第一章 三幕 3.知識なくして高みは目指せず

 「まず、魔術を行使するためのエネルギー、魔力について説明しよう」


 そう言ってナリタは魔力についての説明を始めた。


 魔力は誰もが持ちうる力である。しかしその多くが死ぬまで自覚にも至らず、眠った状態のままであり、一定の修行を重ねることで取得に至る。これを『魔力の覚醒』と呼ぶ。他にも先天的な原因や生活環境によって自然と身につくこともある。しかしそれはほんの一握りの人々だけである。


 魔力を端的に言い表すならば、人間の潜在能力そのものであり、人間の可能性を無限に広げるものだ。その力は身に纏うだけで細胞を活性化させ、通常時をはるかに上回る身体能力を得られる――


「――と、ここまでオッケー?」


 と、ナリタが確認する。二人はこくこくと頷いた。


「それは良かった。とまあこんな感じに、魔力を身につけるとつけないとでは大きな差がある。実際に見てみよう」


 そしてナリタは器具室らしき場所に入っていき、しばらくしてから、えっちらおっちらと灰色の大きい立方体を持ってくる。


「はい。これはコンクリートの塊です。楽勝じゃんと思わないように。分厚いなんてレベルじゃないからそうそう砕けない」


 言いながら、ナリタは思いっきりコンクリに拳を打ちつける。着弾地点がやや凹み、放射状にヒビが入っているものの、砕ける気配は微塵もない。「まあこんなもんだろうな」とナリタもまずまずと言った顔だ。


「続いて、右手に魔力を込める。見えるか?」


 ナリタから青色のオーラが湧き上がり、それが拳に集中して輝き始め、一際存在感を放つ。見えなくとも感じられると思えた。


「見えているようだな……話が逸れるが、魔力が見える人はそうそういない。魔力が見えるということは、魔力が身についている証でもある」


「えーーー!」


 さらっと重大なことを告げられ、二人は同時に声を上げた。


「じゃあ僕たちは、既に魔力が身についているんですか?」


「ああうんそだよー」


 軽いなあと思いながら、カイは全ての辻褄を合わせる。俺たちが使えるオーラはまさしく魔力であった。銃弾を防げたのは身体能力の強化――すなわち防御力の向上でもある。そしてヴィッテにオーラが見えなかったことにも腑が落ちる。ヴィッテは魔力を身につけていないから見えなかった。そう解釈していいだろう。


「さて話を戻そう。素手での粉砕が叶わなかったこのコンクリだが、この魔力を込めた拳で殴ると……!」


 少し呼吸を整え、ナリタは閃光のような速さでコンクリを粉砕した。先程とはスピードも威力も違う。まさに別次元。


 腰を抜かす二人の前で、ナリタは細く長く息を吐く。今の一撃に乗らなかった、余剰分のエネルギーを放出しているようにも見てとれた。


「これが魔力単体での力だ。これだけでも充分強力な代物になる。扱い方次第で凶器にも盾にもなる。そこらへんよく考えておけよ」


 やっぱり重い話をする割には軽いよな、とカイは再び思った。


「しかし、君たちが聞きたいのはそんなことじゃないだろう?」


 ナリタに聞かれ、カイが口を開く。カイが聞きたいのはその更に先の話……魔術についてだった。


「魔力を使って、どう魔術を使うのか。そもそも魔術はどんなものか知りたいです」


「うんうん、好奇心旺盛な生徒は印象がいい。よかろう、魔術についての説明に入る。魔術とは――」


 魔術とは、幻想ファンタジー現実リアルに持ってくること。これは人間が唯一、自らの力で行使できる神秘の顕現でもある。魔力をエネルギー源とし、自身を触媒にすることで、魔術を扱える。呪文や効果があらかじめ決まっている古代の魔法とは違い、魔術は取得に厳しい修行を必要とする反面、各々がオリジナルの能力を扱えるということが特徴だ。


「すいません」


 ジンが手を挙げる。「その能力はどうやって決まるんですか?」


「いい質問だ。魔力は自分の意思でもある。魔力はその人の感情によっていろいろ変わるものだが……これは置いておこう。ある人が生まれたとき、その人の体に眠っている魔力はなんも能力を持っていない、真っ白な紙のようなものだ。そこからその人が何を好み、何に興味を持つか、それらが紙を折り曲げたり、紙に何かを書き込んだり色を塗ったりするように、魔力に変化をもたらし、思春期頃に能力が確定すると言われている。魔力が覚醒せずとも、そのデータは書き換えられるんだ」


 ナリタの説明にカイは相槌を打ったが、ジンは未だにポカンとした顔だった。少しの沈黙を経て、またナリタが説明し始める。


「そうだな……ある子供の能力が目覚めるとする。しかし幼い頃の魔力はなにも特性がない。その後その子供が、自動車に興味を持ったとしよう。するとなにも特性がなかった魔力は、自動車に関連する能力を持ち始める。しかし一概に自動車の能力と言ってもいろいろある。自動車の運転に興味を持てば、複数の自動車を意のままに操れるような能力を持つし、自動車の仕組みに興味を持てば、魔力で自動車を具現化するような能力に変化する。それが魔術だ」


「……なるほど」


 若干引っかかってはいるが、ようやくジンが納得したようだった。


「これが大抵の人の能力の決まり方。しかし、一部の人間は生まれたときから能力を持っている」


「相伝の術、ですね」


「そう。一部の血統や民族は、それぞれ固有の能力を有していることがあり、それは代々子孫に引き継がれる。それが相伝の術だ」


 そしてナリタはジンを見る。「ジン、君の能力こそ相伝の術だよ」


「……えぇ⁉︎」


 驚きのあまり叫ぶことすらままならない。しかしその横でカイはジンを容赦なく睨みつける。


「ああ、やっぱりそうだったんだな。そうかそうか、つまり君はそんな奴か」


「どうしたっていうんだよカイ。急に態度が悪くな――」


「金髪への変化、超人的な身体能力、気弾使い、おまけにそれが相伝の術と来た……そんなのあれしか思いつかないだろ」


 カイはナリタをまっすぐ見据えた。「ジンは世界最強の民族、エンフェント族の末裔ですね。しかもクロスってことは……」


「ああ……エンフェント族の中のエンフェント族。原初の家系だ」


 自分の話のことなのに自分だけ分からない。混乱するジンの横で、カイは額を手で押さえた。


「嫌な予感はしてたんだ……ジン、お前のお父さんって、ダン・クロスだろ」


「え! なんで知ってるの!」


「知ってるもなにもな、ダンさんはメイジャーの中でも飛び抜けて有名な方だ。孤高のメイジャー、最高のメイジャーと称される一方、超楽天主義かつ自由人でいつも行方がわかってない、あのダン・クロスに息子がいたとは……しかもお前かよ」


「そ、そうだったんだ……」


 自分の親の話、しかも探している父の話。僕は調べた気になっていて、全く調べられていなかったのか。少しだけジンがしょげる。


「コホン、とにかくジンは相伝の術使いだから、魔術を創るというより覚えてもらうからな」


「は、はい!」


 ジンは力強く頷く。


「魔力は未知のエネルギーであり、この世界の法則を無視した力だ。故になんでもできるが、扱い方が未熟だと何もできないどころか自分の身を壊す。試験時のジンのようにね」


 間近で見たからこそその恐ろしさもひとしおだ。カイは背筋を震わせながら首を縦に振る。


「だからこそ、魔力を使いこなすことは最も基本のことであり、最も重要なことだ。次は使いこなすための基本術でもある『行法ぎょうほう』について話そう――」


 行法、それは魔力をただ使う技である。魔力を魔術に変換せず、ただ纏ったり放出することで使える一種の魔法であるため、取得も早い。それでいて一流になると、それらもれっきとした技となり得る。魔術師、俗にメイジャーと言われる存在は、魔術を覚えるためにまず行法を取得する。


「まずはさっき僕が見せたコンクリ粉砕パンチ。あれを『霊拳れいけん』と呼ぶ。自身の魔力量の二十五パーセント以上を拳に込めて発動する。そうすることで精神状態によるバフデバフが入り、威力がプラマイ三百パーセントまで変動する」


今度はカイが手を挙げる。「すみません。精神状態でのバフデバフというのに例を挙げるとしたら?」


「さっき魔力は自分の意思でもあると言っただろ?弱気になれば魔力のオーラも弱くなり、怒ればその勢いは暴走する。それと同じでな、そのときネガティブな感情があれば威力は弱くなるし、逆に自信や闘志で満ちているときは威力がぶち上がる。だからバフデバフだ」


「なるほど……」


「これの強化版、全霊拳も存在するがまた後で。次は『瞬迎しゅんげい』だ」


 そう言った途端、ナリタの周りをオーラが包む。纏うよりも、広げて留めているといった感じだった。


「ユカ」


 小さく頷き、ユカがコンクリートの破片を拾う。それを大きく振りかぶって、ナリタめがけて投げる。ジンとカイが目を丸くする中、ナリタのオーラに破片が触れた。


 次の瞬間には、ナリタが素早く腕を動かし、破片をキャッチする。目にも止まらぬ早業に、二人は目を見張った。


「これが瞬迎。オーラを最大一メートルまで広げ、その範囲内に入ったものを自動的に迎撃するカウンター技だ。まああれば助かる的なものだな。続いてジン」


「なんですか?」


「いや……君じゃなくてね」


 ナリタはどこからかホワイトボードを持ってきて、黒いペンで大きく『陣』と書いた。


「はーそっちの陣」


「そう、陣地のようにオーラを広げるんだ」


 その後、ナリタの周りからオーラが一気に広がったような気がした。同時に探るような気配を感じる。当のナリタは目を瞑っている。怪訝に思えてカイが足を動かした。


「カイ、右に二歩ずれたね」


「ああ……そういう能力ですか」


 カイがそう言うと同時に探るような気配も消える。今のが陣だと、思わざるを得なかった。


「探るような気配……まさか相手を探知するのか」


「正解だ、オーラを薄く広げ、触れたもの姿形や動きを察知する。レーダーみたいなもんだよ。瞬迎の派生技で、探知特化だ」


 続いてナリタはオーラを前方に広げる。と言ってもそんな感覚がしただけで、二人には一切何も見えない。「これが『へき』だ……と言っても見えないが、見えないのが普通だ。爆風や炎を無力化したり、軽い魔術だって防げる。でもほんとに軽い魔術だからね」


「じゃあ、なんで僕の気弾は防げたんですか」


「それは君がまだ発展途上だからだよ。あの威力はまだお粗末だ。これからもっと強くしていけば僕だって防げっこない」


「そうなんだ……」


 ジンの口端に笑みがこぼれた。


「そんで次、『しょう』だ。足から魔力のオーラを飛ばし、高速で移動したり空高く飛び上がったりする。極めると空中でホバリングだってできる」


「足からオーラを飛ばし……ってそれさっき俺が」


「うん、教えてないのに良い出来だ。しかしまだまだだな」


「はい」


 別にこれくらいで自惚れていない。そう言った思いも込めてカイは力強く返事をした


「そして最後は……ユカに説明してもらう」


 そう言ってナリタは深呼吸を始めた。「行法の奥義、『全霊拳ぜんれいけん』だ」


 大きく息を吸い右手を強く握り締める。先ほどとは比にならない青いオーラが、ナリタから湧き出てくる。大きさこそさほど変わらない。しかし密度が違うことがわかる。オーラの質がめっきり違い、星のような、きらびやかな光を散りばめているようだ。


「全霊拳――魔力量の九十パーセント以上を込めた最大威力の打撃。凄まじい集中力を必要とするが、その威力は通常の三乗にも及ぶ。必殺技と扱う人も少なくない。行法の中でも飛び抜けて難しく、そして強力な技」


 そこからどんな威力の攻撃が繰り出されるのか、二人は思わず期待してしまったが、ナリタは一息ついて全霊拳の状態を解除した。


「今やっても意味がない。これは割と疲れるんだ」


「そうなんですね」


 自分のオーラの九割以上を込めている。当然その疲労もバカにならないだろう。


「以上が行法の解説だ。これからは実践も兼ねてトレーニングしていくぞ、まずは魔力の扱い方をマスターだ」


 ナリタは二人を座らせる。「魔力の流れを掴もう。全身に血が巡っているような感覚があるはずだ。その巡りを速くしながら穏やかにさせるように」


 二人は言われた通りにしてみる。ほとんど感覚での動作に過ぎず、これが効果的なのかも分からない。しかしやらないと何も分からない。目を閉じて、その感覚にのみ集中する。ナリタが優しく語りかける。


「速く、穏やかに。なだらかに敏捷に。巡り巡りて顕れるは、己が持つただ一つの神秘」


 身体中を血のように駆け巡るオーラの流れ、せせらぐようにしながら、全体を加速していく。身体の血が滾り、熱をもつ感覚がある。だんだん鮮明になる力の流れ。氾濫しないように穏やかに、されど小川になっては力及ばず。慎重に、その中間で流れを安定させる。


 どっと力が溢れ出した感覚を覚え、カイは目を開ける。視界は何も変わらない。いや、そうか? 身体を見渡してみると、青いオーラが確かに周りを揺らいでいる。それはカイから離れることもなく、引っ込むこともない。ただ身体の外を包むように、自身がそれを纏っているように、そこに在るだけだ。

 ちらりとジンを見る。ジンは未だ目を瞑っていたが、その周りには既に黄色いオーラが湧き上がっている。


「いやーすごい。僕が見込んだだけあるな」


 どちら側を褒めているのかは分からなかったが、喜んでいるのは確かだ。ナリタが拍手をし、その音でジンも目を開ける。


「できてますか?」


「それはもちろん、この上なく完璧だよ二人とも。魔力を留めるのにはコツがいるんだが、その感覚をもう覚えたのか」


「巡りを速くしないとオーラは出てこないし、逆に急流と化してしまえば留まらずに溢れ出てしまう……そういうことですね」


 カイが覚えた感覚を言語化した。


「その通りだ」


 ナリタはひとつ頷き、再び口を開く。「初めの内はその感覚をマスターし、即座に発動できるようにしていく。それから行法、最後に自分の魔術を習得。ジンは覚える。いいね?」


「はい!」


 二人は元気に返事をした。

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