4.激動の予兆

 ルギオのみではなく、似てると言ったサラまでが、事の大きさに震えたのには訳がある。


 ダン・クロス――それはほとんどのメイジャーが知っているであろう存在だった。孤高のメイジャーにして数々の伝説を作り上げた人物。そのダン・クロスに似ていることは、まさしくその人が、ダンの息子であることを暗示しているようなものだった。


「……とんっでもない奴が来たものだ」


 ルギオは笑いながら額に手を当てた。「よし、その人も誘おう。相方らしき人も含めて」


「相方じゃなくて、彼女ね」


 サラがにやつきながら答える。「ならそっちも?」


「まあ、そうしようかな。ジンに対しては僕から言う。サラはその彼女さんと仲良くしてほしい」


「はいはーい。私も、あの子とは気が合いそうなんだよね」


「……本心じゃないだろうな」


 急にルギオが気味の悪いものを見るかのような表情をした。サラは笑顔で沈黙を貫いた。ルギオはサラとにらめっこをして、やがて笑いを浮かべてしまった。


「なんだ。それならそれでいいんだよ。良かった」


「分かったでしょ? それじゃ」


 と、サラは自室に戻って行った。ルギオは一人になった部屋でボソリと呟いた。


「今年は当たりかもな……」


 ※


 十七時。まだ日はあったが、地平線に近づいてきていた。カイとサクラがラウンジにやって来た。相変わらずジンとレナはラウンジにおり、二人は相変わらず景色を見ていた。そんな二人には目もくれず、カイとサクラは席に座り、試験についての話し合いを始めた。


「俺は試験についていろいろ調べた。世界最難関レベルであると同時に、世界で最も危険な試験と言われている。ペーパーテストではなく、純粋な武力、実技での試験らしい」


「そこまでは知ってる。でもどんな試験なのかは知らない」


「近年やったやつでは、単なる殴り合い大乱闘。一対一で勝った側が合格のトーナメントのようなもの。人型の機械のようなものに攻撃して、その戦術や威力で合格を決めるやつとか」


「今年の予想は?」


「……恐らく一対一。もっと数が多ければ大乱闘も十分ありえる」


「どうしてそう思える?」


「最近は受験者が増加しているらしくて、ひとりひとりをじっくりと見ていられないと思う。だから手っ取り早いのが選ばれるはずだ」


 サクラは、カイの言ったことをまとめてメモ帳に記入していった。その後もしばし会話が続き、どんな対策をするかという話題に移った。だが、そこで対立が起きた。


「とりあえず極力二人で行動しよう。その方が安全だ」


「いや」


 と、サクラが反論する。「それよりは個人行動の方がまだいい。足手まといになることもないし、何より単独行動の方がお互い自由に行動しやすい」


 カイとサクラはお互いに譲らなかった。しばらく言い合って論題が分からなくなってきたところで、二人は会話を止めた。今更のように周囲の音が耳に入ってくる。


「ジン、夜景が見えてきたよ」


「どこの夜景だろうなぁ」


 子供のような声を聞いて、カイは声の主の方向に首を向ける。自分たちと変わらない年代で、親は一緒ではない。見たところ、俺たちと同じような環境で育った体つきと身なり。

 恐らく、あの二人も試験に行く予定だ。

 次の瞬間、カイはある選択を脳内で迫られた。


 ここでライバルを消しておくか、消さないでおくか。


 はっきり言って試験前にライバルを消すのは外道だ。カイはそれを理解している。だが、メイジャー試験というものは、毎回多数の死者が出たり、犯罪人でも合格できるようなもので、それこそが外道であるとも言える。外道に挑戦するのなら、ここで外道を通ってもいいのではないのか。だが向こうも同じ年頃だ。それはかわいそうだ。

 復讐のためならなんでもやる執念と、心に残っている正義感の間でカイは揺らいでいた。しかし、そんな揺らぎは、次の瞬間に消えることとなる。


「へえ、かなり筋が通っている予測じゃないか。よく調べたね」


 いつの間にか目の前に緑髪の青年が立っていた。その青年は、テーブルに置いてあるサクラのメモ帳をのぞきこんでいる。カイは一気に思考が冷え、唖然とした表情でその青年を見る。


「えっと……どなたですか?」


 サクラが戸惑いながら尋ねる。


「ちょっとルギオ。行くなら言ってよ」


 遅れて薄い金髪の、同じ年頃の女性が、ルギオと呼んだその青年のもとにやってきた。髪は若干濡れており、ちょうど彼女の肩甲骨あたりまで伸びていた。


「ちょっと長風呂しちゃったからって置いていって」


「ごめんよ。チャンスを逃したくはないからね」


 と、ルギオは彼女をなだめ、カイ達に向き直った。


「どなたかっていう質問だったね。僕はルギオ・ライト。で、こっちが……」


「サラ・ビアンテ。よろしく」


 サラがサクラに手を差し伸べた。恐る恐るサクラが握手をした。サラの笑顔がより一層輝かしくなった。


「ところで、君たちの名前はなんだい?」


 まくし立てるように話を進めるナリタに、カイは圧倒されて自己紹介をした。


「えっと……カイ・シンパスって言います」


「サクラ・コリンです」


 サクラは先に二人の名前を知ったからなのか、握手をして緊張がほぐれたのか知らないが、なぜか平常心に戻っていた。


「さて、早速本題に入りたいんだけど……君たちは、メイジャー試験の受験者だね」


 メモ帳を開きっぱなしにしていたので分かるのも当然だ。カイは首を縦に振った。


「一緒に行動しないか?」


 それはカイにとってあまりにも想定外の提案だった。さっきまで、メイジャー試験は自己中心的に行かないと落ちるようなものだと、カイは思い込んでいたが、実際はこういった協力があってもいいのかの度肝を抜かれた。

 だからって、カイは警戒を怠ったりはしない。急に接触してきて協力の依頼。こんなに美味しい話は怪しい。簡単に乗るわけにはいかない。


「そうしようと思った理由は?」


 カイが尋ねる。


「単純なことさ。ま、こうやってみんなで行動すれば合格の可能性が上がると思っただけだよ」


 ルギオは話を続ける。「言っておくが、サラは試験は初めてだ。そして僕は、試験は二度目だ。一度試験を経験した身で語らせてもらうが、この試験は仲間が居れば受かりやすい。コンビやチームで合格した人たちを、僕はたくさん見てきた。その経験から、今回は協力していこうと思ったのさ」


 経験者は語る。その言葉通り、ルギオの話には妙に説得力があった。そして聞いた感じ、嘘偽りは無さそうだった。経験者と共に挑むということは、試験を有利に進めていく上でとても大きなアドバンテージとなる。カイは独断した。


「……分かった。一緒に合格を目指そう」


 サクラが驚いた表情でカイを見る。そんなこと、いつもなら却下するはずなのに、と言いたげだ。


『安心しろ。合格しやすくするために利用するだけだ』


 と、サクラに小声で付け加える。


「合格するために共に頑張ろう」


 目を細めて笑ったルギオは、次の瞬間に目を開き、声のトーンを落として付け加えた。


「利用したりなんかしないでね」


 カイは戦慄し、背筋が凍る感覚を覚えた。それはサクラも同じで、その言葉を聞いた瞬間ルギオを睨んだが、それがどれだけ愚かな行為か悟ると、すぐに視線を逸らした。心臓の鼓動が焦り始める中で、カイは冷や汗が止まらなかった。心を丸ごと読まれたかのように、ルギオは痛いところを突いてきた。読心術でも使えるのかと疑いたくなる。


「あ、あともう一組、誘いたい人たちが居てね。いいかい?」


 と、ルギオがまたも付け加える。


「……いいですよ」


 カイが弱々しく返事し、ルギオが周囲を見渡す。目当てのジンは、都合よくまだラウンジに居た。

 こう見ると、とルギオは思う。あの人は本当にダンさんに似ている。顔も、体つきも、雰囲気も。僕とすれ違っていても僕はサラと同じことを口にしただろう。

 とりあえず交渉をするため、ルギオはジンに近づいた。


「おいねーちゃん。前はよく見て歩けよ」


 突然大声がラウンジに響いた。ルギオ含め、その場に居た人々が一斉に入口の方向を見る。

 ジンは確かに見た。屈強な男が三人立っているのを。レナが吹き飛ばされて近くにへたり込んでたのを。


「あー! 痛えよぉ! 骨が折れたぁ!」


 と、男の一人が演技としか思えない声をあげる。


「骨折ったとよ! さあ、ねーちゃんはどう落とし前つけてくれるんだ?」


 レナの足は震えていたが、果敢にも応戦の構えを見せた。


「その程度じゃ、骨は折れないと思うんですけど……」


「ああ?」


 しかし、逆に火に油を注いでしまったようだ。男が顔を真っ赤にし、ニヤニヤしながら怒鳴り始める。


「折れてるって言ってんだから折れてんだよ!」


 と、さらに口調を強める。


「反省しないやつにはお仕置きが必要だな。おい、連れてけ」


 そう命令され、一人の男の腕がレナに迫る。恐怖でレナは震え、固まり、目を瞑って泣くことしかできなかった。


 しかし、その腕がレナに届くことはなかった。

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