第一章 三幕 2.メイジャーたらしめるもの
二人で周囲をゆっくり歩く。一瞬たりとも目は逸らさず、じっと隙をうかがう。対するナリタは、大した構えも見せず、ただ笑顔で、中心に立っていた。
しかし二人には分かる。油断していると見せかけて、しっかり全方向をくまなくチェックしていると。目は合わないが、時折探るように近づく気配を感じる。恐らくナリタさんのもの。まだ、迂闊には攻撃できない。
そう考えるカイの向かいで、ジンは奇襲を考えていた。あのとき放った気弾、今なら撃てる気がする。
ジンは右手に意識を集中させる。エネルギーを右手に集めるような感覚で、体の流れを操る。右手が温かくなってきた。よし、溜めていられるぞ。ジンは気弾が作れることを確認する。あとはいつ撃つか、だな。
ナリタさんの体制を崩せるような位置……そして、ナリタさんが気弾を警戒していないことが大切だ。幸いにも、ナリタさんはカイの方に対する意識が高いみたいだ、慎重に行けば、バレない。ジンの手に青い弾が浮かび上がる。それを見てユカがこくこくと首を縦に振ったが、誰一人として気づかなかった。
……ここだ!
ナリタの右側面に来た瞬間、ジンは気弾を投げた。まっすぐ飛び、そのままナリタに迫る。
「おっと」
直前で気付いたナリタが、軽く地面を蹴って後ろに下がる。避けられてしまったが、これで姿勢は少し崩せた。
その隙を、カイは絶対に見逃さない。カイは音も立てずに、一瞬でナリタの目の前へと踊り出る。
ジンも同じく、さらに追撃を重ねるために迫る。意図せずとも、挟み撃ちのような状態となる。ユカの目がより鋭くなり、ナリタがわずかに唸った。
「喰ら……え!」
カイが跳び上がり、側頭部めがけて蹴りを浴びせる。ナリタはその足を掴み、確実にブロックする。その傍らで、ジンが至近距離から気弾を撃ち込む。しかしやはり、その弾がナリタに当たることはなく、寸前で見えない何かに阻まれた。舌打ちして、ジンも体術による戦闘に移行する。カイが技術で撹乱してくるのに対し、ジンは速さで翻弄してくる。このコンビはなかなかに出来上がっているなと、ひとりナリタは思った。それぞれがタイプの違う戦闘スタイル。どちらかに対応すれば、もう一方への対処が困難になる。
「面白いね」
同時に向かってきた拳を同時に弾く。ジンが姿を消し、背後を取る。その間にカイは連続打撃でナリタの意識を向かせる。
ジンが後頭部に蹴りを入れたとき、突然にナリタがその場から消え去る。標的を失った攻撃は正面にいたカイに迫り、防ぐ術なく衝突した。
「いってて……」
「ジン……後ろ」
へ?とおかしな声を上げて振り向く。そこには、笑顔のままナリタが立っていた。気配も物音も、空気の動きすら、無に等しかった。
「これが……準特級の力か?」
「まあね〜」
ナリタが軽く返事をする。それを聞いてカイは再びナリタと相対する。やっぱ威力重視では効果がないのか、ならばもっとテクニカルに行って、ジンの追撃に任せるとしよう。
「じゃあこれなら……!」
カイがナリタに迫る。それを微笑んで迎えようとしていた。
しかしカイはナリタに向かう途中で姿を消す。意表を突かれたのか、ナリタは一瞬目をぱちぱちさせたが、すぐに元の表情に戻った。
「なるほど……後ろだね!」
ナリタは左足を軸にして回転し、回り込んだカイめがけてそのまま蹴りを浴びせた。と思われたが、その足がカイに当たることはなかった。距離が足りなかったか?目測で測り損ねるほど、コンタクトで目がボヤけた覚えはないぞ。
……ああそう言うことか。
「残像を出せるとは、大したものだ」
ナリタの目が、左側にいたカイと合った。カイが絞り出すように唸った。
目前までナリタの腕が迫る。素早くかがみ、そのまま一撃を喰らわせようとしたとき、ナリタに軽く蹴り飛ばされる。幸いにも受け身をとれたが、残像を出そうともたやすく看破される相手と分かれば勝機がグッと減る。
「君の残像法は、誰に教わったものだ?」
ナリタが気さくに尋ねる。「世の中には残像を用いたいろんな格闘法があるけど、多重でも暗歩でもない。僕の知らない流派であれば、ぜひ教えていただきたいね」
「強いて言うなら独学だ!」
オーラが立ち昇るとともにどっと力がみなぎってくる。その感覚をナリタは察知していた。
「本気になってくれたようだね」
「ああ、全力でやってみようと思う」
カイは再びナリタに迫る。
さっきより速い!
今回はナリタも、懐に潜り込ませるのを許してしまった。そのままカイは渾身の鉄拳を腹に撃ち込む。オーラも乗せてるから、俺の中でもトップクラスの威力を誇る。試験ではその強さ故、人を殺してしまう恐れがあったので使わなかったが、ナリタなら死なないだろう。それでもって大打撃を与えられる。これには動きが鈍くなってもいいはずだ。
ナリタは大きく後ろに後ずさった。少しよろめくような動作も見せ、カイは小さくガッツポーズをした。
「いい拳だ」
しかしナリタの表情は、相変わらず爽やかな笑顔だった。相変わらずと言うのには語弊があるかもしれない。その笑顔は僅かに高揚した気分を仄めかしている。こいつも戦闘を楽しんでいるのか?
「いやそれもあるけど、まあちょっと語弊があるな。僕はカオスみたいな戦闘狂ではない。メイジャー……いや、戦士としての本能みたいなやつだと思ってくれればいい。血が騒ぐってやつだ」
ああ、そういえば心読めるのか。まあナリタほどの実力者となれば、熱くなることもあるだろう。
「あとは……君の実力に驚いている。君は鍛えたらもっと強くなる。そう思うとワクワクが止まらないよ」
一人で楽しんでいるようにナリタは言った。だがそう言われると、カイもなんか嬉しかった。
「だから、もうちょっと力を出そう」
ナリタは再び身構えた。先程のダメージなど微塵も見せない。
「いつまで強がっていられるかな?」
カイは再びナリタに近づく。あの速さにはもう適応しただろう。だから次は……集まれ。
カイは足にオーラを込めた。慣れてない行動のため、量が少なかったが充分だ。足の筋肉が大きく縮み、それが解放されるとともにオーラも弾けたように地を押す。それによってカイは飛ぶように駆けた。さっき以上の速さ。そのまま残ったオーラを素早く拳に戻し、再びナリタの腹に撃ち込んだ。残念ながら拳はナリタの両手ががっちりホールドしており、腹に届かなかった。
「速さには驚いたが、当てる位置など変えて戦法は少し変えなきゃ。それじゃないとブロックされるよ」
「分かってるよ」
カイはナリタを見上げた。「布石、だからな」
そのとき、背後から音がした。ジンがオーラを結集させ、一つの青い弾を作り出している。
「おいおい待て待てその位置はヤバいって」
あからさまにナリタが焦る。ハッタリだろうが何だろうが、当たれば俺以上の威力があることに変わりない。
「やれ! ジン!」
「喰らえ!」
一瞬音が止まり、ジンの手のひらから極太のビームが発射される。ナリタが小さく舌打ちし、少し腰を落とした。
「へ? うおおおお⁉︎」
次の瞬間には、ナリタはカイの腕を掴んだまま空中に飛んだ。試験会場ほどではないが、天井の高さは建物二階分はある。盲点だったかもしれない。ジンが空を睨んだ。
そして、ナリタは振りかぶり、カイを下にいるジンに向けて投げ飛ばした。双方が慌てた表情となったが時すでに遅し、カイはジンの胸にダイブした。当然衝撃でジンも倒れる。ナリタはその後ユカの隣に着地し、転げる二人を眺める。
「あ〜いったいなあ……」
衝突による鈍い痛みに悶える横で、カイが立ち上がる。
「どういう了見ですか。別に投げる必要もなかったでしょうに」
「いやいや、二人まとめて倒す戦法の一つだよ。それより――」
ナリタはカイの目の前まで一瞬に近い刹那で迫った。
はっっや……
どんな攻撃が来るかと覚悟を決めたが、そこから放たれたのは一発のデコピンであった。
「いてっ」
カイが額を抑える間にも、ナリタが話し出す。
「なんで自分も巻き込まれそうになってるのに攻撃させる。僕は無事でもカイは死んでたかもしれないんだぞ。ジンだってそうだ。もっと別の位置から攻撃できなかったのか」
「……あそこで抑えないと、ナリタさんは回避すると思ったから」
「僕は、カイなら防げると思ったから」
「それ、確認したのか?」
ナリタに睨まれ、ジンがはっとした表情になり、視線が合わなくなる。
「やっぱり……ともに戦うとなれば、味方の戦力くらい把握しておくのが鉄則だ。仲間はどんな戦い方ができて、何を使えて、何ができないのか、敵以上に知るべきことだ。いいな?」
「……はい」
「それとカイ、命を投げ出し過ぎ。なんでいつも、自分が死ぬつもりで戦う」
「それは今までの経験からだ。命を賭した行動をすることで新たな突破口が見つかる」
「はあ……訓練は本番のつもりでとはよく言うが、何も訓練で死ぬことはないんだ。そう言った戦法は土壇場の土壇場で使え」
「いやでも――」
「いーいーな?命を粗末にすんな。カイ一人の命じゃない」
「……分かりましたよ」
その言葉と態度に圧倒され、しぶしぶカイは承諾する。小柄なはずのナリタの体躯が、その時だけ巨漢に見える気がするほど、ナリタの圧というのは凄まじかった。
「……それじゃ、お互いを知る時間を設けよう。さ、話し合い話し合い」
ジンとカイは顔を見合わせ、少し近づいてから話し合い始める。ナリタはそれを見てユカの隣まで下がる。
「ナリタはいつも、味方との協調、共闘を大事にしてるよね」
「ああ。強い奴が一人で戦ったところで軍隊には敵わない。結託して共闘する。数で押すことで初めて、互角以上に渡り合えるようになる。それが軍隊の戦い方だ。ネオさんの言葉をずっと大事にしてるからな。お師匠様だし」
「なるほど。ネオさん軍人だもんね」
「うん。そう言った意味としては、僕たちは戦士と区別されるかな。戦士と軍人の違いって割とあるんだね」
「なるほど」
その前でジンとカイが立ち上がる。
「お、もう話し合いは済んだか」
「ああ」
と、カイ。
「そうか、なら」
と、ナリタがユカの背を叩く。「ユカと戦ってもらう。一つ言うが、ユカは僕と違って積極的に攻撃してくるからな、もっと実戦に近い」
「ちょってナリタ。急な話はやめて」
ナリタが頼むよ、と手を合わせる。それを見てユカはため息をついた。
「……攻めていいんでしょ」
「ああ、そうしないと意味がない」
「分かった」
そう言ってユカは二人の前に立った。カイは改めてユカをよく見る。列車での性格は演技だったのか、天真爛漫の一文字も、その姿には似合わない。暗いわけではない。とても静かだ。ナリタほどの気迫はない。一級は十分過ぎるほど強いが、それでも準特級のナリタには及ばないはず。しかし静かすぎて妙な雰囲気を感じる。どう来るのかが全く読めない。ナリタはずっと笑顔だったので、その笑顔がどう変化するかでなんとなく感情は分かった。だがユカは無表情に近く、感情が読みづらい。
「それじゃ、私から行くよ」
ユカがその一言を放った刹那、その姿が視界から煙のように消える。同時にジンの背筋がぞくりと逆立った。少し下を見る。既にそこにユカがいた。
考える間も無く、ジンは顎にアッパーをもろに喰らう。
「ジッ……」
ジンの名を呼び、駆け寄ろうとしたカイだったが、一瞬ですぐの目の前までユカが移動してきて阻まれる。さらにユカは首に手刀を打ち込もうとしてくる。しかし目線を下にしてユカの姿を確認する時間が無かった分、カイはなんとかかわすことができた。追撃を避けるために後ろに飛び退く。ほぼ同時にジンも起き上がった。
カイは今までにない違和感を覚えた。恐らくだが、ユカはナリタより速く移動している。しかしその移動方法が妙だ。高速移動に伴って起こる風がまったくの『無』だった。無に等しいでもなく、完全に風が起こらなかったのだ。移動してくると言うより、一瞬でその場に現れたと言う感じだ。ひょっとしてナリタより強いんじゃないかと疑いたくなる。
「驚いたか?これがユカの能力だ。言ってもいいか?」
「私が言うよ。これが私の、メイジャーとしての能力。すなわち魔術だよ。本質はナリタの真眼と同じ、でも能力は全く違う。私の能力は空間に干渉する魔術、『
空間を操作する。それは下手すれば最強にもなりうる能力じゃないか?カイは頭の中で様々な予想を立てる。
「ユカさん……ナリタさんより強くないですか?」
「いや……私はナリタには及ばない。ナリタは心を読めるから行動する前に対策できる。でもさっきのような大技に対しては、読んでも対応しかねたりするから苦手だったりする」
「ユカ、そこまで言わなくても……」
「いいでしょ。急に私に任せた対価と思って」
返答を聞かずにユカは正面へと向き直った。「説明終わり。続ける?」
「続ける」
ジンが即答する。「ユカさんとの対戦もいい経験になりそうだ」
「そう言ってくれると、私も出てきた甲斐がありそうね」
そう言ってからユカは右腕を突き出し、掌を広げる。「来なさい。今度は攻撃を受けてあげる」
「なら、僕から行くよ」
カイの前にジンが出た。そのままジンは風を切ってユカに迫る。
「やっぱりジンの速さは伊達じゃないね」
ユカが視線を合わせて呟く。見切られてるか。だったら。
ジンは次々に気弾を投げる。質より数といった感じだが、当たれば怯みはする。そう考えたユカは軽くステップを踏み、できるだけ位置を変えずに避ける。
背後にジンがいると気付いたのは、三発目を回避した後だった。気弾は目眩しとしての役目であり、本命は自分が攻撃すること。
ジンが少しの咆哮とともに、ユカの脇腹を蹴ろうとした瞬間だった。ユカは先刻説明したばかりの魔術を行使し、あっという間にジンとの距離を離す。
少し微笑んでこちらに手を振ってくる。ジンとカイはその挑発とも取れる行為に乗らず、冷静になって一旦合流し、二人で突撃しに行く。
「そうそう。言い忘れてたけど、私の能力は空間を圧縮することだけじゃないよ。拡張することだってできる」
ユカが右手を前に突き出し、その照準を二人に合わせる。
「
ユカが唱えた直後、ジンとカイの間で突如空気が膨張した。二人はその圧力に抵抗する術なく、強風にあおられる虫のようにあっけなく吹っ飛ばされた。二人とも尻餅をつくが、カイは瞬時に推測していた。
今のが空間操作する魔術の一つだろう。見えないバランスボールに弾かれた感覚があったし、何より詠唱していたのが決め手だ。俺たちを吹き飛ばすほどの大技。連発はないと信じたい。ならばこの一瞬で距離を詰める。
カイは飛ぶような速さでユカとの距離を詰める。ユカが右手を出したのが見えるも、追撃が来る前にカイが辿り着き、ユカにボディーブローを浴びせる。
そのはずだったが、カイの体はユカの三メートルほど手前で見えない何かに阻まれた。壁がない、ぶつかった衝撃もない。ただただ……進めない。
「……そうね、カイなら五十歩程度歩けばいいかな」
ほら、と手招きされ、カイは疑心暗鬼のまま歩き始める。違和感を覚えたのは歩き始めてすぐだった。
まず歩けているのだ。しかし周りの景色が動くわけではない……いや、少しずつだが動いている。十歩歩くたびに数センチ動いている気がする。周りの景色は全てハッタリで、本当は長い長い通路を歩かされているんじゃないか。そう思えた。
そして五十二歩目、カイの歩行速度は通常のスピードに戻る。あまりの変化の差に、自分が走り始めたんじゃないかと錯覚して前につんのめる。その後、ユカの目を見たカイの心を満たしていたのは仰天などではなく、これら魔術に対する飽くなき好奇心だった。
「すごいと言いたげな表情ね。この術は
「……なるほど」
まだ二人の能力、それもその一端を見せられたに過ぎない。それでも多種多様な特殊能力、そしてそれが現実に起こっているということ。それがカイの好奇心を湧き立てていた。
「使いたい……魔術を」
カイは姿勢を整えた。「俺に、魔術を教えてください」
後ろで口を開けてことの顛末を見ていたジンも、それを聞いて飛んでくる。
「僕も! 僕も習いたいです!」
あまりの豹変っぷりと展開の速さに、ユカはポカンとしていた。しかしナリタはゆっくり拍手して近づいてくる。
「いやー良かった。その言葉が聞きたかった。魔術はメイジャーの命。現代のメイジャーを、メイジャーたらしめるものでもある。新人メイジャーがまず覚えること、それが魔術についてだ」
二人はナリタに向き直り、ジンが口を開く。「じゃ、これから修行開始ですか?」
「ああ。だが、その前に立ちながらだけど座学だ。魔術に関しての、基本的な知識を教えよう」
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