第一章 二幕 13.別れの享受と新たな旅路

 メイジャー協会を後にし、正門の前に出たところで二人が立ち止まる。


「そうだカイ……」


「ジンそれでさ……」


 二人が顔を合わせて少し気まずくなる。


「どうした?」


 男子サイドは構わず反応をハモらせる。


「少し、話が」


 とサクラが手招きし、


「話があるの」


 とレナがジンの横を通り過ぎる。ジンがついていくのと、カイがサクラに近づくのを見てサラがつぶやいた。


「合格した途端にみんなどうしたんだろう……」


 横でルギオが腕組みをしてうんうんと頷いていた。


「うーん青春だねえー」


「多分違いますよそれ……」


 ※


 「カイ、私、一人で頑張ってみるよ」


 少しだけ離れたところでサクラはそう強く訴えた。サクラの思いがけない発言。しかし、もうカイはすぐに止めるなんてことはしなかった。


 ひとまず、理由を聞きたい。


「うん。それまた、どうして?」


「……レナとか、ジンくんとか、とにかくいろんな人と触れ合って、生き方に触れて、私はまだまだできるって自信が、私は復讐以外にもいろいろやっていきたいと、そういった欲望が湧いてきたの。私は自分で勝手に何かを恐れていた。でもそんなんじゃ生きていけないし、そもそも無いようなものを怖がっていたら何にもならない。自分の欠点、トラウマをを克服して、やりたいことを自分で見つけたい」


 口調が強くなり、サクラの目はしっかりとカイを見つめていた。嘘偽りなし。サクラは自分の道を歩むと決めたのか。


「そうか」


 サクラの意思を尊重する。カイはもう心に決めていた。「いいと思うよ。自分の好きなように生きることは」


 清々しく送り出せたかなとカイが思う先で、サクラは再びキョトンとしていた。それに気づくのに数秒、要約するのにさらに数秒かけ、


「……もう引き留めはしない。助言はするが、強制はしない。サクラは、サクラの思うように人生を歩むのがいいと、俺も気づいたんだ」


 サクラの顔が徐々に納得のいく表情になっていく。「分かったかな……?」


「うん、充分カイの思いも理解できた……ありがとう!」


 サクラにぱあっと笑顔が咲いた。ずっと見せなかった眩しい表情にカイは少し怯んだが、すぐ元の調子に戻った。清々しく送り出せるならいいと思っていたが、こうなったらひとつ、謝らないといけない。


「ああ、そして……今までごめん。サクラの思いを尊重しなくて。俺の考えばかり押し付けていた。サクラはもう、俺がいなくても、自分でいろいろ考えられるように、既になっていたんだろう」


「そうだね……でも、私は嬉しかったよ」


 少しばかり、カイのバカだのアホだのと言われる覚悟ができていた。しかし、出てきたのはサクラの感謝に近い言葉だった。


「やり方自体は不器用だったけど、カイはカイなりに私を心配して、気遣ってくれてたんでしょ? だから試験に行くときも、復讐をすると決めたときも、カイは引き止めて、私自身がどうなのか聞いてくれていた。そのおかげでもあるんだよ。カイがそうやって私にいちいち自分の考えを聞くから、少しずつ自分で考えられるようになったんだから」


「……そう、だったのか」


 だったら、俺がやってきたことも、案外無駄足ではなかったのだな。カイはひとり息を吐く。最後にサクラの意思をサポートするのが、俺の役目と言ったところか。


「じゃあサクラ、行き先とかは決めたのか?決まったなら相応のお金も必要になると思うが」


「いや、いいの」


 サクラが力強く言う。「どこに行くかはこれから決める。お金は少し持つけど、これから働いたりして貯める。大丈夫だよ。私はもう、あの頃の弱い私じゃない」


 この数日でここまで変化が起きるとは。せっかくの温情を無下にされたのにも関わらず、カイは何故か感慨深くなった。


「分かった。俺はしばらくルギオさんと行動するから。何かあったらいつでも連絡しろよ」


 と言って、手を出す。「頑張れよ」


「うん……!」


 サクラはその手を取り、しばらく固い握手をした。サクラの手がするりと、カイのもとから抜ける。笑顔のままサクラは後ろを向いた。「じゃ、またいつか会おうね」


 無邪気に走りながら去って行くサクラの背中を見ながら、カイは妙な満足感を覚えていた。心の奥では、ずっとサクラにこうなって欲しいと思っていたんだろう。そう自己解釈し、背中が見えなくなるまでそこに立っていた。



 ※



 「それで、話ってなんだ?」


 ジンはレナに言われるがまま四人から遠ざかり、道を曲がった所で立ち止まった。


「……ジンはさ」


 レナが後ろを向いたまま尋ねる。「これからどうするの?」


「どーするってなぁ……」


 ジンが頭を抱える。「特に行き先も決まってないし、少しルギオさんたちと行動して、あとは自由に冒険しようと思ってるよ」


「そう……カイくんとか、サクラちゃんとは」


「そうだな……あの二人と僕はそもそも目的が全く違うからな、多分別れて行動することになる。でも心配いらない。連絡なら取るつもりだ。僕は僕で、この新しい世界を存分に冒険したいと思ってるよ」


 高揚しながらジンは語った。「もちろん、レナも一緒についてきてくれるかな?」


 その返答に対してはすごく時間がかかった。レナは凍ったように動かなかった。ジンにその問いを振られた直後に、少し声を詰まらせただけだった。


「……レナ?」


 流石に不穏な空気を感じてジンが呼ぶ。レナは肩を動かし、大きく深呼吸をひとつした。ゆっくりとジンの方を向いたが、顔は下を向いたまま。鼻をすする音が聞こえた気がした。そして小さく息を吐いた後、レナはジンの目を見て言った。


「ごめんジン。私は、ジンとは行かない」


「……なん……で?」


 ジンの胸は強く打たれた。きっとこれからも、ずっと一緒に生きていくはずだった。そう約束したはずだった。しかし現実は違う。たった今、レナはそれを拒絶した。


「どうして? どんなときでも決して離れないって、お互い言ったじゃないか?」


「言ったわ。離れないって、ずっと一緒に居るって」


 感情の起伏を全く感じさせない調子でレナは言う。「でも、気づいたの。一緒に居すぎなんだって」


「居すぎだなんて……そんなことないよ。レナといると僕はすごく楽しいんだ。一緒に居て迷惑なんて一度も――」


「そういう理由じゃないの!」


 やや強く、虚しそうにレナは言葉を遮った。身体が震えている。


 「私も迷惑なんて一度も思ったことないし、できればずっと居たいって思ってたよ。でも……それって私たち、お互いに依存してるってことだよね?」


「依存……」


 事の真理を突きつけられたように、ジンは返す言葉に詰まった。でもジンはなんとか絞り出す。「依存して……なにか悪い部分があったか?僕は何も感じなかったけど……」


 レナはまた下を向いた。


「……私ね、カイくんとレナちゃんの関係、ちょっとうらやましいなって思っちゃったんだよね。確かにカイくんは過保護っぽいけど、深いところには踏み込まないから結局お互いそこまで干渉しなくて、常に絶妙な距離感で心配しあってる感じがして、でも端から見るとすごく仲が良さそうに見えるの。なんか……理想的に見えちゃったんだよね」


 レナの話を、ジンは黙って聞くしかなかった。


「でもさ、私たちはかなりあの二人とは違うの。ずっと一緒に居て、ずっとお互いを気遣い続けて……ジンはいつでも私を助けてくれるし、私は……勝手にそれを期待していた」


「それはいいんだ……僕が守りたいからやってる訳で」


「違うの!」


 レナの感情が一気に爆発した。「私は何か間違った期待をしてた。こうしてるのも私のエゴだよ。私はお姫様じゃない。ジンはボディーガードじゃなくて私の彼氏……守る守られるの関係じゃダメなの。お互いが守り合っていきたいの。だって……私はジンに何も出来てないじゃない!」


「何かを求めて、レナを助けている訳じゃない」


「ジン」


 レナの声が震えを増した。「あなたは私を守るためだけに一緒に居るの?」


 その言葉に、ジンは寒気を覚えた。「いや……そんな……わけ……」


「ジンは何かにつけて、レナを守るため助けるとしか言ってない」


「でも、それは本心で」


「じゃあジンはどうして私を守ってるだけなの? もっと私を頼って! 私をジンの後ろじゃなくて、隣に立たせてよ!」


「レナは……大切……だから」


 ジンの一言にレナは嬉しくとも呆れたような顔をしていた。


「……いつもそれ。私はお人形じゃない」


 つぶやきがジンに届くことはなかった。レナはジンと目を合わせる。


「やっぱり、お互い相手のことで頭がいっぱいすぎる」


「これから僕は変えるから」


「……なんでジンだけで変えようとするの……」


 なんで、こんな状況でも私が一番なの?「……少し距離を置こうよ。相手がいない環境で、一度じっくり考えよう」


 レナは後ろを向いて歩き始めた。


「待って、レナ」


 ジンは消えていく手を握った。「いやだ。僕はこれからもレナを大切して、守り続けていきたい。一緒にいたいんだ」


 ジンの咄嗟の発言。レナは振り向いた。


「また、『大切』とか『守りたい』とか」


 目がとても冷たかった。ジンはドキッとした。


「もっとさ、昔は二人で遊んだりしたよね。二人で笑い合って、ちょっとした勉強とか、遊びでのハプニングでも、お互いが助け合っていたじゃない。あの頃と何が変わったの?私が成長していないだけなの?」


「変わってないよ。今までもこれからも二人で――」


「私はジンに生かされる存在じゃない……!」


 レナはジンの手を振り解いた。「今のジンなんか、大っ嫌い」


 レナは足を踏み出し、雑踏の中に消えていった。ジンはその言葉を受け切れず、たくさんの人が行き交う中、そこで固まり、立ち尽くしていた。



 ※



 「あの二人遅いですね」


「ずっと話してるのかな? そんな長話するようなことあったっけ」


「なっ……ルギオに二人の話題が分かるわけないでしょ」


「それもそっか」


「俺呼んできますよ」


「おっけー」


 カイは歩き出し、ちょっとした通りを曲がる。商店やらが立ち並び、やけに活気があって人が多い。これは見つけるのは困難を極めそうだ。あいつら迷ってるかもしれない。

 そんな心配は無用だった。カイはふと横を見てギョッとした。ジンが変な姿勢のまま、涙をだらだらと流していたのだ。


「ちょっ……ジンなのか?」


「ん……ああ……カイか」


 泣きながらジンがこっちを向く。その表情を見てか、周囲の人々が若干回り道をしていることに今更気づく。


「僕……フラれた」


「ああそうかい……はあ⁉︎」


 あまりにも唐突なカミングアウト、にカイは素っ頓狂な声を上げた。


「ひとまず後でいろいろ聞こう! とりあえず今はなんか恥ずかしい!」


 そう言って、カイは無理やりジンを引っ張っていった。


「おかえり……ってジン?」


 サラが悲惨なジンを見てギョッとした。


「どうしちゃったの?」


「まあ、いろいろありまして」


「なるほど、さてはフラれたな!」


「ルギオさんちょっと!」


 ありえないレベルで空気を読まないルギオの発言にカイが台風の如く勢いで怒鳴った。


「ごめんよ。とりあえず話を聞こうじゃないか」


 ルギオが謝りながら背中を叩いたので、ジンは泣きながら事の経緯を途切れ途切れ話した。


「……なるほど」


 一通り聞いてルギオが言う。「まあ、ちょっとリフレッシュ期間ってことでいいんじゃない?別れようなんて言われてないんだから」


「嫌いって言われてる時点で中々薄そうですけど?」


「いやいや、女子を舐めちゃいかんよ。付き合ってたいけど今のままじゃ無理なんて話ザラじゃない」


「女子じゃないと説得力ないんですけど……」


 ルギオとカイが会話している前で、ジンは未だにくよくよしていた。


「うーん、このままだと日が暮れちゃうな……ここにいても何も変わらないし、ひとまず僕の拠点に来ないかい?」


「拠点?」


「うん。端的に言えば家だけど……まあ普通の家じゃないからね。拠点と言わせてもらうよ」


「へ、へえ」


 カイが目を細めた。絶対、裏がある。「とりあえずジン、行こうぜ」


「う、うん…….」


 マジで大丈夫かな、こいつ。カイはジンを半ば支える形で、ルギオの後を追った。



 ※



 「それで、ここが拠点ですか?」


「ああ、そうだよ」


 拠点に着くまでに、ジンは正気を取り戻しつつあった。だかそんなことを気にしてられない。今考えるは目の前の光景。


 『サリュー孤児院』


 確かに、鮮明に、そう書いてある。見間違いなんかじゃない。


「ルギオさん……あなたは」


「うん、僕は孤児。それは認めよう。だが、今は孤児じゃない」


「……まさか」


「勘は正しかったかな?僕はこの孤児院を経営しているんだ」


 一つしか変わらない青年が、そこそこの規模を持つ孤児院を経営している。馬鹿げた妄想幻想夢物語としか思えないが、現にそれがリアルとなっている。


 中に入ると、さまざまな部屋で区切られていた。ちゃんと食堂もあり、遊び場もあり、寝る場所だってある。孤児なはずの子どもたちの笑顔もすごく明るく、雇われであろう大人の表情も明るい。なんと言うか、全体的に明るい。


「うちの孤児院は楽しくをモットーにしていてね。社会に出たとき、挫けないように楽しいことを教えて、楽しいことの中に将来必要な能力の育成に必要なことを混ぜ込む。いいだろ? そんな教育があっても」


「ええ、それはいいんです。すごく。ただ……」


 どうしてその経営を、現在十六歳であるルギオさんがやっているのだ?疑問を抱えたまま、カイはルギオについていく。


 ルギオは孤児院の部屋には目もくれず、ただ建物の奥を目指す。段々と孤児院の雰囲気は薄れ、家というか、基地といったような空気が徐々に濃くなっていく。どうやら孤児院の奥の部分が、ルギオが普段暮らす所のようだ。


「さ、着いたぞ」


 ルギオはドアを開ける。広めのリビング、大きなテレビ、豪華絢爛とまではいかないが、充分過ぎるほど贅沢。


「ここでは、僕はサラと暮らしていてね、少し大きめに作られているんだ」


「い、いや、でも……」


 流石にまだ職も持っていないような人が住める場所ではない。カイはようやく、疑問が確信に変わった。


「ルギオさん……それにサラさん、あなたたちは、何者ですか?」


 しばらくの間沈黙だけが流れる。


「ルギオ」


 サラが軽く小突く。ああそうか、という表情を見せたあと、ルギオはカイとジンに向き直った。


「分かった。僕たちの正体を明らかにしよう。そのためには、こっちへ来てほしい」


 ルギオがさらに奥の部屋へと招待する。


「さ、ドアを開けて」


「ジン」


 念のためジンに声をかける。ジンは小さく頷いた。


 二人はゆっくりとドアを開ける。室内は明かりがついておらず、暗闇に包まれている。


「ここは……」


 ルギオが構わず進み、照明のスイッチを押す。白一色に塗られた、ジムのような雰囲気、ベンチプレスやランニングマシンなどが申し訳程度に置かれている。

 しかし特筆すべきはその材質。歩くだけで分かるが、とにかく硬い。非常に硬い物質で構成されているようだった。


「……トレーニング場、と言うべきかな?防音徹底。衝撃吸収構造でもあるから、思う存分暴れていいよ」


「……僕からも聞きます……ルギオさん、あなたは何者ですか」


 ようやく発言がまともになったジンが疑問を呈する。「こんなトレーニング場は常人には必要ないと思います……あなたは……」


「そうだな……」


 ルギオが後ろを向き、目の当たりを抑える。しばらくして、ルギオは腕を降ろし、二人に振り向く。


「これで分かってもらえるかな?」


 それ姿を見た瞬間、カイは絶句し、ジンは目を奪われた。深海のように深く、澱んでいるようでくっきりと澄んだブルーの瞳。中では常に、青いものが揺らぎながらうねっている。海や空の青と全く違う。そんな青色はすぐに飲み込まれてしまいそうな、全てを超越するかのような青色。



「真眼……!」



 カイが名前を口に出す。ルギオは笑い、手を叩いた。


「良かったよ知ってて。これでキョトンとされたら、僕だってたまったものではなかった」


「カイ、真眼って?」


「それは……あるメイジャーの異名だ」


 ジンがぎくりとする。「じゃあ、ルギオさんは……」


「うん。本当のことを教えよう」


 ルギオが二人に近づいて口を開く。


「僕は準特級メイジャー、『真眼』の、ナリタ・エンパイアだ」


 圧倒される二人に、さらに言葉を重ねる。


「ジン、そしてカイ、二人とも、僕のもとで特別指導を受ける気はないか?」

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