第一章 二幕 8.執念が導く
「ヤアッ!」
たくさんの受験者に囲まれ、次々と繰り出される攻撃を難なくかわす。こちらから手出しはしない。私は相手の攻撃を避け、バッヂを守り切るだけ。
それにしても、この束を相手にしてまだ三割程度で済むとは。今年はハズレ年かもしれない。今こそ必要という年に限ってこうとは、協会の運の無さは折り紙付きだな。コタローは思った。
後ろから刃物が突き立てられる。気配に気づき、コタローは横に跳んだ。追ってきた受験者が連続で刺しに来る。全て見切ってよけ、壁にあるパイプに乗っかる。背後に現れた剣の上に乗っかり、大きく空中に躍り出た。迫り来る矢や銃弾は体をひねってかわし、地面に着地する。
「みんなで行けばなんとかなるだろ!」
複数人の受験者が、四方八方から一斉に襲いかかる。
「団結か。脳筋にしてはやるじゃないか」
コタローは勢いよくバッヂを投げ上げた。受験者が気を取られたその瞬間に軽く助走をつけて跳ぶ。バッヂをキャッチし、受験者の輪の外に着地した。
「おのれぇー!」
男が振り下ろした手斧は当たったように見えた。しかしそれはコタローが残した残像であった。
慌てふためく受験者たちを、コタローははるか遠くから眺めた。
※
受験者の陰に隠れながら頃合いを見計らえ。コタローを追って追って、バッヂを手放した瞬間が勝負だ。
ジンはしっかりコタローを追えていた。残像に気は取られたが、すぐにコタローの影を捉え、なんとか見失わずに済んだ。今は再び周りに群がってきた受験者を盾にコタローを見張っているところだった。
ジンは持ち前の疾さで受験者のバッヂを奪う形で手に入れ、既に五枚手元にあった。そして五枚持っていることを悟られないようにコタローのバッヂを狙う一人を演じていた。初めはただ周りをうろつき、時に応じてコタローに迫る素振りを見せたりしていた。しかしコタローの技量を見て次第に本当に獲りたくなり、覚悟のためにバッヂを全て捨ててコタローに挑んでいるところだった。下手な攻撃は回避されて次から警戒されるだけだ。一度かつ一瞬で、素早く隙を見極めて素早く行動し、素早く手に入れる。これを成功させるためにに必要なのは、疾さだ!
だがまだ待つんだ。機会が来るまで。ジンは溢れるわくわくを抑え、ひっそりと集団に溶け込んだ。
※
「遅いですよ」
次々に襲いかかる受験者を華麗に避ける。コタローはずっと繰り返し繰り返しそうやって受験者と戦っていた。
戦うと言うより全てかわす。この流れ、何度目だろうか。
「動きが単調になってきてますよ。私からバッヂを取るなら、もっと変則的に動かなくては」
受験者から距離をとって忠告する。数十人に包囲され、徐々に距離を詰められても全く怯える素振りすら見せない。
銃声が鳴り、弾丸がコタローに迫った。コタローが上空に跳ぶ。弾道を目で追って素早く撃ってきた位置と人物を特定する。約百メートル先、スナイパーライフルで狙う女が一人。既に次の発砲準備はできてる模様。
予測通り第二射が放たれる。コタローと言えど、スナイパーライフルで精密に狙われて撃たれた、超高速の銃弾を空中で避けるのは至難の業。コタローは初めて刀を抜き、刀の刃で弾丸を受け止めた。二つに割れた弾丸はコタローの両脇を掠めた。
そして下を見てみれば大量の受験者が我こそはと集まっていた。ただ自由落下するだけのコタローはその中に落ちることしかできず、ため息をついた。
「やれやれ。手を出さないといけないとは……」
眼光が鋭くなり、刀を構えた。明らかな殺意、完全に人を殺す目、真下にいた受験者たちはその恐ろしさに腰を抜かした。
下が空いたので、コタローは難なく着地することができた。そのまま胆のみで他を圧倒し、その場をすぐに去った。ジンは臆せずにその後を追った。
まだみんなは焦ってない。半ば遊び半分で取ろうとしているだろう。残り三十分になってからが勝負。それからは受験者は躍起になって取りに来るだろう。その勢いに乗じて一瞬の隙に取る。だからまだ待てよ。
うずうずする体を、ジンは押さえつけるように我慢していた。
※
「あと四十分です」
コタローが言った瞬間、受験者の目が変わった。
「まずいぞ……もう四十分しかねえよ」
「ちくしょぉいい加減くたばれ!」
ここにきてコタローへの攻勢がより強まった。ジンの読みより十分ほど早かったが、大方予想通りだ。我こそはとコタローに人が集まる。バッヂを取れずにいた人々も残り時間が少なくなり、やけくそでコタローに攻撃を仕掛けている。コタローを取り巻く受験者は周りに漏れ出た。お陰でジンは隠れる場所が増え、より安全にコタローの動向をうかがうことができた。
※
全方向からの多段攻撃。合わせたわけではなさそうだ。ただやけくそで攻撃した結果このような攻撃方法になったのだろう。
コタローは身をかがめた。刃やら棍棒やらが頭上を掠めた。次は複数人が飛びかかってくる。下によけたことが裏目に出たか。
太腿に力を溜め、跳び上がる。空中で身をよじって受験者に触れるのを回避した。待ち構えていたように銃弾と矢が複数飛んでくる。刀を抜き、飛翔物を全て薙ぎ払った。
何かが回転しながら空気を切り裂く音がした。下を見ると盾らしき円盤が迫ってくる。やけくそにも程があるだろ。だが今は好都合だ。その円盤を足場にしてここから脱出すれば。
コタローが円盤を踏んだ瞬間、電子音と共に円盤が爆発した。爆風に包まれ、コタローは初めてダメージを負った。全くの予想外。この受験者を見くびっていた。まさか起爆装置を付けていたとは。コタローは爆風で空中を舞っている間に、下の状況を確認した。大量の受験者で、落下予想地点は足の踏み場もなさそうだ。
「……手を出すに入らないといいが」
コタローは受験者の頭を踏んづけた。そのまま頭を伝って会場を駆け回る。ようやく地面に足が着いても、すぐに受験者が襲いかかってくる。
「そろそろ、私も六割方出した方がいいですね」
「何が六割だ!強がりやがって!」
受験者の一人が棍棒を振るう。それは確かにコタローの体に触れた。しかし、その姿が煙であるかのように、棍棒はコタローをすり抜けた。
「何?」
受験者が困惑する中、あちこちで声が上がる。
「おい、いたぞ!」
「騙されるな!こっちにいるぞ!」
「おい、どういうことだよ。あっちにもこっちにも……俺の目の前にも……訳が分からない!」
あちらこちらにコタローの姿が現れ、会場全体が混乱し始める。
「うわびっくりした! なにこれ、あの試験官?」
「……の、残像だな」
カイたち三人の前にも残像が現れる。「俺やサクラも一応残像を出しながら動けはするが……そこまで上手いわけでもないし、円を描いて動かないと成功率がかなり落ちる。なのにあの試験官は、不規則で、しかも広範囲に、長時間残像を置けている……なんて奴だ」
武者震いしたのちにカイは笑った。世界は広い。こんな奴が、メイジャーの世界にはいるってことなのか。面白い。
「ちょっと見学しに行こうぜ。そのコタローって試験官を」
「いいけど、どこにいるか分かるの?」
サクラが尋ねる。
「難しいけど、残像の位置やら精度やらからなんとなく割り出せる。それに、俺なら残像と本体は一目でわかる」
「頼もしいね」
「褒めても何も出ないぞ。さ、行ってみよう」
※
これも残像。よし、次。
ジンはすぐに残像のもとに行き、また確かめてはその場を去る。正直残像を使うとは思ってなかった。びっくりして、その隙にコタローを見失ってしまった。今は残像をひとつひとつ確かめては次に向かう。まだ本体の特定には至っていないが、少しづつ近づいている気はしていた。
でもこのまま見つけられなかったら? 僕は不合格か? それだけは避けたい。なんとしてでも、勝ち取ってみせる。これくらいできないと、一流のメイジャーになんてなれっこないから。
ジンの目標である父を探すこと。それは周りが思うよりもはるかに強い執念だった。
ジンが生まれたとき、父ダンは既にメイジャーだった。父を見た日は人生の半分もない。いつもどこかしらにふらりと消え、ごくごくたまにふらりと帰ってきていた。幼い頃のジンには、ダンがどこでどんな仕事をしているのかさっぱり検討がつかず、あまり気にもしていなかった。
しかしジンが十二歳のとき、ダンは行方をくらませた。
朝、山菜取りに出かける前に「行ってきます」と声を掛けたのが最後だった。ジンが戻ったとき、ダンの姿は消え、置き手紙がテーブルにぽつんと置いてあった。
『俺は準備しなければならない。ジン、お前も準備するんだ。俺を見つけてみろ。まずはそこからだ。十年でも二十年でも待ってやるから、メアリが死ぬまでには見つけてみろ』
「いつものことでしょ」と軽くあしらっていた母の表情が、日ごとに強張っていったのを覚えている。それは当然だった。その日以来、僕の家族は一度も父さんを見ていない。どこにいるか見当もつかない。唯一分かること、それは父さんがメイジャーであり、何かしら活動していること。ドカノ村を訪れたあるメイジャーが、父さんについて聞いてきた。話を聞いて、その人はがっかりしてこう呟いた。
「あの人がいないと、いろいろやばいこともあるんだけどなあ……」
気になって尋ねると、その人は優しく教えてくれた。僕の父ダンは、メイジャーの中でも凄い実績を持ち、メイジャーの中心的人物であること。そのことから『孤高のメイジャー』と呼ばれている。父さんは、村を訪れたそのメイジャーにずっと味方してきてくれたと言う。そして今でも、たまに連絡が入るらしく、少しだけメールのやり取りを見せてくれた。内容はもう覚えてないけど。
置き手紙の話をしたら、「あの人なりにやってるのか」と少し表情を緩めて微笑んだ。凄く安心したかのように見えた。
父さんはどこまで尊敬されて信頼されているのか、どこでどんな仕事をして、なんのために消えたのか。そういった疑問は、のちにメイジャーという職業自体に向いていった。
カイのように、試験とかまで調べたわけではない。が、ジンはメイジャーという職業に関しては調べ上げていた。
メイジャー、それは魔法使いの別名。メイジャー協会に属し、魔法使いを職業とする人々の総称。魔法使いはその名の通り、魔法を扱う。昔は呪文が記された魔導書と杖などの触媒を介し、魔法を使っていた。しかし現代では、そのようなものを扱う人はほとんど存在しない。
今のメイジャーは魔法ではなく魔術を扱うらしい。その違いはよくわからないが、魔術は魔導書と杖無しでも難なく扱えるらしい。魔法は誰でも使える分威力が低かったり、詠唱に時間がかかったりしていた。魔術は会得するのが非常に難しい分、詠唱の必要が無く、極めれば絶大な効果を得る。何より自分でどんな能力にしたいか決められると言う。そのためか、今のメイジャーは個性に溢れている。
もちろん命の危険はある。引退がいつになるかもわからないし、死ぬまで五体満足かどうかも怪しい。でもジンはメイジャーを選んだ。
きっとだけど、警察になっても、大国の諜報機関のトップにいても、父さんとは会えない気がする。なんとなくメイジャーになって探せと言われている気がする。父さんが残した手紙に記されていた『準備』という言葉。探す準備なのか何の準備なのか、全く分からなかった。でも、今なら分かる気がする。
――近く災厄が起こる。俺はそれに向けて準備しなければならない。ジン、お前も家族や友達を守るために準備しろ。俺を見つけて、俺と一緒に世界を守ろう――
ジンは既に勘付いていた――最近の山は騒々しかった。動物というのは第六感がとても冴えていて、よく地震などの災害が近づいたりすると、意味もなく駆け回ったりし始める。やけに特定の鳥が増えた気がした三日後、その鳥が生息する地域の一部で紛争が始まった。このように、動物の感覚は信じられないものがある。
しかし今回の騒々しさは今までの比ではない。何かから逃げるように各地を駆け回るシカ。なぜか冬眠をするかのように穴を掘るクマ。地上に降りようとしない鳥たち。
これらのことから推測できたこと。近いうちに、地上で想像できないような災厄が起こる。戦争なのか、災害なのかは分からないけど、もしかすると世界が終わるレベルかもしれない。
非現実的な話だが、これが僕の出した結論。そして、父さんはこれに対して何らかの準備をしている。災厄の被害を抑えようとしているのか、災厄を未然に防ごうとしているのか、どっちかだろう。父さんはそれを知らせてくれた。愛する家族、そして僕が愛する人たちを失わせないために。
全てがただの憶測、外れていてもおかしくない。でも僕は僕を信じる。父さんを信じる。
だからこそ、ここに来たんだ。
メイジャーになろうと決めたんだ。
まだ本体を見つけられていないが、少しずつ正解には近づいている。大丈夫だ。僕はきっといける。信念があれば、努力はきっと実を結ぶ。
決死の思いで探していたジンは、なぜか歩みを止めた。
コタローさんは凄く強い人だ。挑発に乗ったときの気配も凄かった。ならその気配を探ればいい。
立ち止まって感覚を研ぎ澄ます。視覚と嗅覚、味覚は捨てる。聴覚と触覚をフル活用しろ。六つ目の感覚まで動かす気持ちで探れ。
周囲の声が鮮明に聴こえる。武器と武器がぶつかる音。ガチャガチャ鳴る金属音、足音、軽やかに駆ける足音……革靴……革靴で駆け回る音?
きっとコタローさんの足音だ。近くにいる。もう聴覚は必要ない。触覚と第六感を使って、コタローさんの気配を捉えろ。
さまざまな気配が風のように吹き込んでくる。勇気、弱気、欲望、覇気。でもこの覇気じゃない。もっと冷たい。
早く、早く早く早く早く早く早く!早く探し出せ!感じ取れ!頭の中で、誰がどこにいるのか想像できるくらいに!
頭の中でレーダーのように人が映し出されていく。半径二メートル、五メートル、十二メートルと、広がっていく。まだいないのか。もっと深く集中しろ! 感覚を周りに広げるんだ!
一際目立つ反応があった。すると突然、ジンは冷気に飲み込まれたような感覚を覚えた。コタローさんの殺気。ジンは遂に感じ取った。
何故今更こんな強い殺気を出さなくては行けないのか分からないけど、これでどこにいるか分かった。後は一気に距離を詰める!
大腿筋をバネのように収縮させ、スタートダッシュの準備はできた。まだ人混みで本体を目視できない。目視で確認できるようになった瞬間がスタートだ。
まだ来ない。まだ人が減らない。合間から見えそうで見えない。凄くもどかしいけど我慢だ。迂闊に動けばあの人のことだ、すぐにまた逃げてしまう。さっきも念じたように、一気に、一瞬で。
人々はジンの視界を絶え間なく覆う。でもそろそろくるとジンは直感で悟った。集中力をさらに上げ、自分だけの世界に入る。周りの全てが、水に沈むように遠くなる。でも妙に正面にはピントが合っている。
静寂に包まれた次の瞬間、コタローの姿が映る。時間こそ一瞬のはずなのに、ジンはとても鮮明なスローモーションのように、その姿を捉えていた。
直後にジンはスタートを決めていた。風を置いていくスピードで一気にコタローまで迫った。赤いバッヂも見える。コタローはまだこちらを向いていない。
この勝負、勝った。
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