第一章 二幕 6.聡明なる勇者
大男のこめかみに青筋が浮かぶ。カイは男の前で仁王立ちし、罵詈雑言を浴びせ続けていた。
「……ふざけんなよ」
男の声が震えている。
「ふざけてねーわ。全部大真面目だよ」
「舐めんなこのクソガキが! オレはてめえの二倍は生きてんだ! 大の大人に歯向かう気か!」
「別に歯向かってもいいだろ。大人が絶対ではないし。少なくとも、お前には絶対従いたくないな」
男の拳がぶるぶる震える。怒りで我を忘れ、白目を剥いている。男はカイを指差して怒鳴った。
「グチャグチャにしてやるよお前なんか! お前なんか! ひとひねりに……」
背後から現れたカムイが両手を組んで振り上げ、男の頭のてっぺんに振り下ろした。男は少しよろつくもすぐに顔を上げた。カムイはその間にカイの隣に並んだ。
「なるほど、お仲間ちゃんかな? まあいい、二人まとめて肉塊にしてあげるか」
男は先ほどの巨大なハンマーと、先に分銅が付いた鎖を構えた。
「オレのハンマーは破壊力抜群な分動きが悪くってよお、鎖で体制を崩して確実に叩くのが好きなんだよ。潰れたときの音は気持ちいいぜ?なんかこう……グシャッともブチュッとも言えない独特な音がする。そう、まるで
「……クズだな。お前」
「クズで結構! 俺はクズでもこうやって生きていけている! 邪魔する奴らはみーんな潰してきた。てめえも潰れちまいな!」
男が鎖を投げた。カイめがけて放たれた鎖はたやすく避けられた。
しかし避けた先にハンマーが迫っていた。でもいくら威力がでかかろうが受け流せばいい話。カイは手を上手く使って、ハンマーを上方向に受け流した。
「おのれ……!」
男が鎖を横に振るう。流石にこれは避けきれない。カイは分銅の部分を掴んで動きを止め、自分へのダメージを抑えた。手が痺れたが、直撃よりかは遥かにマシだ。
その間にカムイが男に迫る。迫っては一、二発叩き、すぐに退く。そのヒットアンドアウェイはどの自然を参考にしたんだとカイは小さく笑った。でも油断は一切しない。
カイは再び短刀を取り出した。柄がやけにゴツいあの短刀だ。
カイが迫ると、男はハンマーを素早く振るう。確認して分かるが、やはりカイにとってはあくびが出るほど
金属音がし、短刀は鎖に阻まれた。打ち合った衝撃でカイは上に跳んだ。嘘だろ。鎖の動きはカムイの妨害に向いていたはず……
目線を男の背後に移すと、カムイの両手の自由を奪った状態でカイの迎撃をしていた。
「なんでそんなに鎖を上手く扱えるんだ……芸達者かよてめえ……!」
「その通りだ。鎖だって拘束に拷問殺人……いろんなことに使ったからなあ!」
鎖がさらに男の周りに一回転し、分銅がカイの側頭部を直撃する。振る方向を逆転させ、今度はカムイの首筋に当てる。二人は男から距離を取った。
後ろから突撃しようとするカムイを合図で止める。
「あんま使いたくない……卑怯な手口だが、お前みたいなクソ人間にはどうってこともないか」
「ボソボソつぶやいて、何言ってるかわかんねえよ」
「今に分かるさっ!」
カイが一瞬で男に迫った。
こいつ超速え……!
鎖を急いで動かすも間に合いそうにない。しかしこのままいけば致命傷は防げる。カイの短刀が今まさに男の首に触れようとしたとき、カイは短刀を逆さに持ち替えた。
なんで持ち替える必要なんか……
男は困惑しながらも鎖を動かし続けた。
耳をつん裂く乾いた火薬の爆発音が聞こえた。何かが鎖に当たり、高い金属音を鳴らす。
「ぐっ……」
男は一度距離を取った。そして鎖を見る、そこにはヒビが入っていた。そして銃弾が一発、鎖の間に挟まっていた。
「……なるほど、隠し鉄砲か」
「そ、俺が作った隠し玉」
カイが柄の下半分を取り外しながら言う。「引き金の向きが逆、安全装置がない、いちいちマガジンを外して薬莢を出す必要があるとか、いろいろ難点はあるけど、かったい金属と規格外の火薬量なら、相手がナイフだと信じて突っ込んできたところを撃ち抜くだけでいいって言う利点もある。ちなみにマガジンに入る弾の数は四発、俺がお前の土手っ腹やら頭やらを撃ち抜けるチャンスはあと三回。さあ、あと三回、俺の不意打ちに耐えられるかな?」
カイは駆け出した。先程と同様に首筋に向けて短刀を振るう。男が鎖でガードしようとした瞬間、短刀は突如向きを変え、男の右肩を斬り裂いた。
「このっ……」
男はハンマーを振るが、負傷した腕では精度も威力も落ちる。結局カイに掠った程度だった。
さらにカイは跳び、短刀を持ち替えた。
来るっ……
男が必死に身をよじらせる。カイが発砲するも男の鼻を掠めただけだった。
「チッ」
カイは素早く薬莢を取り出し、さらに照準を合わせて二発目を放つ。今度は当たった、二回目の回避は到底無理だろ。脳天砕かれろ。
銃弾が男に迫る。しかし男と銃弾の間に鎖が立ちはだかった。銃弾はまたしても鎖に阻まれてしまった。
「……これであと一発だな」
男がにやりと笑った。これで少しは慎重になる。そうなると反撃の機会も増えてオレが勝つ……いい、とても良い!
だが当の本人はそれほど気にした様子も見せなかった。薬莢を取り出しながら、ただ男の鎖をじっと眺めていた。
「そんなに羨ましいかこの鎖が」
「いや、そうじゃない」
男の発言を速攻で否定し、カイは続けた。
「こんなのに使われて、さぞ鎖も気分悪いだろうなって思って」
「『こんなの』だと……?」
再び男の体がぶるぶる震える。「ああそうかい、なら決まりだ」
次の瞬間、男はカイの前から消えた。反射的にカイは周囲を警戒したが、何も来ない。視界の端にカムイが走り寄ってくるのが見え、カイは男の思惑を察した。
「駄目だ、来るな!」
その声が届いたときには手遅れだった。背後に回った男のハンマーは、カムイを大きく吹き飛ばした。先ほどとは比にならない強さと速さ、そして残酷さ。カムイは後頭部から鮮血を流し、ピクリとも動かなくなった。
カムイ……!
その目でカムイを確認したカイはすぐに自分の失敗に気づいた。カムイに気を取られていた。男を視界から外していた。完全に今あいつを見失った。本当にあいつがすることは……カムイを利用した俺への不意打ち!
背後に風圧を感じた。普通に跳んでも高さが足りないはずだ。カイは地面を蹴り上げ、走り高跳びの背面跳びのように跳躍した。猛速で振られたハンマーはカイの背中ぎりぎりを通っていった。カイが横を見ると男がいる。ハンマーを振るのはかなり体力を消耗するから、今がチャンスかもしれない。短刀を持ち替え、照準を定める。
「そこだ」
男の声がした。
重いものが右からぶつかってきた。一回転して地面に転がるのが感じ取れた。きっと鎖の分銅だ。照準を合わせるのに集中して気づかなかった。
いや、そもそもあのタイミングで撃とうとしたのが誤りだった。カムイを倒されたことで、自覚できずとも怒りで焦っていた。早く倒さなければと焦った。
これがヴィッテの言った「焦り」か。早くなんとかしなくてはと、早く追いつかねばと、無自覚の内に上位の存在を追い求め過ぎていた。求め過ぎて自分に何が必要か、何が足りないのかを考えなかった。どうすればいいのかも深く考えなかった。それで強くなれるのか?いや、なれない。
今は上を求めなくていい。目の前の課題を克服するべきだ。冷静に、今を分析しろ。
現状残された弾は一発と考えていい。その気で狙いに行かなければ。大丈夫、計算通りに行けば。
カイは短刀を持ち替え、この時点で銃口を男に向けた。
「しっかり決めてやる」
カイは男に向かって突進した。なるほど、防御もかなぐり捨てての突撃か。反撃の隙を与えず、自分は体力が続く限りチャンスを作れるってか。
「だから甘いんだよ! ガキは!」
タイミングを計ってハンマーをぶん回す。正面から突っ込んでくる敵はやりやすい。覚悟が裏目に出たな。
「いや〜、効いたぜあれは」
聞き覚えのある声にはっとする。硬い繊維が折れる音が聞こえ、ハンマーが真っ二つに破壊された。
「さっき飛ばしたガキ……!」
カムイの手の爪は剥がれ、血が滲み出ていた。
「手を牙みたいな形にして柄にねじ込み、自分が回転して一気に千切る。ワニから学んだ戦法だ。たいていのものはこれで切断できる……」
カムイは失血なのか、再び倒れた。
「ナイスカムイ」
カイは小さくつぶやいた。既に視界に動くカムイを捉えた後での行動。やはり不意を狙って助けてくれたか。後でお礼を言っておかないといけないが、今はあいつだ。カイは男に向かって突き進む。
今トドメを差しておきたいが、銃のガキに集中しなくては。男は焦っていた。だが大丈夫、オレにはまだ鎖がある。鎖であいつの動きを封じてやる!
素早く鎖を振るい、カイの目前を阻む。一回転して戻ってきた分胴を掴み、再び放り投げる。今度はカイの顔面目がけて。さあ、顔はぐちゃぐちゃに潰れちまいな。
カイは鎖に阻まれ動きを止めた。しかし、それによって次の攻撃を予測できる時間が作られた。一回転してあいつに戻っていく。男は自分をまっすぐ見据え、右手は後ろで分銅を掴み取ろうとしている。つまりは追撃がある!
予測通り追撃が顔面めがけて襲ってきた。大丈夫、今度はよく見える。焦ったのはお前の方だったな。
カイは目前の分銅を難なくかわし、それを左手で掴んだ。その行動を、男はしっかり確認していた。
分銅を掴みやがったか。奪うつもりだろうな。あれがなくなればオレの武器は消える。消えたら銃弾を防ぐ手段は無くなる。そうはさせねえよ!
男は鎖を持つ手を固く握りしめた。絶対に渡すものか!――
「案の定鎖は離してくれない、か。かかったな」
カイのつぶやきが、嘘のように頭に響いた。カイが鎖を勢いをつけて引っ張る。一瞬鎖が手を滑ったが、取られまいと男がさらに右手に力を入れた。
その次の瞬間、ピシッと音が鳴った。すかさずカイが短刀で鎖を叩き、鎖が千切れた。
「なっ……」
鎖の断片は足元に転がった。カイは正面に立つ。
「お前さ、鎖で銃弾受けただろ。二度も」
自分がやったことだが、今更のように思い出し、男は千切れた鎖の断面付近を見た。確かに近い部分に銃弾が二発、場所は違えど食い込んでいた。
「人の反応速度にも限界があるしさ、反応して素早く鎖を振るったら大体同じ部分が正面に来る。結果ほぼ同じ位置に銃弾が当たり、周辺の耐久度が下がる。そして鎖を引き絞ったときにヒビが拡大して千切れかける。後は短刀で叩いて終わりさ。その鎖も先端に重りがあるから威力があるし、軌道も安定する。鎖単体だとあやふやな方向に飛ぶからな」
「お前……知っていたのか」
「まあな。幼い頃からいろんな武具を嗜んでたから」
本当は村が滅んだ後、様々な敵に対応するために練習した武器の一つであるだけだ。俺には合わなくてやめたが、その知識がここで生かされたとは。
「さあ、重り付きの短い方か、重り無しの長い方。どちらを使って防衛しても構わないさ」
「……両方だな」
男は短い方を拾い上げた。「重りが無くても、振り回すことができればなんとでもないのさ」
男は鎖を自分の身長の半分ほどの長さになるよう持ち替えた。余った部分を手に巻きつけ、正面で回し始めた。「この鎖の盾を掻い潜って当てられるかな?」
「そんなの、朝飯前だよ」
カイは銃を構え、一切迷わず発砲した。鎖の盾を難なくすり抜け、額へ一直線に向かう。これは当たった。
そう思った。男が分銅を額の前に持ってくるのが見えた。
「何っ……?」
銃弾が分銅に衝突する。衝撃で分銅にはヒビが入り、直後に砕けた。しかし分銅の破壊にエネルギーを消費した銃弾は、分銅の破片と共に後ろに舞い上がり、額に命中することは無かった。
「ハハ……どうだ! 最後の一発も防いでみせたぞ! これでお前の武器はナイフのみ! リーチに長ける鎖なら、分銅がなくても拘束することは可能だぜ」
「そうかい」
抑揚もなくカイが言う。薬莢を取り出し、短刀を逆手に持って迎撃に徹する。「できるもんなら来てみな」
「言われなくても来てやるぜ……!」
男が突進する。唸り声を上げ、鎖を掲げ、カイに迫る。
「終わりだ! このクソッタレめ!」
「どっちがだよ」
※
カイの発言の後、乾いた銃声がした。
「……な……んで……まだ」
男の腹部から赤い血がどくどくと流れ始める。逆手に持った短刀から白煙が細く立ち昇る。痛みと苦しみに耐えきれず、男はその場に跪いた。
「マガジンに入るのは四発だ。でもあらかじめ銃身に一発入れておけば弾数は五発。人を欺いて殺す常套手段だよ」
よろよろとカムイが立ち上がり、カイの隣に来た。
「よお、勝ったみたいだな」
「お前はもう少し休んでろ」
「いや、そんなんでもない。すぐ血は止まるさ」
カムイは屈託なく笑った。ああ、ホントに大丈夫なんだなとカイは呆れた。
「ウソだ……」
声がして二人が男の方を向く。「オレがこんなガキ共に負けるなんてありえない……あってはならない!」
今にも暴走しそうな雰囲気に、カイは静止も含めて言い聞かせた。
「やめておけ、傷口が開く。それ以上動いたら死んでしまうぞ」
「……」
男は死への恐怖からか、カイの助言をすんなり受け止めた。「もういいか」
男がバッヂを差し出す。「受け取れ、認める、お前らの勝ちだ」
そっぽを向き、やや不満な口調で子供かよとカイは思ったが、男は負けを認め、カイに敬意を表しているとも見れた。
「ありがたく受け取るよ。次は改心してくれることを願う」
男にそう言い残し、カイは後ろを向いた。「行くぞ、カムイ」
「おう」
カムイも後ろを向き、付いてくる。
敏感に物音に気づき、カムイが振り向いた。つられてカイも同様に振り向く。
「バカめ! オレが改心して認めるとでも思ったか!」
男が目前まで迫ってきていた。二人の前に立った男は両者に対して無慈悲の拳の雨を叩き込む。二人は防戦一方に追い込まれた。
「ぐっ……この……!」
「ハハハ! 苦しめ苦しめ! 勝つためには手段なぞ選ばない! お前と同じだ! さっさとバッヂを寄越しやがれ!」
腹の傷もお構い無しといった感じだ。男は奇声にも近い快楽の叫びであろう笑いを上げ続けていた。
遠くで銃声が響いた。
「ハッ⁉︎」
その銃弾はひしめく受験者の隙間を一直線に抜け、男の側頭部を貫いた。ぐるんと白目を剥いて男が倒れる。すでに絶命していた。
この銃の腕前……もしや! ――カイが右を向いた。
四十メートルほど向こう。ピストルの銃口を向け、壁にもたれかけるヴィッテの姿が見えた。視認はできないが、おそらく銃口からは煙が細く昇っているだろう。
ヴィッテは立ち上がり、カイたちの前まで歩いてきた。
「危ないところだったな」
そう言って男の死体を見る。
「まさか、漁夫を狙ってたとでも言うのか」
敵意のこもった言葉がカイの口から発せられる。カムイは既に威嚇体制に入っていた。
「なわけあるか。オレはそこまで落ちぶれてねーよ」
男の死体から鎖だけ抜き取り、あとは放っておく。「こいつだけ貰ってくぜ」
「じゃあなんで助けたんだ」
まだ不満だと言わんばかりの態度でカイが尋ねる。「あ゙?」とヴィッテが一声上げ、ほんの少し考えて答える。
「そこの獣みたいな野郎と同じ理由だ。多分」
ヴィッテは去り、また壁にもたれかかった。
「カムイと同じ理由って……」
それって自分が強いって言ってるようなものじゃないか! ここには自画自賛するやつしかいないのか?
ため息をひとつ吐いてカイは頭を掻いた。とりあえずこれで終わったんだな。これでまたバッヂ集めに集中できて……
「あっ……サクラ」
「サクラ? 誰だそりゃ。お前の恋人か」
「なわけ……でも探さなきゃいけないからな、お前とはこれで一旦さよならだ」
「なんだそうなのか……じゃあこれ持ってけ」
そう言ってカムイはバッヂを渡した。
「いらないっての」
「いーや貰ってくれなきゃ気が済まねえ。貰わないってなら力ずくで貰ってもらうぜ」
それは……面倒だな。
「それは面倒だな」
カイは諦め、バッヂを受け取った。「でもカムイは大丈夫なのか?」
「オレか? オレならすぐに五枚集められる。心配すんな。じゃあな!」
カムイは駆け出して行った。大丈夫かと心配だったが、カムイが相手をなぎ倒すところを見て安心し、サクラを探しに走り始めた。
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