているのか、そう言った声が聞こえる。


「おら、泣いてないで立て!」


 そういった者に罵声が浴びせられ、順々に連れて行かれているらしい。思ったより多そうだ。銃声で一応起き、戸惑っているフリでもしておこう。フリと言いながら実際動揺しているのは確かだ。奴らは俺たちのことなど、いつでも簡単に殺せると言っているようなものだから。

 だから今はみんなと同じ場所に囚われた方がマシだ。首を回していると、案の定俺も背中を叩かれる。


「お前も起きてるなら立て」


 ドキドキしながらゆっくり立ち上がる。目を見られないだけマシかもしれない。そのまま背中を押され、手を引かれるがままに連れていかれる。


 ※


 乱暴に目隠しが外され、唐突に視界が開ける。室内であろう薄暗い空間も、今の状態では少し眩しく感じる。


「入ってろ」


 蹴り飛ばされて牢獄の中にダイブする。地面に激突するとともに扉が閉まり、鍵をかけられる音がした。


「きみ、大丈夫か? 麻酔はもう引いてるか?」


 芯がしっかりした女性の声が聞こえ、誰かが介抱しに来る。それに応えるように、カイは体を起こす。「ありがとうございます……特に怪我はありません」


 そう言ったとき、懐からメイジャーライセンスが落ちる。ちょっと空気が停滞し、ゆっくり拾う。


「君も……メイジャーなのか」


 君も……つまり……


「あなたも……ですか?」


 カイはやっと相手の顔をよく見た。藤色の髪。高めの位置でひとつに束ねられているのに関わらず、その先端は座っていると地面に着きそうだ。大人ではあるがまだ若々しく、活力がある顔。それのせいでもあるが、醸し出す印象はひどく優しく、場の雰囲気を僅かながら和ませていた。


「こんな場で悪いが初めまして。私は二級メイジャーのプリムラ。プリムラ・マラコイデス。よろしく」


「俺はカイ・シンパスと言います。五級メイジャー……というより、今日メイジャーになったばかりです」


「なるほど、それは災難だったね……」


「同情はありがたいですが……」


 そう言ってカイは周りを見渡した。「今は現状の把握が重要です」


「君……酷く冷静だね」


「昔からそういう環境で生きてきたので」


 少し弄ぶような口調に、カイは冷静に返す。空気を和ませようとしているのか。しかしその口端が震えていることを、カイは見逃さなかった。


「あなたも……怖いんですよね」


「……バレてたか」


 観念したような顔を見せる。「街へ買い出しに来ていただけだったんだ。それなのに突然痛みがあったと思ったら意識が遠のき、目が覚めたら人質……君はすごいな。私だと、こうして弱って泣きそうになってしまうよ」


 だから少しおしゃれした格好だったのか。少しの間を置き、カイが立ち上がった。そのままプリムラの背後に回り、優しくさする。


「大丈夫です。きっと生きて帰れますよ」


「そうだね……そうだといいな」


 何も映らないはずの天井を見上げた。「カイって言ったね、君、魔術は?」


「えっ……恥ずかしながら、まだ何も習っていなくて」


「そっか……そりゃそうか。今日受かったばかりだったね」


 プリムラはずいっと前に出てきて顔を近づけた。「君的に言うと、直ちに戦力を整える必要がある」


「まさか、プリムラさんが教えるんですか」


「そう言うことだ。君はメイジャーアカデミーにまだ一度も行ってないはずだし、アカデミーより私から教えた方が多分早い」


「……その」


 気まずそうにカイが口を開こうとしたが、せっかくの善意を無碍にするのもどうかと思い、喉元でとどまった。「いえ、やっぱりいいです」


「そっか、なら始めよう」


「うるせえんだよさっきから」


 奥から男の声が聞こえた。気が立っているらしく、口調と声色からは苛立ちが剥き出しになっている。


 暗がりから出てきたのは、ジャケットを羽織り、くたびれたような格好をした細い中年男性だった。その目は怒っているとも、死んでいるようにも見える。


「俺たちは既に人質なんだ。人質が変なことしてみろ、他の奴らまで危害が加わるんだ。何も変わらないまま危険だけが増してくなんてごめんだ」


「その意見は、奥にいる人たちの総意ですか?」


 プリムラは少し敬って尋ねる。


「いや、俺の独断だ。他の奴らはまだ寝てる」


「そうですか……では、階級を教えてもらっても?」


「二級、二つ星、階級は仁」


「では、口出しはしないでください」


「なに?」


 厳しいプリムラの声が男を動揺させる。


「私も二級ですが、星は四つ星、階級は徳です。よって指揮権は私にあります。それを行使し、私はこの子の指導を行う。あなたは止める権力を持っていない。強行手段ですが、納得していただけますか?」


 男は唇を噛み締め、一言吐き捨てて戻っていった。「せいぜい新しいメイジャーヒーローを気取ってろ」


「……その階級で策を投げ出すとは、古協会ふるきょうかいの模範だな」


 プリムラは小さく悪態をついた。カイは踏み込んではいけない気がし、ずっと黙っていた。


「さて、静かに鍛錬を始めよう。持続トレーニングから行くか?行法を覚えたいか?」


「即戦力になるには行法からですよね」


「そう……だね。今ここで練習できて、なおかつ即戦力となれる行法は二つ。霊拳と陣だ」


「二つでいいんですか?」


「全霊拳と瞬迎は派生技のようなもの。すぐに扱えて即戦力になるのはこの二つだ。覚え終わったらオーラの持続トレーニングをやる。何とかしてこの状況を打開するためだ、質より速さを求める。これでいいだろうね?」


「はい、早速始めましょう」


「いい心構えだね。霊拳から始めよう。右手を握って、目に見えるところに持ってきて」


 言われた通りにすると、次はオーラを出すよう言われる。


「今は一点集中でいい。身体中の力を右手に結集させる」


 その感覚は僅かに体得している。オーラを集めることは容易くなっていた。数秒かかったが、見事に結集してみせる。


 しかし、


「ダメね」


 とプリムラは一蹴した。


「完璧じゃないですか」


「確かに集めた魔力量は完璧だ。でも集めるまでが遅すぎる。霊拳を撃つのに敵は待ってくれない」


 そう言ってプリムラは右拳を目の高さまで上げる。じっと見ていると突然、その拳に膨大な量の魔力が込められた。


 一瞬に等しい速度、魔力を込めると思ってからほぼ同時に発動している。そんな気がした。


「込めると思ってから一秒未満が合格ライン。霊拳に持続力は必要ない。瞬発力と爆発力が決め手だ。まずは身体中の魔力の流れ、オーラの巡りを更に速めるところから始めよう」


 無言でカイは頷き、座り直してあぐらをかいた。


「少しくらい暴走しても構わない。まずは速さだ。堤防をぶっ飛ばす勢いの激流にしたっていいぞ!」


 ちょっと気が乗っているのか、最後だけ元気よく声をかけられる。まあいい、ならとことん速くしてみよう。暴走したらどうなるのか、知りたくもある。


 素早く流れるせせらぎは豪雨に唆され、濁流へと変貌する。速さも量も何段階も上だ。ぐるぐるぐるぐる巡っている。気を抜いたら一気に暴れ出してしまいそうだ。


「――リミッターは外せ。限界は決めるもんじゃない」


 ああそうかい、ならもう後先考えねー!


 ギアを何段階も上げる。濁流は瀑布の如く勢いへと変わる。唆したプリムラ本人も、カイの状態を見て感嘆の息を漏らした。


 この子はなんという才能を持っているのか。私は軽い指示を与えただけなのに、オーラの勢いは止まることを知らない。フルスロットルがまだ先にある。魔力出力量では私を超えているかもしれない。


 まさに逸材……いかすしかない。


「そこで拳に集中!」


 興奮したプリムラの指示、カイは反射的にオーラの流れを変えた。


 一秒、丁度ではあったが、先ほどとは比べ物にならない速度での結集。もうその到達点。軽い指示のみで、君は階段どころか壁を高く飛び越えてしまったと言うのか。プリムラは武者震いすると同時に笑った。


「……こんなに速く」


 驚いているのはカイも同じだった。さっきの何分の一の時間でできただろうか。俺はリミッターを外すことで、ここまで到達できるのか。


 達成感で気が緩んでしまった。まずいと思った頃には遅く、オーラの流れは堤防を突破した。


 風船に穴が空き、勢いよく空気が抜けていくように、漂っているオーラの四方八方からオーラが飛び出していく。その一瞬で感じたことのない疲労に襲われた。


「……はっ」


 瞼が重くなりながらカイは呟く。苦笑いのような表情をした顔がぐらつく。「これが暴走した代償か……思ったより、軽いな……」


「おっと」


 倒れ込んだカイを支え、膝枕で寝かせる。「……頑張ったな、少年」


 せめてもの癒しと憩いになってほしい。また明日からも頑張れるよう、プリムラはそっと、気絶したように眠るカイの頭を撫でた。

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