第一章 二幕 11.メイジャーとして

 直後、稲妻を纏ったコタローが、閃光の如くスピードでカオスに迫った。目前で止まって即座に刀を振るう。


 ――速すぎる!――


 驚きながらもカオスが笑った。寸前でなんとかかわしたが、コタローは既に攻撃を繰り出そうとしている。


 ――さすが現職のトップクラスメイジャー。格が違いすぎるな!――


「楽しめそうだ……!」


 カオスは再びシルクハットを取り出した。中から爆弾が大量に出てくる。カオスが逃げた後にどんどん爆弾が転がっている。コタローはそれに見向きもせずに走った。爆発する前に駆け抜け、再びカオスに迫る。


 しかし直後、コタローはたくさんの銃に立ちはだかる。カオスが取り出し、操っているものだ。


「蜂の巣コース一名様ご案内……」


 カオスが引き金を引くような動作を見せ、一斉に連射が始まる。周囲の人が弾に当たって倒れていく中、コタローはただそこに立ったままだった。


 驚いたカオスが目を凝らすと、残像すら見えないほどの速度でコタローが刀を振っているのが見えた。そしてコタローの周囲は弾丸が弾かれ、本人には一発も当たっていない。


 カオスは銃の連射を止め、全てシルクハットにしまった。


「……さすが」


 若干呆然としながらカオスがかろうじて言葉を出す。


「これも魔術のうちですよ」


「勝てなさそうだね……ボク一人だけじゃ」


「何を言って……」


 言いかけたところでコタローは目を疑った。カオスの背後にいた人々、そして先程殺された男が、まるで操られているかのようにこちらに向かってくる。


「……人を操るとは」


「あくまで肉体だけだ。自らの意思と無関係に動かされる本人たちは、どんな顔をしているのかな?」


「やめろ……やめてくれ!」


 操られている人の一人が悲痛な叫びを上げる。その人がコタローに素早く迫ってきた。コタローは軽く避けるが、男は急に反転して再び襲いかかる。四肢を無理やりに動かされ、その度に男は呻いた。素早く腕を振るわれ、関節が外れる音がした。男が悲鳴を上げる。無茶な動きで骨が折れようとも、お構い無しに攻めてくる。何分間かこれが繰り返され、ついに男の目が死に絶えた。小言でずっと何かを呟いている。


「……もう壊れたか」


 カオスが落胆のため息をつく。次の瞬間、男の胴体が捻れ、上半身がぐるんと半回転した。短い断末魔の後、男は糸が切れたように倒れた。


 死体にコタローが近づく。身体を調べたところで目を疑う。


 その受験者からは、五枚のバッヂが発見された。


「合格したかもしれない人を……あなたは……!」


「試験が終わるまでメイジャーじゃないんだろう?」


「それでも高い確率でこの人は合格していた……!」


 コタローがカオスを睨む。「もしかして、わざわざ合格しそうな人を?」


 少し沈黙が経ってから、カオスがゆっくり拍手をする。


「あったりー」


 コタローが無言で刀を構える。自分を冷静に抑え込んでいた。その一方でジンはその怒りを抑えられなかった。


「ごめん」


 三人の前でジンは立ち上がった。「我慢の限界だ」


「バカ! 死ぬぞ!」


 カイは一瞬手を差し伸べた。しかし、それがジンに届くことはなかった。


 カイの制止も聞かず、ジンは強く地を蹴った。瞳と髪が黄金に輝く。右手に青いオーブのような弾が現れ、それを力強く投げた。猛速で迫ってくる弾に気づき、カオスは十歩ほど退がって、コタローは立ち止まった。


 青い弾が地面に衝突し、爆発音が響いた。周囲には煙が立ち込める。やがてその煙の中に人影が入った。カオスは何者かと、期待と困惑を持ちながら煙を眺めていた。そして煙が晴れたとき、カオスの心情から困惑は消え去り、期待と高揚でいっぱいになった。


「……君だったか。まさか、半覚醒に至るとはな」


 ジンは一歩も怯まずにカオスに問う。


「聞きたいことがある」


「ほう……なんだい?」


「なぜお前は……そんなに楽しく人を傷つけられる?」


 ジンの威圧が、狂犬の如くカオスに噛みつく。カオスはぞくぞくと震えた。


「そうだな……強いて言えば、そもそもキミとは相容れない思考回路だからかな。キミは人を大切にしたがっている反面、ボクは人をオモチャのように見ている。ボクは純粋にオモチャで遊び、そしてボロボロにしていき、面白くなくなったらすぐ別のものに興味を移す、ただの子どもさ。もっとも、ボクはもっと舐るように、じっくりと、ボクのやり方で壊すけどね……」


「……狂ってやがる」


 荒っぽくジンが言い捨て、戦闘体制を取った。


「やめた方がいいよ」


 対するカオスは棒立ちのままだった「キミのそれは半覚醒の状態。自分が今どんな状態かもわかっていないはず。無理に戦っても自分を壊すだけだよ」


「半覚醒だかなんだか知らないけど、それでも僕はお前を許さない!」


 叫んだ後にジンは飛び出した。迫る途中でまた青い弾を飛ばす。全弾がたやすく避けられるが、ジンはカオスの目の前まで来た。至近距離から気弾を当てる作戦に出たが、それすら避けられる。


「やめた方がいいって。それじゃボクも倒せず自滅するだけだよ」


「うるさい!」


「ほら、己が許容できない力はやがて己を蝕んでゆく……」


 人が変わったように、ジンはカオスに襲いかかった。気弾と拳を使って攻め続けたがどれも避けられる。暴れるように襲いかかったジンは、もはやただ拳を振り回す暴漢に成り果てていた。その間も、ジンの目は血走り、唸り声を上げながら立ち向かっていた。そして遂にジンは立ち止まり、大きく咳き込んだ後に真っ赤な血を吐いた。


「ジン!」


 レナが悲痛な叫びを上げ、ジンに駆け寄ろうとしたがカイとサクラに阻止される。


「なんで! はなしてよ! ジンが死んじゃう!」


「落ち着いてレナ! あなたまで殺されちゃう!」


「黙って見てろって言うの? そんなの……辛すぎるよ!」


 レナが暴れながら見る先で、カオスは跪いたジンに近づいていった。


「力はヒトを内側から破壊していく。まず精神、そして肉体の内側から。吐血したときには……もう遅いかもね」


 ナイフを持ち、ジンの前に立つ。「だから、これで楽になろう」


 カオスが容赦無くナイフを脳天に振り下ろした。レナが言葉にならない悲鳴を上げた。


 ※


 辺りには沈黙が流れた。


「なんで……助けてくれなかったの……」


 レナは膝から崩れ落ち、顔を押さえて泣いている。サクラはそれを見てそれを見ても何もできず、ただ伸ばそうとした右手の居場所を失っていた。


 混乱しているのはカイも同じだった。助けるはずなのになぜ助けなかったのか。なぜ助けてくれなかったのか、俺も聞きたい。それはカオスも疑問に思っていることだろう。ふとコタローをチラリと見た。コタローは細く長く息を吐き、少しだけ口端に笑みが浮かんでいた。


 なぜ今笑う? まさかと思い、カイはジンに目を凝らす。目の疑うような光景にカイも笑みがこぼれた。


「おい二人とも」


 と顔を下げている二人を呼ぶ。「悲観するのはまだ早そうだ」


 既に目を真っ赤にしたレナはその光景を凝視し、また涙が溢れてきた。その横でサクラは目を丸くしている。


 ジンに刺さったはずのナイフ。それは寸前で何かに阻まれるように止まっていた。カオスは目を凝らした。うっすらと、緑色のバリアのようなものがジンを囲っている。口元から流れ出ていた血が止まり始める。


「……なんと」


 カオスが飛び退く。「半覚醒を自分の技で相殺し、コントロールしかけているとは」


 ジンが立ち上がった。さっきの狂人のような雰囲気は消え、むしろいつもより堂々とした、しかしひどく冷静な表情を見せた。


「力を従えるコツは掴めた」


「なら理解しているはずだ。そのバリアのような技を解けばまた元に戻ること。そしてその技は長く持たないこと」


「……ああ」


 頷いた瞬間、ジンは空中に飛び上がった。「だからすぐに決着をつける!」


 コンクリートを破壊したときの赤い球体が周りに出現する。カオスの予測通り小さい弾が降り注ぐ。先程のような精密な射撃ではなく、圧倒的な火力を叩きつけるパターン。メイジャーでもないのにこの強さ。面白いじゃないか!


「素晴らしい物量。しかしそのひとつひとつは弱めだ。その程度でボクを倒せるとでも?」


「じゃあこれでどうだ!」


 全ての気弾が消え、オーラが右手に凝縮される。放たれた一撃は尾を引いてカオスに向かう。


「……まじか」


 遠くから静観していたナリタが呟く。バリアと謎の赤い弾でも十分強かったはずだ。なのにどこまで強くなってしまうのか。本当に受験者なのか、疑問に思えてきてしまう。


「……ハハッ」


 カオスが声を出して笑う。「そうだ。この力だよジン!」


 カオスはその弾を素早く避け、空中のジンに迫った。その勢いで思いっ切りジンを殴り飛ばす。衝撃でジンの身体は地面に叩きつけられた。


「やはりキミは選ばれし者。メイジャーなどという枠組みに収まってはいけない……ボクの元に来い。ボクが自ら、キミの力を引き出してやろう」


「何言ってんだお前……お前なんかに、乗るわけないだろ……!」


「口調がまた荒くなってきてないかい? 油断するとまた飲まれちゃうよ」


 笑みも余裕も全く崩れない。こんなに強くなっても、こんなに戦ってもダメなのか?

 ジンの額に汗が浮かぶ。ダメだ。焦ってはいけない。焦りは一気に体を鈍らせる。それこそカオスの思う壺だ。


 悩んでる時間は無に等しく、続けざまにカオスは顔を殴る。口から血の味が一瞬したが、その負傷も刹那の間に消える。ダメージ自体では僕が有利なんだ。なのに、なぜ……


「楽しくなくなってきたね」


 カオスが呟いた。「強さがこれ以上変わることもなく、戦法も万策尽きたといった感じ……虚しいね。新しいオモチャにすぐ飛びついた子供の気分だ。実際は期待したほど面白くなく、やっぱり前の方がおもしろい、と」


「……なん……だと」


「簡単な話さ。もっとじっくり遊ぼうと思っていたけど、そこが限界じゃあ、もうボクの目を引くことはできない。もうキミのことはさっさと殺して、はやくさっきのあの子を殺りたいんだ」


 その言葉を聞いた瞬間、ジンはこれまでになく憤慨した。暴走しているわけではない。ただその発言、その思想に、人間に対する酷い侮辱と嘲笑を覚えたのだ。


「そんな感覚で、お前は人を殺すのか。ふざけるのも大概にしろ!」


 打ち砕いてみせる。その余裕も、お前の思想自体も!


「僕はお前を、メイジャーとして倒す!」


 怒りに震えるジンは先ほどとは違い、黄色く光る弾を投げつけた。遅いと嘲笑い、カオスが余裕を持って弾いた瞬間だった。


「ッ……⁈」


 波打つような痺れがカオスを襲う。電気……弾に電気を含ませるとは。これは……誤算だったかもね。

 痺れている間にジンが迫り、さっきカオスがやったように、思いっ切り頬を殴った。口からいくらかの血が溢れ、鼻血が出てくるも、カオスは相変わらず笑みだけは崩さない。やはりと言うべきか、笑顔は余裕から出てきているわけではない。自分が殺されかけようと、こいつはきっと笑顔のままだ。戦いに快楽を見出す……まさに戦闘狂。


 カオスが退がった途端、続けてジンは水色の弾を投げた。痺れが治まったカオスはさらに後ろに下がってやり過ごそうとする。しかし弾が地面に激突した瞬間、そこを起点として円状に地面が凍っていく。目を疑ったときには、カオスの足も氷結に巻き込まれていた。


「おっと……これはしくじったかもしれない」


 カオスが諦めたように手を広げる。お構いなしにジンは右手にオーラを溜める。今までの比ではない。集中が格段に違う。この一手で決めてくると、誰もがそう思った。


「でも、ボクを拘束した時点で勝ったと思うなよ」


 ジンははっとし、周りを確認しようとしたときだった。


 飛んできた剣がジンの脇腹を斬り裂いた。熱い痛みが全身を駆け巡り、ジンはひざまずく。傷はみるみるうちに治っていったが、ジンの額の汗は止まることを知らない。ここぞとばかりに、カオスが悪魔のように笑った。


「限界のようだね。魔力の節約のため、バリアを外したことが裏目に出たか。肉体の治癒には、かなりの魔力を使う。そんなこと、メイジャーでもな……おっと、失礼したね。わかるはずもないか」


「ふっ……ざけん……な!」


 極度に疲労したジンは、苦し紛れにオーラの弾を投げる。カオスは片手を出し、その弾を掴んだ。そして圧力を込め、一気に潰す。その光景に、ジンは身体が震え出した


「……そんな」


 もう自分では通用しない絶望。そして迫り来る死への恐怖。ジンは戦意を失ったと思われた。


「もう、いいんだ。すぐに楽にするから」


 カオスがナイフで遊びながら近づく。


「ほらほら、その絶望で歪んだ顔を見せて。そうすればボクもやる気が出るってもん……」


 カオスは目を見張った。戦意喪失したと思われるジンは、立ち上がっていた。その目は強く、そして揺るがず。カオスを見ている。戦う力はないが、戦う意志は健在であった。心なしか見た目の力強さも強まっている。まさか、再びの覚醒。

 いや、それはない。強さに変わりはない。ジンは、そうか、諦めない心だけでここを乗り切ろうとしている。その覚悟が、自身を奮い立たせているのだ。


「誰が諦めるか……僕は……お前の思想を、少しでも変えてやる! 人間はオモチャなんかじゃない! ひとりひとりが意思を持って、心を持って生きているんだ! それを分からせてやる……!」


「威勢だけは結構。だがジン、君は下がれ」


 ジンが言い終わったところで、黒いスーツに身を包んだ男がカオスに立ちはだかる。


「コタローさん……どうして!」


「どうして……? 私にはあなたを守る責務がある。それを遂行するだけです」


「でも、今までは」


「それはそれ、これはこれはですよ。あなたの潜在能力には驚きましたが……まだ未熟だ。メイジャーを騙るとまではいかないが、試験を乗り切っただけでメイジャーを名乗るのはいただけない。メイジャーになってから鍛錬を重ねることで、あなたは初めてメイジャーと名乗れるのですから」


 ため息をつき、コタローはさらに続ける。「しかし流石は合格者と言ったところ。諦めは悪い。もし、あなたが諦めていれば、私はこのように助けることなんてしていません。そんな勝負を投げ捨てるような弱々しい奴は、メイジャーの世界には不要ですから。この命果てようと、目前に立ちはだかる相手に立ち向かう。それが、メイジャーが夢見る死に方ですよ」


 コタローは刀を構えた。ゾクゾクと震えるカオスが、ただ笑いながら迫る。初撃をたやすくいなし、空飛ぶ剣と同時に打ち合う。鬼の如く覇気で戦うコタローと、悪魔らしい表情を浮かべるカオスの死闘には、誰も手を出せるはずがなかった。

 気が緩み、ジンが倒れかける。しかし倒れるわけにはいかないと、ジンの強い気持ちがかろうじて踏みとどまらせる。それを見たレナがすぐに駆け寄り、ジンを支える。


「ジン! しっかり」


「大丈夫……レナは……」


「何もケガしてないよ。ジンだけがこんなに弱って……」


「そうか……僕だけで良かった」


「いいわけがないでしょ」


 半べそをかいたレナが怒る「私の気も知らないで、一人で勝手に死ぬなんて許さないから」


「……ごめん」


「まったくだ」


 気づけば、カイとサクラ、そしてルギオとサラまでが周りにいる。「あの試験官が助太刀に入ったからいいけど、本当だったらお前は殺されてたんだ。無謀な戦いはやめておけ」


「で、でも、目の前の相手に立ち向かって死ぬなら、それはメイジャーの本望だって――」


「違うよジン」


 ルギオが口を挟む。「本望とは言ったが、周りがそれを望むわけがない。無謀な挑戦をするのと、死を覚悟して立ち向かうのは全く違う。それは僕でも分かる」


「僕は……まだみんなと同じ……」


 うなだれるジンの身体から、瘴気のような黄色い物体が放出されていく。それと同時にジンは目を閉じた。


「半覚醒による精神汚染……さっきの態度を見ても分かるが、防ぎ切ることはできなかったか」


「じゃあ、ジンの精神はずっと壊れかけたままなんですか?」


 レナが泣きじゃくりながら聞く。


「いや、起きたときにはまた戻ってるさ、ちょっと記憶は飛んでるかもしれないけど……まあ、精神汚染によって、思想がメイジャーになったつもりになっていたんだ。良かった。本心じゃなくて」


 ルギオがホッとした表情を見せ、残りの四人も安堵した。しかし、目の前の出来事が全て終わったわけではない。


 コタローとカオスの戦いは続いていた。しかし、飛び回る剣の数は十を超え、既にコタローが押され気味だった。


「もういい、ここまでにしよう」


 カオスが少し下がり、踏み込んでコタローに迫る。ナイフを構えてコタローの元へと速度を上げた。「これで仕舞いと行こうか」


 コタローは刀を納め、ただ迫るカオスを見つめた。


「覚悟はできてるようだね。優しく、残酷に首筋を斬って――」


 カオスの言葉はそこで途切る。かすかにだが、コタローの口端に笑みが溢れ出た。

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