三幕 Primary Doing Isn’t Enough

第一章 三幕 1.目的

 ナリタの提案、それを理解するのに数秒かかった。やがて、カイが真顔に変わり、こう言い放つ。


「いえ、俺はアカデミーで学びます」


 カイはその申し出を、ごく当然のことのように却下する。そんなカイを、ジンは目を丸くして見上げ、ナリタは構わずに理由を尋ねる。


「……なんでかな? またとないチャンスだ。今まで共に行動してきた仲でもある。断る理由なんて、そうそうないと思うよ?」


「共に行動してきたからですよ」


 カイはやや食い気味に反論する。「共に行動してきたなら分かっているでしょう。俺の目的が復讐だということに。復讐は悪いことばかりじゃないと言ってくれましたが、もちろん悪いことだらけでもある。あなたの目的は、復讐を止めるためでは?」


「そんなことしないよ。そんな凄惨な事件を起こした犯人がいるなら、協会としても捕まえておきたい集団だからね」


「口だけならなんとでも言える。そもそも、真眼であろうナリタ・エンパイアがなぜ、試験に紛れ込んでいる」


「それには並々ならぬ理由があるんだ」


「言ってください」


「言うのは、君が僕のもとで修行すると決めてからだ」


「……その瞳」


 カイがナリタの片目を指差す。「初めは気圧されたが、現代のデジタル技術ならコンタクトレンズに映像を流すことも可能だ……」


「うーん、そうかもしれない」


「とぼけるなよ……偽ナリタ」


 カイが吐き捨てる。ジンはそのやり取りを見て、終始ナリタとカイを見ているだけだったが、カイの発言を聞いて仰天した。


「ナリタさんが……偽物……?」


「ああ、きっとそうだよ」


 カイは断言する。「人身売買か傭兵育てか知らないが、俺はメイジャーになるために来ている。お前に足止めなんかされるもんか」


「でもさ、ナリタさんもヴィッテを圧倒していたじゃないか」


「ドーピングでもしてたんだろう。そもそもあれはサラさんの助けがあって……」


 はっとしてカイは振り向く。そこに『サラ』は消えており、代わりに真顔で冷たげな目をした、黒髪の少女が立っていた。


「サラ……さん?」


「そうよ……いや、今はもうそうじゃない。私の本当の名前はユカ・メランテ。私は一級メイジャーだけど、階級はナリタと同じ。そして、目的も同じ」


 挟み撃ちと言ったところか……?カイが歯ぎしりをしたとき、ユカは自分から立場の有利を捨ててナリタの後ろまで移動する。


「悪いけど、私は何もしない。私は見てるから」


「はいはい」


 ナリタが軽く返事をする。


「舐めてんのか……!」


 カイが憤慨する。「ジン、やるぞ」


 ここまで来ると、ジンもそう信じざるを得ない。カイが必死になっているなら、僕も頑張らないと。


「分かった」


「そっか。戦うのか。分かったよ」


 ナリタは大きく深呼吸をし、拳を構えた。「真眼は使わない。純粋なフィジカルで戦ってやろう」


「やっぱ舐めてんじゃねえかっ……!」


 怒りを速さに変換し、あっという間にナリタに接近する。既に目と鼻の先。充分過ぎるほどの間合い。これなら三発は入れられる。続け様にカイは、正面に向かって三、四発の打撃を放った。そのとき、カイは自らの目を疑った。


 寸分の狂いもない、滑らかで流れるような動作。まるで先読みされていたように全てが軽くいなされる。何事もなかったかのように、緑髪の少年はそこに佇む。諦めまいとカイは、さらに多方向から攻撃を繰り返す。

 だがナリタの動きに揺らぎはない。正確かつ流麗な身体捌きで受け止めてはいなす。まるで無効化されているようだった。


「達者なのは口だけか?」


 ナリタの口がかすかに動く、次の瞬間、カイは足をかけられて倒されていた。存分に力を込めたナリタの鉄拳が迫る。


「フゥッ!」


 勢いに乗った拳はカイの腹部にクリーンヒットする。そのままカイは地面を転がり、ジンの足元まで戻ってきた。


「う、ああああ……!」


 カイは今まで以上に悶えた。速く、重く、正確に急所を狙っていながらも、手加減されていた。俺にはわかる。あいつは拳を入れただけじゃない。拳を当てた後、少し腕を引いて、内臓に傷がつかないようダメージを調整した……!


 奴は本当に『真眼』のナリタなのか?


「そこまでやるなら……!」


 今度はジンが続け様に気弾を投げる。速度も遅く、ナリタが次々に回避していくが、突然ナリタの体がつんのめる。カオスと同じ戦法。いつのまにか足が氷に覆われていた。


「短期決着!」


 よくわからない標語を掲げながらジンが半覚醒に至る。そして巨大なエネルギーの塊を作り、ナリタに撃ち出した。これならナリタさんでも防げないだろう!


 だが、ナリタは酷く冷静で、表情から笑顔が消えていることに二人は気づく。まさか、あの巨大な弾を防げる自信があるのか?いや、あれは僕が撃った中でも一番強い。簡単には防げない――


 ナリタは右腕を前に伸ばし、手を広げた。まっすぐ突っ込んで来る気弾はその手に触れた瞬間、何かに衝突したかのような挙動を取り、やがて複数に分裂し、ナリタの周囲を流星のように飛んでいった。


「……まさか、そんな」


 渾身の一撃だったはず。それをいとも簡単に防がれた。愕然とするジンの髪色は、既に元の黒色に戻っていた。


「これで、信用は掴めたかい?」


「信用……? 掴みたいなら、真眼を使ってみせろよ」


「……そうか」


 再び深呼吸をし、ナリタの雰囲気が一気に変わる。二人の背筋がぞくりと震える。威圧が全く違う。ヴィッテ……下手をすればカオスすら上回る覇気……容易に、動けない……


 ジンが固まる横で、カイが一歩を踏み出す。こんなやつに負けてなんかいられない。俺の村を襲った奴らは、これよりもっと強いはずだ。それなのに……あいつに勝てないで何になる!


「正面から立ち向かう姿勢を見せた後、僕を飛び越えながら背中に蹴りを与える」


 カイがその歩みを止めた。「……え……」


「いま、なんで分かったんだ?って思ってるだろ」


 全て……図星だ……


「そうか……全て図星か」


 ぎくりとして、背筋が逆立つ。完全に心を読んでる……心を……読む?


 カイは思い出した。あのとき、列車の中で、まだルギオだったナリタが放った言葉。


 ――利用したりなんかしないでね――


 あれも、もし俺の心を読んでいたとしたら……


「その通りだよ。あのときちょっとね、それぞれの思いを視させてもらった」


「お前……まさか」


 次に出てくる言葉を遮り、ナリタが結論を述べる。


「これが真眼の能力の一つ。視えるようになるんだ。相手の心の中が」


 だとすると、こいつは本当にナリタかもしれない。そう考えたカイは、その真偽を確かめるために、一つ提案をする。


「噂に聞いていたが……本当に心を読むんだな……もしかして、威圧で相手を動けなくするってのも……」


 ナリタがにっこりと笑い。その直後、目をかっと見開く。深い青色だった虹彩は鮮やかな真紅に染まる。


 同時に二人が感じたもの。それは殺気だった。指ひとつ動かせない。眉間に拳銃、胸と首筋にナイフを当てられている感覚だった。気持ち悪いくらい鮮明で、純粋な殺意だ。


 あまりの強さに十数秒後、二人はほぼ同時に膝をつく。それと同時に殺気も消え、ナリタの瞳が元の青色に戻る。


「これで、信じてもらえるだろうか」


「ああ……骨の髄から信じるよクソが」


「へえ、そんな口を聞くなら、もう一度アレを浴びせたっていいんだよ」


 背筋が凍りつく感覚に襲われ、カイは急いで首を横に振る。「悪態ついて申し訳ありませんでした」


「素直でよろしい」


 ナリタが笑って二人に近づく。「さて、僕のもとで修行を受けるかい?」


「……はい、よろしくお願いします」


 完全に根負けした二人は、口を揃えて降伏した。「それで、並々ならぬ理由ってなんですか」


「ああー、そうだったね。いいよ、教えよう」


 ナリタが体裁を整え、話し始めた。「君たち、魔獣というものは知っているか?」


「知っています」


「名前……だけなら」


「そうか、ならカイ、魔獣とはなんなのか、説明できるか?」


「魔獣とは、裏の世界から来る存在。人類共通の敵であり、何度も世界を滅ぼしかけている」


「代表的な事件は?」


「四年前の魔獣事変、そして、百年前の第三次魔獣戦争……そして……滅亡戦争」


「魔獣戦争なら聞いたことある」


 ジンが口を挟む。「人類の十パーセントが死亡したとされる最悪の事件。爺さんが何度も聞かせてくれたよ。でも、滅亡戦争って?」


「それについては僕から説明しよう」


 ナリタがジンに語る。「約千七百年前の出来事だ。一億を超える魔獣が出現した。人類は総力を結集して迎撃に臨んだが……歯が立たずに敗北してしまい、地球全土は火の海に包まれた……」


「敗北……? 火の……海……?」


 悪寒でジンの足がガクガクと震える。


「恐ろしいことだが、ジンが推測していることは事実だ。この戦争によって、当時の世界人口の約八十五パーセントが死亡した……と推定されている」


「推定……?」


「ああ、推定なんだ。明確に記されている資料が断片的かつ、その言語も全て解読されたわけではないから」


 と、カイが補足する。


「さらに言うと、その当時の文明はほぼ世界規模。大半の国が最初期の頃から連合を作っていたため、言語などが統一されていた……にも関わらずわからないんだ……何が言いたいか分かるか?」


「その言語が一度、失われたから……?」


 その通り、とナリタは頷く。


「人類の文明は一度、滅んでいるんだ」


 これまで、文明とか考えないで生きてきた。僕たちが今生きている世界は、一度滅んだ文明の上に再び建て直された、新しい文明だったと言うことか。スケールの大きさに、尋常じゃない量の冷や汗が顔をつたう。

 それはカイも同じであった。何度か聞いた話だが、いつ聞いても鳥肌が立つ。人類が一度滅びかけたのだ。一度、文明がリセットされ、また原始からやり直された世界に、俺たちは暮らしている。それがどれだけ恐ろしいことか。今更ながら畏怖してしまう。


「そして現在、魔獣戦争の予兆が再び高まっている」


 真面目な口調でナリタが告げる。二人に緊張が走った。


「最短で二ヶ月後……少なくとも前回ほどの規模であることが予想される。そのため、協会は今、迅速な人員の補充に勤しんでいる。そのため、僕とユカが試験に派遣され、才能ある人材を育成する役目を負ったのさ」


 その話を聞き、カイが尋ねる。


「じゃあ、俺たちはナリタさんの目に留まった……と言うことですか?」


「ああ……そういうことだ」


 それを聞いた瞬間、カイの心は安堵と満足感で満たされた。俺の才能を認めてくれたと言う。初めて、褒められた気がしてならなかった。


「じゃあ、聞きます」


 カイが口を開く。「今の俺は、どのくらいの強さですか」


「うーん、そうだなあ……」


 少し天井を見つめたナリタだったが、すぐにユカの方を向く。「今のを見てどうだった?」


 突然意見を求められ、ユカの頭は目まぐるしく回転した。先程見たカイの体術と速度を分析し、一つの解を導く。


「……試験から見ても分かる通り、体術のバリエーションやテクニックは一流。でも、まだ速度と威力が足りない」


「……だそうだ。僕からも言わせてもらうと、速さにおいてはジンに軍配が上がる。でも正直言って、二人ともメイジャーとしては、まだ下の中と言ったところだ」


「目に留まってそれなの⁉︎」


「メイジャーなりたてにしてはいい方だぞ?普通なら下の下の奥底だからね」


「ええ……そうなんだ」


「しかし君たちにはあと二ヶ月で、中の上程度まで行ってもらうつもりだ」


「そんなに⁉︎」


 二人が同時に叫ぶ。「無理ですよそんなの!」


「むーりーじゃない!」


 ナリタが一喝する。「僕とユカが選んだ人材だ! 必ず! そこまで成長してくれると信じている!」


 その自信に満ち溢れた言葉は、二人の心を大きく揺さぶった。確信している。


「……なら、分かりました」


 カイが納得して立ち上がる。「魔獣戦争において活躍できるよう、俺は一生懸命頑張ります」


 その意志につられるように、ジンも立ち上がる。「俺も、今の力を使いこなせるように頑張ります!」


「そうか、いい目標だ」


 ナリタが拍手をしたあと、構える。「それじゃ、続きと行こうか。まだ測り足りないからね、どんどん攻めに来い」


 カイと人は顔を見合わせた。


「今度は」


「うん」


 そして前を向き、笑顔で同時に言い放つ。


「二人で倒してやる!」

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