第一章 二幕 2.1on1
カイは急ぎながらも、コルベートから目を逸さなかった。俺が戦線を離脱したことから、コルベートは既に自分が狙われていることに気づいているはずだ。当然場所を変えて狙撃を再開するだろう。その被害を最小限にし、先にコルベートを無力化させなければ、ジンの負担が大きくなるだけだ。
視界には、未だ狙撃を続けるコルベートの姿が映っていた。しかし荷物が妙に整えられており、いつでも離脱できるよう体制を整えていることが容易に想像できる。ジンは大丈夫だろうか、あいつの身体能力なら心配いらないか。だから、慎重に素早く。
カイはその辺にいた人からピストルを奪い取る。何か喚き立てる声が聞こえたが気にもしない。距離は離れているが、少しの妨害には十分だ。カイはなるべくコルベートの周辺に照準を合わせ、数発撃った。
コルベートは逃げる用意をして、出来る限り援護射撃を続ける魂胆だったが、どこからか銃弾が飛んできたことによってその考えを改めた。
姿勢を低くして撃ってくる張本人を探す。他の人に比べて速く、一直線に動いていることからすぐに見つけることができた。
銀髪少年がもうそこまで来ている。そうか、やっぱり私から先に仕留めるか。ならばすまないヴィッテ。私も私の戦いをやらせてもらうよ。
狙撃銃をカイに向ける。一呼吸置いてすぐに撃つ。偏差が合えばカイの動きの阻害に、周囲の人に当たればカイの進行の妨げに、カイ自身に当たれば何も言うことはない。とにかく時間を稼げ。私はスナイパーだ。相手を妨害し続け、そしてあわよくば一撃で仕留める。
※
コルベートからの狙撃が来なくなった。カイが妨害に成功しているのか?
初めこそジンは、コルベートの妨害によって攻めあぐねていた。しかし狙撃が止んだ今、ヴィッテを撹乱して疲弊させるのには絶好のチャンスだ。
直線的に突っ込み、わざと左に跳ぶ。戦い方からして、ヴィッテはこの瞬間を狙いに来る。だが僕はあえての行動だ。簡単に次の行動に移れる。
予測通りヴィッテの飽和射撃が襲いかかる。しかしジンは着地すると共に転がってすぐさま右に方向転換する。素早く起き上がり、回りながらヴィッテに迫る。弾薬温存でヴィッテからの銃撃が止んだ刹那、ジンはその瞬足ぶりを遺憾無く発揮して懐に潜り込んだ。ヴィッテの顔が引きつっているのが分かる。突き上げるように腹部に一発。さらに回し蹴りで吹き飛ばす。だが相手も一筋縄ではいかない。ヴィッテは飛ばされる間にジンに向かってマシンガンを撃つ。素晴らしい技術だが、精度の低下は避けられない。弾のバラつきが大きい。その間を縫って、ジンはさらに追撃を加えようとヴィッテに迫る。ヴィッテが着地したときには、ジンはまた目前まで迫っていた。
「二度も同じ手を喰らってたまるか!」
今度はピストルを取り出す。ジンが飛び退くと同時に撃ち始める。ジンはヴィッテの周りを走り、弾に当たらないようにしつつ、ヴィッテからの距離を離さなかった。ヴィッテがマガジンを換え始めたところで一気に接近する。
「同じ手は喰らわないっての。早計だったな」
ピストル二丁持ち? 脳天に照準が合ってる! 避けろ! 避けなきゃ僕は死ぬ!
ヴィッテが放つ銃弾を避けるため、倒れる勢いで大きく体を退け反らせる。銃弾が一本の髪の先端を焼いて通り過ぎる。そのままバク転でもなんでもして、倒れるのを防ぎながら後ろに退がる。しめしめとヴィッテがマシンガンに持ち換え、ジンに向かって放つ。またジンと銃弾の追いかけっこが始まり、なかなか決定打は与えられなかった。そうなるのならば、持久戦。ヴィッテの弾薬が尽きるまで撹乱してやる。
※
コルベートが俺に狙いを定めてきたのは意外だった。協力関係にあるとは言え、やはり優先すべきは自分というわけか。いいぜ、とことん乗ってやる。俺を狙っている間、ジンへの妨害はできない。妨害が無ければ、ジンがヴィッテの攻勢を受け流し続けることも可能だろう。ならば持久戦に持っていき、弾薬が底を尽きたところで一気に叩く。だからと言ってジンに全て任せるわけにもいかない。俺もコルベートをさっさと片付けて、応援に行かなければ。
カイはさらに跳んでパイプに登る。なかなかめんどくさい形状をしているが、登れなくはない。上手くパイプを弾除けにして速やかに登る。登り終えてすぐさまコルベートがいた方向を見る。最後の最後まで狙撃銃を構えていた。一発こちらに向かって撃ってくる。顔を傾けて難なく避けたが、コルベートは既に走り出していた。
「逃すか」
カイも走り出す。荷物の都合上、カイの方が圧倒的に速い。苦労しなくとも追いつけそうだ。
そのとき、コルベートがピストルを取り出して構える。近接戦用にしっかり持っていやがったか。だがこちらも飛び道具はあるぞ。カイは速度を緩め、ピストルを構える。
お互いが退きつ追いつつ銃を構え合い、一触即発の状況のまま、刻々と時間のみが過ぎる。銃を三発放ち、カイが回避行動を取った一瞬の隙をついて、コルベートが一つ下のパイプに移る。逃げるためだとは思うが、上にいる俺が有利になった。チャンスを無駄にすることなく、カイはピストルを放った。
「っ……!」
どうやら一発が足に命中したようだ。コルベートが危機感を持ち始め、足早に去ろうとする。判断が早いのはいいことだ。だがそれによって周りが見えなくなるのはまだ未熟と言ったところだ……俺も実践経験がそこまである訳ではないが。
カイは速度をつけて飛び降り、コルベートに迫る。寸前で気づかれたが、最早銃を構える暇すら与えない。その勢いで銃を鈍器代わりに殴りかかる。ガードはされたが骨は折れたであろう。固い物が砕ける音とともに悶える声が漏れ、冷や汗が浮かぶのが見える。
「もう諦めたらどうだ」
「うるさいね……黙ってな!」
折れてない方の手でピストルを構えられる。だが至近距離では俺の体術の方が疾い!
撃たれる前に腰を低くする。やや遅れて照準が修正されるが、そのときには上に跳び上がり、回転蹴りを側頭部に打ち込むところだった。
「……なに?」
足ががっちり掴まれている。あの状況から次の動作を修正できるとは。
「悪いね。経験が本能に呼びかけたんだ」
足を引っ張られる。強制的にコルベートのもとに引き寄せられ、次の攻撃を回避できないのはほぼ確定だ。戦いの経験が数段違うのか。身体能力で勝っても、経験を積まないとどうしても得られないものがある。
だが、俺も経験が皆無なわけではない。
コルベートは狙撃手。これまでの戦闘では銃しか使っていない。先程の至近距離でも、だ。これらから推測するに、コルベートのフィジカルはそこまで強くない上、銃を使った方が強いということになる。いや、腕を折られているからか。脚術は威力があるかもしれない。流石にこんな一方的な状況でわざわざ銃を使うとは考えにくい。だったら警戒すべきは……
「お返ししてやるよ!」
コルベートがカイの腹に膝蹴りをめり込ませる。表情が歪み、苦しむ声がほんの少し聞こえた。激痛と気持ち悪さで当分は悶え苦しむだろう。現にこの少年は起き上がることなく地面に転がった。こうなればアタシの勝ちだ。
「体術に不安があるとでも思った?アタシは元アマチュアのレスラーだよ。体はもちろん、体術だって鍛えてある……まあ、今のアンタが聴く余裕もないか」
コルベートはピストルの撃鉄を起こし、倒れたカイの脳天に照準を合わせる。「バイバイ少年」
引き金がまさに引かれようとした刹那。カイが跳ね起きる。当然ここから撃つのをやめられるはずもなく、無情にも放たれた銃弾は地面に刺さった。カイは姿勢を低くしてコルベートに迫り、腹に渾身の一撃を加えた。
「ゔあ……」
カイが離れると、コルベートはすぐ地面に手をつき、いくらか吐いた。血の混じった吐瀉物がカイの前まで流れてくる。
「どうだ?俺の一撃もなかなかだろ?」
「ってめぇ!……なんでアタシの攻撃が効いてない!」
吐いている合間にかろうじて訴える。カイは左手をぶらぶらしてみせた。
「ガードしたんだよ。俺も次の攻撃を読むことはまあまあね」
「クソが……!」
吐くものも吐き終え、顔を上げたコルベートの目には、もう屈辱と憤怒しか映っていなかった。
「まだやるなら、俺は本気でお前を殺す」
「やってみろよ。アタシはメイジャー試験を何度も掻い潜ってきたんだ。簡単に死にはしないし、死ぬのなら道連れだ」
よろめきながらコルベートが銃を撃つ。だが照準すらまともに合わず、カイの右頬を掠めるどころか明後日の方向に飛んでいった。
もう、戦う意思があれど実行できる力は残っていない。ならば。
カイは大きく振り回されたコルベートの腕を避け、背後に回り込む。
「おやすみ」
カイはうなじめがけてピストルを振り落とす。コルベートの目が揺れた。その後ぐるりと回り、気を失ったコルベートは倒れた。カイはコルベートを引きずり、壁まで持っていった。座らせたところで、カイは大きく息を吐いた。表情は酷く疲れ、安堵の雰囲気も漂わせている。
人を殺すことがなくて良かった。殺す感覚が無いわけではない。だが……あんな殺しは二度としたくはない。
『こ……ろしてくれ……たのむ……』
血を滴らせながら這いずる気配がした。辺りにそんな奴はいない。フラッシュバック……頭が痛くなる。
――もうたくさんだ――
どっと疲れが溜まる。座って休もうとしたカイは、すぐにここが戦場であることを再認識する。そしてジン。コルベートを無力化した今、ジンの援護に向かわなければ。
※
ヴィッテが再びマシンガンを撃つ。ぜっんぜん弾が尽きる気配がない。めちゃくちゃに弾を持っているのか。どうりで重武装なのか。
高く跳んで弾道からそれ、落下でヴィッテに迫る。当然ヴィッテは後ろに下がる。だが全然想定内だ。
着地と同時に瞬足で一気に距離を詰める。苦い顔をしたヴィッテがさらに退がり、マシンガンを向ける。撃たせないとばかりにさらにジンが詰める。さっきから一切の狙撃がない。カイはコルベートを倒したのかもしれない。カイを信じて、このまま時間を稼いでいよう。
でもやっぱり何もできないのはなんか気に食わない。ヴィッテに何かしてやろうと言う感情が不意に込み上げ、ジンは距離を取った。そのまま付近の群衆に紛れてしまう。
なんだ急に? いまさら尻尾巻いて逃げたとは考えにくいな。だったらさっきの仲間を呼びに?いやそれもありえない。
額にふと痛みが走る。直後に足元で固いものが転がる音が聞こえ、ヴィッテは反射的に顔を下に向ける。小石だった。今、小石を投げられたようだ。
そこまで考え、ヴィッテは自身の行動の愚かさを痛感した。いまさら振り向いても遅い。誰かが背後に付いた。きっと黒髪少年だ。石を投げ、注意を逸らし、その隙にオレの背後から急襲する――
思考をぷつりと切られ、ヴィッテは頭部に大きな衝撃を受ける。ジンが側頭部に蹴りを入れた。ヴィッテは地面にへたり込むも、すぐに体制を整える。
「うん、うん。いい策だったな」
不利な状況にも関わらず、ヴィッテは先程より邪悪な笑みを浮かべていた。まるで自分が有利かのような佇まい。流石にジンも不審に思い始める。
「……なんで笑っているんだ?」
「ッヒヒヒ、すぐに分かるさ」
分かる? 分かるって? ジンは警戒しながらヴィッテに近づく。
足に何かが当たり、金属が転がる音がする。空き缶にしては重たい音がするなと思い、下を見る。
細長い球状の物体。ボコボコとした表面。ああ、まずい。動け! 動け! 死ぬ! はやく!
それが何なのか。気づけど既に反射神経だけでは防ぎようがない。巻き込まれる。足が震えるわけでもない。ただ動かなかった。
何者かに突き飛ばされる。そのまま地面に激突し、覆い被さってくる。直後閃光と共に轟音が鳴った。手榴弾が爆発したのだ。
「……チッ」
眺めていたヴィッテが舌打ちをする。「そうか。コルベートはやられたか」
「ああ、気絶させといたよ」
覆い被さっていたカイがよっこらせと立ち上がった。「これでかなりこちらが有利だろ?」
「へえ〜……有利ね〜……」
平然を装うヴィッテだが、こめかみに青筋が浮かぶのを隠すことはできなかった。
「そうだなァ、ガキ相手だからって手を抜いていたがァ、お前らただのガキじゃねえなァ」
ヴィッテが蛇のような目つきで二人を見た。
「いいだろう。二人とも本気で殺してやるよ」
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