第一章 二幕 1.ジェノサイドブロッカー
花火が綺麗に咲く直下で血生臭い乱闘が起こったのは、すぐのことだった。突然すぎて脳の対応が追いつかない。
「よし! 頑張れよ!」
それだけ言い残して、ルギオは乱闘の渦に消えた。サラもどこかに走っていってしまった。
「え! ちょ! 後は私たちでなんとかしろって?」
残った四人があたふたしていると、そこに男が襲い掛かってきた。
「悪く思うなよ!」
と言ってレナを狙う。まずいと思い、カイとジンはレナのもとに駆けつけようとしたときだった。
「来ないでっ!」
と平手一閃。男は空中で一回転し、その場に倒れ込んだ。
「そういえば、レナって熊に遭ったとき、ビンタして逃げてたもんな」
ジンが思い出したかのように言った。
「嘘だろ?」
信じられないと言わんばかりに、カイはジンを睨む。
レナは今の状況に気づき、そそくさと男の胸からバッヂを取った。それがレナに自信をもたらしたようで、
「私案外行けるかも!」
と、満面の笑顔で言う。
「その調子で行こう」
ジンもまた笑顔で答えた。
そういえばサクラはどこ行ったんだ。カイは辺りを見渡す。いつの間にか、サクラの姿はどこにも無かった。
あいつ、一人で行動しやがって。危ないだろ。カイが憤りを感じながら探しに行こうとしたときだった。
耳をつんざくような銃撃音と共に、数多の人間による断末魔の悲鳴が聞こえた。ヴィッテが二丁のマシンガンを取り出し、周囲の人々を手当たり次第に撃ち始めたのだ。突然の出来事に、ジンとレナは本能的に後ずさった。
カイはいよいよまずいと焦り始め、サクラを探し始めた。なるべく銃の標的にならないルートを取りながらも、ヴィッテの方向を見る。覚悟をしながらも、そこにサクラが巻き込まれていないよう願っていた。
なかなか見つからず、立ち止まっていたとき、視界の端に、うずくまるサクラの姿が映った。壁に寄りかかっているようにも見える。カイは急いで向かった。
「おい、大丈夫か?」
サクラは震えていた。サクラが近くを通ったとき、ヴィッテの殺戮ショーが始まった。あちこちで上がる悲鳴、威圧感のある銃撃音、噴き上がる鮮血、崩れ落ちる身体、
犯人の楽しそうな目。
一瞬だけ、ヴィッテと目が合った。あのときの記憶が蘇る。目の前で起きた惨殺、トラウマがサクラに襲いかかり、たちまちサクラの心は砕かれた。またあの悪夢が襲いかかる。いやだ。死にたくない。
「おいサクラ!」
怒鳴られて、おそるおそるサクラは振り向く。カイが鬼気迫った表情でサクラを覗き込んでいた。奥ではジンとレナが心配そうに見守っている。
「早く離れるぞ」
カイが手を差し伸べる。「安心しろ。今回は一人じゃない」
そうだよ。サクラの思考は突然に引き戻される。今はカイがいる。ジンやレナもいる。前みたいなことには絶対ならない。
「うん」
四人はすぐその場から離れた。
※
不意打ちであのコタローってヤツに何発かぶち込むつもりだった。なのにあの野郎、オレが銃を取り出した瞬間に消えやがった……!
こんな屈辱、晴らさないと気が済まねえ!
ヴィッテは二丁のマシンガンで周囲の人を蹴散らしていった。今はバッヂも試験も関係ない。ただただこの屈辱を発散したかった。
いつから躊躇いもなく人を殺すようになった。いつから人を殺すことがストレスの発散方法になっただろう。撃ちながらヴィッテは、自分にとっては珍しいことを考えていた。過去なんて既に捨てた。どうでもいいことなのに、なぜ今それを考える。
今日が命日とでも言いたいのか。オレの頭は。
マガジンが空っぽになるまで撃ち。ヴィッテはようやく落ち着きを取り戻した。空撃ちの音が冷静にさせたのか、辺りの血と骸が心を落ち着かせたのか。どちらにせよ、麻薬みたいだな。ヴィッテはバッヂを拾い集める。
同時に、ヴィッテにこのうえない優越感が湧いた。受験者を軽々と倒し、バッヂは五枚どころじゃない。まだ周りに落ちている。コタロー、お前なんかに頼らなくても、オレは合格できるんだよ!オレは、最強の『悪魔』なんだからな!
もっと! もっとこの感覚が欲しい!
今まで味わったことのない優越感が、ヴィッテの狂気を加速させた。素早くマガジンを取り替え、また撃ち始めた。
「てめえらなんざ、足元にも及ばねーんだわ!」
ヴィッテは笑った。狂気と優越に歪んだ笑顔で。あまりの惨状に、レナが目を背けた。
「っ酷い……」
その横で、カイの心には怒りが湧いていた。
「許せない……」
カイがつぶやく。何に許せないのか、許せないことが多すぎて分からないが、決して許せない。
「カイも許せないか」
横から声がした。ジンがカイの目をまっすぐ見据えていた。「僕も許せない。あんなに人を傷つけて喜ぶあいつが、許せない!」
珍しく怒りを露わにしている。とレナは思った。実は列車の中で、ジンもレナも、ルギオからカイたちに起きた出来事を聞いた。その上で怒りが湧かない方がおかしいのかもしれない。
「レナは、危ないから来ないで」
自分よりもこっちの危険を心配してくれる。レナは嬉しくもあったが、同時に切なくもなった。でも考えれば、サクラを守っておく存在が必要だった。なら私のやることは一つだけ。
「任せて」
少しでも、私は二人の負担を軽くしなくては。「その間は、私がサクラを守ってるから」
「行こう」
ジンが言った。「あいつを倒すんだ」
「正気か?」
カイが声を荒げる。「相手は銃を持ってる。しかも使い方にかなり慣れている。多分殺し屋だぞ。どうあがいたって蜂の巣にされて終わりだ。」
「殴りかかればいい」
ジンは、カイの意見を脳筋理論で一蹴した。「銃と言えど、接近戦に持ち込めば勝機はある。不意打ちできればなおさらだ」
「でも、いつかかるつもりだ」
カイが問いただす。ジンは目で何かを訴えかけていた。しばらくして、カイには、ジンが『今だろ』と言っているようにしか思えなかった。それは流石に……と思いながらヴィッテの方を見る。よく見ればヴィッテは我を忘れて打ち続けている。殺し屋としての警戒心は一切ない。今のあいつはただの殺人狂だ。それならば、十分過ぎるほどチャンスはある。
「……確かにな」
完全に覚悟ができたようだった。「じゃあ、行くぞ」
二人はヴィッテ向かって走り出した。
※
ヴィッテは未だ撃ち続けていた。両脇にはいくつかの空になったマガジンが転がっている。でももっと欲しい。ようやく乗ってきた。このまま満足するまで……
「今だ」
突然、背後に二つの影が現れた。ヴィッテが顔だけ振り向く。
「なっ……?」
ジンとカイだった。ヴィッテが声を出した直後、カイは両手を組んでヴィッテの後頭部を殴り、ジンが背を蹴る。ヴィッテはそのままうつ伏せに倒れた。その隙に二人が銃を奪い、ヴィッテに向けた。
倒れたヴィッテはなかなか動かない。もしかして、もう戦闘不能になったのか?ジンが近づこうとしたのを、カイは腕を広げて制す。
「ジンは周囲に気をつけて」
そう言ってカイがゆっくり進む。ヴィッテはピクリとも動かず、見ている群衆も手を出す気配がない。手を出せないと言った方が正しいだろうか。ジンの警戒もあるが、それ以上にカイの胆が凄まじいのだ。一歩たりとも誰も近づくな。近づけば撃ち殺すと、直接心に、冷たく告げている。
カイはしゃがみ、ヴィッテの身体に手を触れる。脈はあるが、全く動かない。まさか、本当に気絶したというのか?疑問に思ったあまり、カイが警戒をほんの少しだけ、緩めたその隙だった。
ヴィッテの腕がカイの腕めがけて伸び、がっちり捕まえる。
「しまっ……」
「よく効いたぜ。小僧!」
ヴィッテがカイを勢いよく引き寄せ、首にラリアットを決める。反動でカイは弾かれたように回転し、頭を強打する。カイは大きく咳き込みながら、強烈な頭の痛みに転げまわった。
「……カイ!」
慌てて飛び出したジン。しかしそれゆえに、周囲への警戒を怠った。
一発銃声が鳴り、ジンが慌てて足を止める。目前を弾丸が通り過ぎた。
「あら、いい反応をするじゃないか」
今度はジンがヴィッテを警戒しながら、声がした方向を向く。迷彩服に、三つ編みにした赤い髪、そして口に加えたタバコ。さっきルギオに説明された、コルベートと言う女だった。
「そんな……どうして」
ここで、苦しむカイを眺めていたヴィッテが立ち上がった。「せっかく調子良かったんだがな……邪魔されちゃあしょうがねえ。お前らで遊ぶとしよう」
ヴィッテがカイのそばに落ちているマシンガンを手に取った。その瞬間にジンが飛び出し、カイを持ち上げて再びヴィッテと距離を取る。圧倒的な早業に、ヴィッテはいつの間にか銃を拾う手を止めていた。
「コルベート、今のは」
「無理だったね。速すぎる」
「だろうな」
その会話を聞き、すかさずジンがヴィッテに迫る。ヴィッテは素早く拳銃を取り出し、ジンに向かって一発撃った。寸前で気づいたジンが避けたが、右頬に一筋の擦り傷ができた。死の寸前に立ち会ったからか、速すぎると言われたのに、それをいとも簡単に捕捉されたからなのか、言葉ひとつも出ない。
「カイ、立てる?」
ジンが地べたのカイに呼びかける。
「ずっとぶっ倒れてたからな。だいぶ良くなった」
と、カイが立ち上がって構える。震えもふらつきも一切ない。「全く……なんでお前らが手を組んでるんだ」
「ほぉ。あの攻撃を喰らって全くダメージが残らないで喋れるとは……いいだろう、ご褒美に教えてやる」
ヴィッテがマシンガンをクルクルさせながら話す。「まあ、同業者で集まった労働組合のようなもんで、それぞれが合格できるように協力しあってるだけだ。最近できたから知らなかったか?」
ヴィッテがマシンガンを右手に、ナイフを左手に、それぞれ持つ。群衆の中にいたコルベートがいつの間にか行方をくらましている。きっとどこからか狙っているのだろう。
「現状二対二、大人対子供、殺し屋対ただの子供……君たちに勝てる要素があれば、ぜひ教えていただきたいものだ」
「勝てる要素か……全然、あるな」
カイがヴィッテを煽る。「俺たちは普通の子供じゃないこと。そしてお前の油断と慢心が敗因だな」
「その大口、叩いたことを後悔するなよ?」
口調からはなかなか分かりづらいが、ヴィッテは明らかに怒っていた。案外沸点が低めらしい。「絶対に風穴開けてやるよ」
「怯むなよ」
臨戦体制を取ったカイは、ジンにそう言いかける。
「怯んでない」
ジンが頬の血を手で拭く。「畳み掛けよう」
二人が一斉に飛び出す。どこからかコルベートの弾丸が飛んできたが、銃声が先に鳴ったため、進行方向を少しずらすだけで回避は容易であった。一瞬迷い、ヴィッテはカイの方に銃口を向ける。しかし照準を合わせる前に、ジンがヴィッテに辿り着いた。腹に一発もろにめり込み、ヴィッテの口から唾液が飛び出した。
その間にカイも辿り着き、今度は頬に右フックをお見舞いする。しかしヴィッテもやられっぱなしでは済まず、カイに向かってナイフを突き出す。すかさずカイが距離を取った。今度はジンに銃口を向ける。発砲音がすると同時にジンは消え、ジンがいたところには弾丸が一発、床に埋まっていた。カイは再び距離を詰め、第二撃をお見舞いする。コルベートが乱れ動く二人を捕捉し、二発銃弾を放つ。しかし動き回る標的を当てるのは至難の業であり、当然当たることはなかった。
くそ、ムカつく。この戦闘の中でヴィッテは焦り始めた。あの黒髪の小僧の速さと言ったら、なんて速いんだ。直線的に向かってくるならまだ追えるが、こうも変則的に動かれると目で追い切れない。しかもそれにやけになってると、今度は銀髪の小僧が殴りかかってくる。厄介だ。癪だけど、あれを使うか。
ヴィッテが小さめの銃を取り出す。また拳銃か?無駄だぞ。と、カイが思ったときだった。
その銃から、恐ろしく速い間隔で弾が乱射された。二人が危険を察知して急いで飛び退く。
「いいだろ?これ。コンパクトで小さい弾を超高速で撃ち出す。近接戦特化の銃だよ。お前らなんか、これと比べりゃ屁でもない」
ヴィッテがニタニタと笑いながら嘲るような目で見てくる。
「そうか?照準を合わせる前にもう一発ぶち込めばそうだぞ!」
挑発に乗り、カイが言葉の勢いのまま突進する。斜め右方向からコルベートが狙撃してくるが。それを横に跳んで避ける。
ヴィッテがこちらに銃を向けていることを知ったのは、そのすぐ後のことだった。カイの顔が一気に青ざめる。
容赦の欠片もなく弾丸の雨がカイに襲いかかる。後ろにいた人々にも被害が出て、野次馬が飛ぶように逃げ出した。その過程で乱闘を始める輩が現れ、ヴィッテと少年たちの戦いを見ているだけの状況ではなくなった。
カイは身体をよじって致命傷を回避する。たくさんの銃弾が腕や足を掠めていく。弾が小型なだけ、動きに支障をきたすことがないのが幸いだった。
「カイ、大丈夫?」
ジンがおそるおそる尋ねる。カイは腕や足を回してこう言った。
「ああ、特に問題はない」
さらにヴィッテの後ろを見て呟く。「なるほどな。あのスナイパー、結構邪魔になる」
「二手に分かれる?」
ジンが新たな戦略を進言する。
「それが最適解だな。ジン、あいつの銃弾を避けながら戦えるか?」
「やってみるよ。カイはあの女の人を?」
「ああ、俺はスナイパーをやる。ジンはそれまでヴィッテと戦っていてくれ」
「任せて」
戦略会議終了と共に二人はヴィッテを見る。
「お互い遺言は託し終わったか?」
ヴィッテは待ってましたと銃を構える。ジンとカイは一度顔を見合わせた。
「一斉に行くぞ」
「うん」
「……ゴー!」
カイの合図と共に二人は一気に走り出す。カイはヴィッテの横から回り込むよう迫る。これなら俺の方が狙いやすいし、脅威度も高く見える。さあ、撃ってこい。ヴィッテはジンを狙っているぞ。俺の動きを乱さないとヴィッテがやられるぞ?
そう考えてたらしっかり銃声が聞こえた。さっきと同じ音。コルベートだな。カイは踏ん張って急停止する。弾道を直接補足するため、万全の状態で迎える。計画通りに目前を銃弾が通り過ぎる。縦の角度が分かっただけで十分だ。この会場には狙撃ポイントとなる場所は限られている。カイは弾が飛んできたであろう方向を見渡す。狙撃ポイントを探す必要もなく、よく目を凝らせば赤い髪の女性が太いパイプに乗っているのが確認できた。
「待ってろよ」
乱闘している人たちを押し退けてカイは迅速にコルベートのもとへ向かう。ヴィッテが気づき、銃を向けたが、
「忘れないでよ」
その隙に距離を詰めたジンが妨害する。
「クソッ」
それぞれの戦いがようやく始まった。
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