第一章 二幕 3.素質は目覚める
本気を出す。普通に考えればそれはただの痩せ我慢、強がりだと思える。
だが二人は動けなかった。隙が無くなっている。ヴィッテの目は氷が温かく思えるほど冷たい。ずっと睨み合いが続く。お互いの威圧での押し合いというべきか、一歩も進まないのではなく進めない。こんなに冷や汗をかくのは初めてのことだった。
しかし黙っていても何にもならない。本当の目的を思い出せ。俺たちはメイジャー試験に合格するために来たんだ。いつまでもここで足止めを食らってるわけにも行かない。カイはゆっくりと近づいていった。足を踏み出す度に威圧が濃くなっていく。
意を決してカイはピストルを構えた。しかし照準を合わせる前にヴィッテのマシンガンが火を吹く。
「ッ……!」
弾かれたようにカイが後ろに退く。銃弾はまだ追ってくる。カイがピンチだ!そう考えたジンは、頭で戦略を組み立てる前に体が動いていた。ヴィッテの顔目掛けて蹴りを浴びせようとしたが、今度は突き出されたナイフに足止めされる。
「どうしたァ? そんなものなのかガキ共」
「本当に今までは手を抜いてたのかよ……」
息を切らしながらカイが呟く。
「カイ! 血が……!」
ジンがカイの左腕を見て言う。赤い血が衣服を透過して滲んできていた。
「大丈夫。幸いかすり傷だ」
人に言葉を返す合間、カイはヴィッテから目を離さなかった。いつ来てもおかしくない緊張感が、この決闘の挑戦者を逃さんとばかりに包み込んでいた。逃げは即ち死を意味する。なら、どう勝つべきか。ヴィッテと正面から対峙しながらカイは考えた。マシンガンにピストルにナイフ。そして手榴弾。相手は対抗手段が多いな。気を抜いていれば何かしらの攻撃は当たる。疲労につながるし、出来ることなら喰らいたくない。
カイはふと思い出した。家を出てから一度も使っていないオーラ。あれを纏えば自分の守りは固く、攻めでも大きなアドバンテージになる。しかしそれを使えば疲労も増える。だが、ここで死ねばそれこそ俺は大バカだ。
慣れてないけど、ここで使うか。俺の本気!
「ジン」
ジンが振り向いた。カイが青いオーラを体中から立ち昇らせる。「行くぞ」
「分かった」
多少驚きつつ、ジンが頷いた。カイが再びヴィッテに突撃していく。
「学習能力まで失ったのかお前はァ」
舐るような声とともに、ヴィッテがカイに向かってマシンガンの雨を降らせる。何十発と言う銃弾がカイに向かって飛んでいく。そこでカイは体を傾け、両腕で体の胸から上あたりを隠すように前に出した。腕に被害を集中させ、体への致命傷を避ける動き。だが左腕はボロボロになるだろう。お前はもうやっていけないよ。銀髪の少年。
左腕に最初の銃弾が当たる。その光景を見てヴィッテは目を見開いた。
幻覚などではない。確かに、腕で銃弾を受け止めている……だと?
カイの額に脂汗が浮かんでいる。銃弾はいくつも突っ込んでくるが、それをかろうじて両腕で受け止めている。カイはオーラを集中させている感覚を崩さなかった。気を抜けば即貫通だと、そう本能が必死に訴えかけていた。
気を抜くな! ずっと守り続けろ! 身体中のオーラを全て注ぎ込むつもりで!
守れ! 守れ守れ守れ守れ守れ守れ守れ守れ守れぇ!
「うおおおおおおーー!」
初めてカイが吠える。それを聞いたヴィッテは早急にカイを潰そうと、立ち位置を変えて撃とうとする。
しかしそれをジンが見過ごすはずがない。
今度こそスピードに乗り、左側頭部に跳び回し蹴りを見事命中させた。間髪入れずに腕に手刀を叩き込む。痺れた手は頭への衝撃も相まって、マシンガンを握っている力を失った。ガチャガチャと部品が跳ねる音を立てて落ちる。悶えるヴィッテに、カイの追撃が襲いかかった。
「そうは問屋が許さねェ!」
すぐさまピストルを取り出し、カイに向かって弾丸を放つ。近すぎてかわす余裕がない。先程のようにカイが渾身の力を込めて受けようと判断したときだった。
ジンの手が目の前に現れていた。手の前には青いガラスのようなものがついている。そんなもので守ろうというのか?カイが何か叫ぼうとしたが、それはすぐに引っ込むこととなった。銃弾はそのガラスのようなものを貫通すると思われたが、見事に弾き返した。
無傷のカイは、そのまま驚きで固まったヴィッテの顎めがけてアッパーを繰り出した。大抵はこれで潰れる。そう感じるほどの手応えだった。予測通り、ヴィッテは倒れた。
脅威が消え去ったことで、カイはようやく先ほどのことについて考える余裕ができた。ジンは手で受け止めたわけじゃない。手の中に現れた何かに守られながら受け止めたのだ。青色のガラスのような物体。だが弾丸を弾くほどの硬度。そういえば、俺もさっきオーラで弾丸受け止めたよな。咄嗟の行動とは言え、受け止められたのは流石に驚いた。とすると、ジンもオーラを使えるという訳か?
「なあジン、今のは?」
「自分や誰かを守りたいと思ったときに、ときどき出るんだ。バリアみたいでしょ」
「まあそうだな……じゃなくて、それが出ることになぜ疑問を抱かない」
「僕もいろいろ考えたんだけどさ、何も思いつかないからもう考えるのやめちゃった」
得体も何も知らないようなものを簡単に扱うのってどんな気持ちなんだろう。呆れ混じりにカイはため息をついた。俺だってオーラが何か分かってないけど、ちょっとした効果は知ってるから使ってるものの、出るかも分からないものに身を預けるのは相当な根気が必要だろうな。
ジンは、その能力を信頼してるのかも。
そこまで考えた時点で、物音が聞こえた。硬いものが転がる音だ。二人は物音がした方向を向く。
手榴弾がこちらに近づいてきていた。
「離れろ!」
カイが迫真の剣幕で怒鳴る。声の大きさにびっくりしたジンは、反射的に手榴弾から大きく距離を取った。
手榴弾が激しい閃光と轟音を放射しながら爆ぜた。爆風で二人は吹っ飛んだ。レナとサクラが急いで移動し、それぞれの身を起こしに行く。
「カイ、大丈夫?」
「ああ……あいつ、タフすぎるだろ」
レナはジンの元に着いてまず驚いた。ジンが緑色の球体の中に入っていた。ジンの傷はみるみるうちに治っていく。口を開けてその場に立ち尽くすレナの横で、ジンは全回復した。
「心配するな。レナは巻き込まれないようにして」
「嫌だ。私も助けになりたい」
「駄目だ! レナは殺される。お願いだ、離れていてくれ」
「……私が弱いって言うの?」
突然の言葉にジンはドキッとした。レナの顔が見たこともない顔になっている。怒っているとも、悲しんでいるとも取れる表情。
「私が居ると、戦いのお荷物になっちゃうの? 私はみんなの邪魔者なの?」
「違うんだ。傷ついてほしくないんだよ」
「傷ついてもいい覚悟があるから、私は今ここに居るの」
よく見るとレナはうっすら泣いていた。「本当は怖い。列車の時点で怖かった。でもジンはそれをものともしない。ジンはとても強い! 私ももっと強くなりたい! その覚悟があるから、私は今ここに居るの」
レナが真剣な眼差しで言う「お荷物にはならない。私も一緒に戦う」
ジンは何も言えなくなった。そこにカイとサクラがやって来る。
「どうした! まだ行かないのか!」
カイが呼びかけると、ジンは意識を取り戻した。
「ああ、うん」
ジンがうなずく「行くよ。レナも」
少しばかり認められた気がして、レナの顔が赤くなった。
「……何照れてるんだ?」
「いや別に」
レナはそっぽを向いたが、すぐにその顔を正面に戻す必要があった。
ヴィッテが向かってきていた。両手には爆弾を持っている。
「小僧、さっきのはよく効いたよ」
「もう一度お見舞いしようか」
カイは余裕ぶって煽ったが、もう間合いを詰められる気は無かった。同じ戦法がまた通じるとは考えにくい。あの一撃で仕留めきれなかった。今度はこちらが防戦一方の番か。ヴィッテが手榴弾の安全ピンを外す。四人の表情が強張り、レナが構えた。
「もうお前らのターンはないぜ」
「その通りだ。君たちの出番は終わり」
突然声がした。そして目の前に人影が現れる。
「ここからは、僕が相手してやる」
ルギオが立ちはだかった。
「私もいるけどね」
横からサラが出て来る。拍子抜けしたレナが迫真の表情で訴える。
「サ、サラさんは駄目です。危険すぎます」
「私の心配してくれるの? 大丈夫、ルギオに鍛えられてるから」
サクラの心配を、サラは軽く受け流す。
「そんで?何しにきたんだ?」
「決まってるじゃないか。この二人の手助けだよ」
ルギオが超然とした態度で言い放つ。
「手助けね〜……」
ヴィッテが大きく振りかぶった。「ガキが増えたところで、特になにも変わりはないがな!」
ヴィッテが勢いよく手榴弾を投げつける。まっすぐ向かってくる手榴弾を、ルギオはそれをいとも簡単にキャッチした。
「返すぜ」
そう言ってヴィッテの元に放り投げる。ヴィッテは顔色ひとつ変えずに手榴弾を撃ち抜き、空中で爆発させた。
「やるな」
ヴィッテが薄く笑みを浮かべた。
「だてに経験者名乗ってないんで」
ルギオは軽く笑う。
そのとき、後ろから石が飛んできた。ヴィッテが素早く気づき、横に移動してかわす。
そこに第二撃が後頭部に命中した。もともと一撃目が避けられることを前提にした攻撃か。ヴィッテが石が飛んできた方向を向く。サラが視線に気づき、あっという間に人混みの中に隠れた。
「くそっ……」
追いかけようとしたヴィッテの前にルギオが現れる。
「おいおい、忘れんなよ」
声を上げる間もなく、ヴィッテの左頬に拳がめり込んだ。そのままヴィッテはぶっ飛び、何回転もして地面に倒れた。そしてピクリとも動かなくなった。
「す」
ジンが震える「すごい!」
カイは目をまん丸にしたまま固まっていた。とんでもない威力の打撃。やっぱり経験者は伊達じゃなかった。
「これで一件落着」
ルギオが息を吐きながら言った。そしてジンたちの方を向いて歩き始める。
「そうかい?」
背後から声がした。「まだ終わってない」
「……かなりタフだね」
ルギオが困り果てた表情で言う。ヴィッテはいやらしく笑っている。「上を見てみろよ」
上? ルギオは怪訝に思い、上を見た途端に戦慄した。
真上の天井に、びっしりと爆弾がついていた。おそらく殴られたときに付けたものだ。あの体制で付けられるとは、なんて奴だ。
「お前も俺も、これでサヨナラだ」
ヴィッテがスイッチを押した。直後に天井で爆発が起き、天井が崩れ落ちた。分厚いコンクリートの破片が落下してくる。さらに崩壊は連鎖し、かなりの範囲の天井が崩れた。流石に逃げ切れない。まだジンやカイたちだって逃げていない、いや、逃げ切れない。ルギオはジンたちのもとへ向かった。
「できる限り君たちを守る」
と、ルギオはコンクリの破片を迎え撃った。迫りくるミサイルを迎撃する軍人のように、緊張と覚悟がルギオの身体から発散される。
ジンが上に手を挙げる。
「ルギオさん、僕も手伝います!」
「何を言っているんだ。そんなの無理だ――」
ジンの手から、カイを守った時のような青いガラスのような物体が現れ、薄く、素早く広がった。
隔壁にコンクリが次々と落下してくる。段々隔壁はコンクリの重みでたわみ、ジンの額に汗が浮かんできた。
「うおおあああ!」
ジンが唸った。身体から黄色のオーラのようなものが湧き出て、ジンの髪は黒色から金色、金色から黒色へと交互に入れ替わる。髪が完全に金色になったとき、上空に複数の赤い球体が現れた。ルギオやカイが口を開けて見つめる。その球体から次々と同じ色の小さな弾が発射される。弾はコンクリに当たるとそれを粉々に破壊し、隔壁上にあったコンクリを全て消し去った。
一連の事態の収束を見て、ジンは隔壁を消す、同時に髪の色は戻り、赤い球体も消えた。ふらつき、倒れそうになったところを急いでレナが支えた。ルギオは信じられないと言わんばかりの表情でジンを見ている。
「ジン……今のは、一体」
「……分かりません」
酸素を貪る合間にジンが答える。「あの青いバリアは、誰かを守りたいときに、よく出るんですけど……赤い球は初めて……」
「……すごいな」
ルギオはかける言葉を見失った。まだ素人だと思っていた人が、高度な術を使えると知った直後に言葉をかけられる方がすごいだろう。
「助けてくれてありがとうな」
ルギオはジンにお礼を言った。
「ルギオさん、あの人を」
そうだ、ヴィッテ。ルギオは目的を思い出した。ヴィッテの方を見ると、彼は拳を地面に打ちつけ、「くそっ」と何度も嘆いていた。
「なあヴィッテ」
ルギオが話しかける「メイジャー試験だから許されたけど、本当だったら君はもう死刑に等しい。でもここで殺す訳にはいかないんだ」
ヴィッテは言いたいことを察した。「いや、お断りだな。そうなったらオレは死んだも同然だ」
「そうか」
ルギオは一言残し、背を向けた。
「……おい」
ヴィッテはルギオを呼び止めた「そんなんでいいのか? オレを捕まえなくていいのか?」
「僕にはそんな権利ないよ。後は君の自由だ」
「……最後まで狂った小僧共だ」
ヴィッテは笑った。諦めたかのような、無理やり笑ったかのような表情だった。「次会うときは覚えてろよ。今回は退がるが、次は殺す」
「おう」
ルギオは軽く返事した「待ってるよ」
ヴィッテは笑ったまま、ルギオに背を向けて去った。近くの受験者がその恐れ多さに道を開ける。ヴィッテは近くの壁に寄りかかった。
ルギオは五人の所に戻った。
「これで、一件落着だね」
心なしかルギオの顔には、疲れが滲み出ていた。
「ルギオさんも、ジンも大丈夫か?」
「うん。まだ疲れ残ってるけど」
ジンも顔色は良いとは言えなかった。しばらく辺りは静寂に包まれた。
「……試験中ですよ」
コタローが口を開いた。「残り一時間五十分です」
受験者は我に返った。本当の目的は、バッヂを集めること。すぐに各地で乱闘が始まった。
「さて、僕たちも集めなきゃね」
「はい!」
ルギオとサラは単独で、カイとサクラ、ジンとレナに別れて、五人は散らばった。
※
「おい」
ヴィッテの近くを通ったとき、カイは呼び止められた。
「……なんですか」
「そうムカムカするな。悪かった」
大嫌いオーラを発散しているカイに謝りながらも、ヴィッテは言葉を続ける。「聞きたいことがあるんだ」
「なんですか。くだらないことだったら殺しますよ」
「おっと、こわいこわぁーい」
「マジで殺すぞてめえ」
まるで反抗期の幼稚園児をなだめるように対応され、カイは苛立ちを隠せなかったが、すぐに冷静を取り戻そうと会話を続ける。「それで、なんです? 聞きたいことって」
「……お前ら途中から、バカみてえに固くなったろ」
「固く……?」
「皮膚で弾丸受け止めたりとかよ。そのカラクリはなんだ?」
「それか……いや、地肌で受け止めたわけじゃない」
完全に丸くなり、ただ疑問を呈するヴィッテには何を言ってもいいかと思い、カイは答え始めた「オーラ纏ってただろ」
「オーラ? なんだそれ」
そうだった。オーラは俺とサクラがつけた名前。こいつに通じなかったのも頷ける。
「えっと……これですよ」
実演、と言うのは少し癪だったが、カイが全身から青いオーラを立ち昇らせる。「この、全身から出てる青い煙のような……なんというか」
「青い……煙」
まあ、これで分かるだろ。
「……お前何言ってんだ? 青い煙なんて出てないじゃないか」
「……は?」
カイが目を丸くする。「いや、見えるでしょ」
そう言ってオーラを纏った腕を近づけるも、ヴィッテは首を振った。「いいや、お前には何が見えてんだ?」
「……そんなことが」
カイが絶句した。誰もが見えていると思っていたオーラ。まさか見えない奴がいたとは思わなかった。揺らぎも何も見えないなんて。でも、ジンには見えていた……よな? あの驚いた表情から察するに、見えていたはずだ。ヴィッテは、オーラが視えない特別な人間なのか……もしくは、オーラが視えて使える俺が特別なのか。
俺が使っているオーラは、案外単純ではなさそうだ。
「いや……そうか。うん」
いろいろ問い詰めたい気持ちはあったが、俺はそれよりもやるべきことがある。「それで終わりか? なら失礼するよ」
「いや、もうひとつある」
ヴィッテがカイの目をしっかりと見て聞く。「お前はそれでいいのか?」
「……何がですか」
「焦ってるだろ。あの黒髪の奴の実力が凄すぎて」
不意をつかれたような気分になり、カイはさらに不機嫌を増す。
「心がざわついてる。図星だね」
「いえ、俺は焦ってません」
「自覚に至ってないだけだ。外面上は平静を取り繕っても、内側はちゃんと焦燥にかられてる。滲み出てるんだ、すぐに分かる」
「何が言いたい?」
カイの口調は厳しくなる。ヴィッテが何かを放り投げた。カイがヴィッテを見ながら片手でキャッチする。渡されたものはバッヂだった。
「焦るのはいいが嫉妬はするなよ。コンビを組む上で最も重要なのは信頼だからな」
そう言ってヴィッテは「あっちいけ」と手を振った。カイは無言でその場を去った。
そして再びサクラがどこかに行ったことに気づく。またか、と頭を掻き、カイは進み出した。
悠長なことはしていられなかった。
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