9.Crazy Beginning

 メイジャー試験会場は大きな水道管の中のようだった。地下トンネルといった方がいいかもしれない。半円形の巨大な空間。壁には配管がくっついていたりする。天井の照明は明るいとはいえず、遠くの方はあまり見えなかった。


 そして何より、その会場内は多くの人で埋まっていた。筋骨隆々な人、明らかに持っていたら捕まりそうな物を持っている人、特に緊張することなく昼食を食べてははっちゃけている人。様々な人でいっぱいだったが、一つだけ確かなことがあった。


 強そうな人たちは本気だ。何をしてでも受かろうとする気でいる。そのためにどれだけ鍛錬を積んできたのだろう。俺たちで太刀打ち出来るのだろうか。カイは先行きが不安になってきた。


 そしてサクラはこの瞬間に、さっきルギオが言ったことが紛れもない真実だということを理解した。この闘気は、熊などの山の生物とは比べ物にならない。本当に全員合格は難しいのだろうか。


 しかし、ルギオに大口叩いたからには強気で行くしかない。


「行くよ」


 サクラはカイの手を取り、引っ張った。突然引っ張られてカイは戸惑ったが、サクラに後れを取るわけにはいかない。


「ああ」


 と強く返事をし、同じ速度で歩き始めた。


「いいメイジャーになれそうだ」


 と、ルギオがひとり、うなずいた。「さて、ジンたちも……」


 言葉が途切れ、ルギオは呆然とした。ジンとレナは、先程よりも人口密度が高いこともあって、めまいを起こして気絶しかけていたのだ。


「人が……多い……」


「君たち、地元から出たことないの?」


 ルギオはやれやれとばかりに苦笑した。


 ※


 永遠に続くと思われた会場にも終点があった。カイとサクラが奥に向かって進んでいると、目の前に大きな隔壁が現れた。長さは約三百メートル。半円の直径はおよそ六十メートル。よくこんな広い空間を地下に造ったなと、カイは感心した。

 引き返して二人が戻ると、ルギオたちが場所を確保していた。コンクリートでできた床の上に、ピクニックシートを敷いている。


「どっから持ってきたんですか、それ」


「ジンが持っていてな。それを使わせてもらってる」


 ルギオに招かれ、カイも腰を下ろした。



 「そういえば、君たち出身は?」


 ルギオがジンたちに尋ねた。


「ドカノ村です……って言っても分かりますか?」


「まあ分かるよ。この辺の地理情報には詳しいから」


 つーか、ダンさんの故郷だから知ってるんだけどな。と、ルギオは視線をずらして頭を掻く。


「そんでカイ――はいいや」


 ついでに出身地を聞こうとしたが、閃光の如く速度で睨まれる。ルギオは申し訳なくなって少し萎縮した。


「……あの」


 と、萎縮したルギオにカイが尋ねる「ルギオさんは経験者ですよね?他にもそういうリピーターはいるんですか?」


「ああ、居るよ。何度も何度も試験に来てる人はたくさんいるよ。みんな凄いんだけど、今ひとつ合格に届かないんだ。あ、そうだ。せっかくだからそういう人たちを紹介しておくよ」


 と、ルギオは少し離れた場所にいる大柄な男を指差す。「あの人はレイバー。レスリングのプロで頭も冴えてる。その隣にいるのがカダフ。あの人はナイフの使い手で、あいつに腕を斬られた奴は数知れず。だが去年カダフに傷を負わせた奴がいる。それが向こうにいる女性スナイパー、コルベートだ。みんな化け物みたいな強さを持ってはいるんだけどね」


「……って、それだけですか」


 カイが拍子抜けする。「もっとたくさんいるもんじゃないんですか」


「目でわかる範囲はこれくらいかな。メイジャー試験には数多くの参加者が集うが、その中で本当に強いと呼べるのは全体の二割ほど。後はただ名前だけ聞いてやって来た奴らだったりする。そんな強いと呼べる奴でも死ぬときは死に、翌年にはまた新星が飛び込んでくる。結構目まぐるしく受験者は変化しているんだよ」


「へえ……じゃ、あの人たちは生き残れる強さはあっても、合格できるほどの力量ではない……と」


「端的に言ってしまえばそうだよね。でも侮らないでよ。相性によっては遥かに強くなるからね」


「はい」


 カイが短く返事をした。


「まあそれにしても……」


 と、サクラが口を挟む。「なんというか、雰囲気が思ったより軽いですね」


「ええ⁉︎ こっこれが軽いの?」


 慌てたように聞いてくるレナに、サクラは平然として言葉を返す。


「うん。もうちょっと血の気が多いと思ってた」


「わ、私はもう圧に飲まれそうだよ……」


「……水、いる?」


「あ、ありがとう」


 震える手でジンからペットボトルを受け取る。


「……大丈夫、なのか?」


 ルギオがジンに耳打ちする。「とてもじゃないが、試験で戦っていける気がしない」


「大丈夫です。これでも僕と同じ山育ちですから、鍛えられてはいます」


 ジンが自信を持って答える。「僕も、ちゃんと守りますから」


「守るねえ……」


 仕方ない、と言わんばかりの微笑みで、ルギオはジンを見た。守ると言っているときのジンはより凛々しく見える。本当に、レナが大切なんだな。


「うーん青春だ」


 突然の発言に、一旦全員の手が止まった。カイが珍しいものでも見るかのような目をしている。


「あれ、声に漏れてたか。失敬失敬」


 ルギオは若干照れながら頭を掻いた。


「まあ……それより、一体いつ試験は始まるんですか」


「あー、今何時か分かる人いる?」


 ジンがすかさず手を挙げながら、左手につけた腕時計を見る。「ほぼ十時です」


「お、じゃあそろそろじゃないかな。例年これくらいには受験者は集結するし――」


 ルギオの説明を遮って、非常ベルのような音が響き渡った。反射的に受験者たちは音が鳴っている方向を向く。


「話をすれば、ほら」


 ルギオが音の方向に指を向ける。他の人は一斉に、その指が刺した方向を凝視する。


 入口付近の太いパイプの上に男が乗っていた。黒スーツ姿に黒縁の四角い小さめのメガネ、頭の形に沿ったような髪型、前髪は長く、目の近くまで迫っていた。腰には黒い鞘に収められた刀を持っていた。男はスマホから鳴るベルの音を止めると、こう宣言した。


「現時刻をもって、受付を終了します」


 低い声で男は続ける。「尚、説明終了後即刻試験を開始致しますので、ここで確認を取らせて頂きます。試験は大変危険です。場合によっては再起不可能な致命傷を負い、最悪の場合命を落とします。それでも続けますか?」


 動くものはいない。数秒後、男はエレベーターの電源を落とした。


「承知しました。受験者全七百十八名、全員参加ですね」 


 そう言って、男は一瞬で受験者の前に移動した。余りの疾さに、受験者がどよめく。


「申し遅れました。わたくし、今回の試験官を務めさせて頂きます、コタロー・シンエースです。以後お見知り置きを」


 その名前に、受験者は再びどよめいた。しかし今回のどよめきは先程の比ではなかった。ジンは知らないが、カイはちゃんと下調べをしている。コタロー・シンエースはメイジャーの中でも屈指の強さを持つ。そんなとんでもない人物が試験官として出てくることは極めて珍しかった。


「では、今年の試験内容を説明します。」


 どよめきを無視し、コタローが口を開く。「皆さんにお配りしたバッヂ、これを五つ集め、試験終了まで守って下さい。それが今回の試験内容です」


 ただし、と言ってコタローはポケットからもう一つのバッヂを取り出した。赤く塗られ、中央には白いインクで「0」と書かれている。


「このバッヂを取った人は、その時点で合格とします」


 カイはこの状況に合点がいった。協会もなかなかの挑戦状を送りつけるものだ。これで優秀な人材でも集めようとしているのだろう。


「肝心の制限時間を言い忘れていました。制限時間は二時間です」


 そう言って、コタローは赤いバッヂをしまった。「以上、何か質問のある方は挙手をお願いします」


 数秒の間を置き、一人が手を挙げた。


「じゃ、質問いいですか?」


 銃やその弾薬などを大量に装備した、細身の男が手を挙げる。ルギオは声で誰か理解した。レトンの裏社会で名を馳せる殺し屋のヴィッテだった。銃の達人で、残虐な性格から悪魔とも恐れられており、その赤髪は相手の血によって上塗りされたものではないかと言う噂まで立つほどだった。


「バッヂ奪うときに殺しちゃっていいの?」


「例年の試験を振り返ってみてください……逆に駄目と言うとでも?」


 その辺普通に殺していいんだな、とカイは試験の狂気さを恐れた。


「ついでに……あんたを殺してもいいのかい?」


 なんてことを聞くんだ、とほとんどの人が思ったのをカイは察知した。例年の試験において試験官が殺された例はごく稀にある。しかし殺した受験者は失格になる。しかも今回は相手の格が違う。受験者たちは心をびくつかせながらヴィッテを見守った。

 コタローが口を開く。


「殺して構いませんよ……殺せるの、なら」


 ヴィッテが売った喧嘩を、コタローはそんなもの安いと言わんばかりに、あっさりと買ってしまった。同時に闘志をたぎらせ、ヴィッテに喧嘩を売りつけた。華奢で冷静なコタローからは、あまりにも想像し難い覇気が伺えた。これにはヴィッテも身の丈に合わないと判断したらしく、


「あー……分かった。あんたは無理そうだね」


 とゆっくり手を下げた。


「では、他に居ませんね?」


 コタローが再度確認する。誰も手を挙げないことを再度確認する。


 そしてコタローが右手を目の前に出した。人差し指だけを伸ばしている。徐々に人差し指に青い炎のようなものが集まり、指から少し離れた位置に玉となって浮かび上がった。「この花火が上がったら、試験開始です」


 あれは何?――レナが目を奪われる。離れているのに青く光っていることがよく見える。メイジャーって、あんなもの使えるの?


 ジンはその花火に既視感を感じていた。あの弾と似ている。特定のときに出る、あの弾に。


 サクラは、その色が自分たちが持っているオーラの色とほぼ同じことに気づいた。私のオーラととても似てる。だが何かが違う……何が? 初めて見るオーラの可能性に好奇心が止まらない。真相を知るために、なんとしてでも勝ち残る!――


 青い玉はコタローの指から勢いよく飛び上がり、空に踊った。


 カイの思考は冷静に情報を整理し、即座に仮説へ置換する。変化するオーラ、青い玉、あの覇気……そうか!


 あれが、メイジャーが使えるとされる……魔術!


 カイが確信すると共に、花火が大きく弾けた。

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