6.暴露
ジンたちが去った後も、ルギオやカイの四人はラウンジに残り、カイとルギオが二人で話していた。
「見た感じの雰囲気が重かったから聞こうとはしなかったんだが……試験を受ける理由はなんだい?」
カイは少しうつむき、またルギオの目を見て言った。
「復讐です」
「……やっぱりな」
ルギオから若干笑顔が消えた。「それにしても、その復讐というものもただごとではなさそうだが」
「俺とサクラが十二のときに、村のみんなが惨殺されました」
カイは、頭の中で当時の記憶を回想するように語り始めた。
「その日、俺は街まで買い物に行ってました。村に戻ったのは昼をやや過ぎた頃くらいです。帰る道の地面に血が付いていて、何か嫌な予感がして急いで帰りました」
カイが一呼吸置く「そしたら、村の人たちが全員血だらけで死んでいました。親も、友達も、知り合いも、みんな刺されるか斬られるかされて殺されていました。辺りが血で赤くなっていました。俺はそのとき……恐怖と、悲しさと、絶望が入り混じって、立ち尽くしました」
カイの目には、うっすらと涙が浮かんでいた。ルギオの笑顔は完全に消え、カイの話に真剣に向き合っている。「サクラは、どうだったんだ」
「俺がその後、わずかな希望にすがって、生き残ってる人が居るか探し回りました。そしたら、サクラの家の地下室で、一人震えながらうずくまってました。小さい子供のように泣いていて……とても同い年とは思えない精神状態でした」
「……恐らく、目の前で殺戮の現場を見たのかもしれないな」
ルギオが低い声で言う。「そうだと思います」と、カイは答えた。
「突然のことで、受け入れられませんでした。でも、血や死体を見るたびにトラウマが蘇って……受け入れるしかありませんでした。耐えきれなくなって、俺たちは村を去って、別の場所で自給自足の生活を続けてきました」
「じゃあ三年間もか……辛かっただろうな」
「はい」と、カイが答え、別の席に座り、サラと話しているサクラをちらりと見た。
「サクラは、あの日以来記憶の中に不鮮明な部分が残りました。そして感情の起伏……特に、笑うことなんかは一切無くなりました。……本当は、サクラには普通に生きて欲しかった。復讐と無縁な地で、ちゃんと暮らして欲しかった。復讐なんて重いこと、俺だけが背負っててよかったのに――」
「それは君のエゴだろ?」
急にルギオが言った。真っ向から突然反論され、カイは真顔のまま目線を上げた。
「世の中では復讐は何も生まず、悲劇の連鎖しか産まないと思われがちだ。でも僕はそれきりではないと考えている。特に強い覚悟を決めた人たちにとってはな。実際に復讐をして、その後幸せに生活できるようになった例も存在する。復讐を通して何かに貢献したり、さまざまな人と交流することで心を救われる人も多いそうだ。復讐せず、いつまでもトラウマを抱えて孤独に生き続けるよりは、復讐を通して人の心を取り戻す方がマシなんじゃないかい?」
「……かなり極論ですね。どちらにせよ、デメリットは残りますよ」
「まあそうだな」と、ルギオはあっさり認めた。「別に復讐がいいと言うわけでもないし、デメリットは当然残る。僕は復讐でみんなが救われるとは思ってないし。復讐するとその当人の心が少し救われるかもしれないってだけだ」
それに、とルギオは続ける。「サクラ自身に聞いたのか? サクラは、本当に普通の暮らしを望んでいるのか?」
カイははっとした。サクラは、もう普通の幸せは失ったと言っていた。感情を失っているのだ。普通の暮らしをしろと言われても、出来ないかもしれない。俺はサクラの将来ばかりを見すぎていたかもしれない。現状も考えておくべきだった。サクラの意思を、意思の固さを、しっかり見ておくべきだった。
「ま、結局はサクラ次第だ。カイが何と言おうと、サクラの行動はサクラ自身で決めるものだ。いいね?」
「分かりました」
と、カイが返事をした。そこにサラとサクラが来る。
「部屋でテレビでも見ようと思ってるけど、来る?」
とサラが提案する。
「いや、いいよ。女子組で楽しんできて」
「分かった。じゃ、サクラとなんか見てくるよ」
サラとサクラはラウンジを後にした。ルギオに拒否されても、サラは特に気を悪くすることもない。息の合った二人なんだなとカイは印象を受けた。二人の後ろ姿を見送った後、ルギオは再びカイに向き直る。
「さて……僕らはどうする? 部屋に来るかい?」
「いえ、それよりは……」
と、カイは時計を見る。「もう少しで食堂車が開くので、夕食でも食べながら試験について話し合いましょう」
「そうだな……もうこんな時間か、そうしよう」
ルギオには笑顔が戻っていた。カイとルギオもラウンジを後にし、食堂車へと向かった。
※
食堂車に着くと、既にいくつかの席に乗客が座っていた。注文を頼んでいる人、待つ間のちょっとした会話をする人、来た食事を食べている人とそれぞれだった。その乗客の中に、ジンとレナの姿もあった。
「あ、カイ、ルギオさん」
ジンは二人を見つけ、名前を呼ぶ。ルギオがすぐに反応し、カイに知らせる。二人はジンのもとにやってきた。
「空いてるからどうぞ」
と、ジンが勧める。
「じゃ、お言葉に甘えて」
とルギオが座る。つられるように、カイもレナの隣に座った。
「レナの調子はどうだ?」
本人の目の前でルギオが聞く。
「もう大丈夫そう。今は食べ物のインパクトにかき消されかけてるし」
ジンが見る先には、圧倒的な疾さでクリームパスタを平らげるレナが映っていた。
「ジンここのパスタ美味しい! ここ本当に列車なの?」
レナの問いに、ジンはそうだよ、と穏やかに返す。かなりおてんばだな、とルギオは笑い、マナーがあまり成ってないなと、カイが少し顔をしかめた。
「サラさんとサクラさんは?」
「二人は部屋でテレビ見てる。後普通にサクラって呼んで構わない」
と、カイが言った。
「オッケー。じゃあそうする」
ジンが返事をするのと同時に、二人にメニュー表を差し出した。
「驚いた……メニューって選べるもんなんだな」
ルギオがメニューを見ながら感服する。「去年よりメニューの種類が増えてる」
「去年ってこんなんじゃなかったんですか?」
「ああ、去年はコース別のメニューしかなくてな、単品頼みとか無理だったんだ。なんか売店もできたし、やけに評判が上がったわけだ……」
感心しながらもルギオは、ハンバーグディナーセットを頼んだ。その後カイが速攻でカレーを頼んだ。
やや間を置き、ルギオのハンバーグセット、カイのカレー、ジンのオムライスがテーブルに並んだ。
「うっわー! おいしそー!」
「……何年ぶりだろうか。カレーなんて」
普段俗世から離れていた二人にとって、寝台列車のディナーは極上の食事に見えるようだ。二人とも、特にジンは目を輝かせている。
「大げさだな。さ、食べようぜ。あ、静かにな」
ルギオが笑いながら言った。ルギオの忠告通り、四人が静かにそれぞれの食事を楽しんでいると、ふとルギオがジンに尋ねた。
「聞いてなかったんだが……ジンはなぜメイジャーになりたいんだい?」
ジンが口に入れたオムライスを飲み込んでから答える。
「父さんに会うためです」
その言葉を聞いてルギオは緊張した。父親に会うためにメイジャーになるなんて、そんなの親がメイジャーになってるから以外はほとんど考えにくい。
ここで、真偽を明らかにする。
「失礼だけど、父さんの名前は?」
「父さんの名前は、ダンって言います」
ジンが即答し、ルギオの予想はバッチリ当たった。やはりあのダンさんの息子……怪物の予感しかしない……!
しかしその高揚を抑えながら、ルギオは平然を装って会話を伸ばす。
「ということは……父さんはメイジャー?」
「はい」
「そうか。なら尚更頑張らないとな」
ルギオは笑った。「そういえば、レナの方はどうなんだ? 何か理由でもあるのか?」
「いえ、レナはただ付いてきただけです」
「……は?」
ルギオは開いた口が塞がないと言う言葉を痛感した。こんな危険な試験に付いてくること自体がとても危険に思えた。
「……大丈夫です! 何かあったら僕が守ります」
ジンが決意に満ちた表情でルギオを見る。
「そうか。なら……ま、なんとかなるか」
その顔と、さっきのことも考えると十分信頼できる。ルギオは安堵した。
※
「ごちそうさまと……」
ルギオが食べ終わったのを見て、三人は席を立つ。
「それで、この後はどうします?」
カイがみんなに聞く。
「どうって……僕とレナは部屋に戻って休もうかと思ってるけど」
カイはジンの話を聞いた後、無言でルギオの方を見る。
「……後は自由時間! オッケー?」
圧に押されるように、ルギオが答える。
「それじゃあ僕たちはこれで。おやすみなさい」
「うん。おやすみ」
ジンとレナが食堂車を出ていく。カイとルギオは、二人が見えなくなるまで後ろ姿を見守っていた。
「さて……まだ話すことはあるかい?」
ルギオがカイに尋ねる。カイは数秒の間、目線を天井に移して議題を探ったが、どうも話したいことを忘れてしまったらしい。首を振り、目線を戻す。
「ありません」
「そっか。じゃ、おやすみ」
ルギオが背中を見せたので、カイも振り返って進もうとする。
「……そうだ」
ルギオがカイを呼ぶ。カイは足を止めて耳を傾けた。
「さっきも言ったが、もっとサクラを大切にしろよ」
カイはそれを聞いた後、少し頷いてからまた進み始めた。ルギオは背中を向けたまま、カイを見送った。
「疎いな」
ルギオは一言残して、サラの部屋へ向かった。
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