3.はちあわせ
カイとサクラは、太陽が顔を見せ始めた頃に駅に着いた。ホームには、既に寝台列車が何食わぬ顔で二人を待っていた。二人は列車に乗り込むと、何号車かを確認し、次いでそれぞれのチケットを見た。カイは三号車の一人用寝台を、サクラは五号車の一人用寝台を予約してあった。
二人はひとまずそれぞれの部屋で体を休め、十七時に一号車のラウンジで試験について話し合うことを決めた。
「五号車も三号車も向こうか。よし、行こう」
早朝だからなのか、寝巻き姿の人とよくすれ違う。二人はできるだけ迷惑にならないよう、慎重に、素早く自分たちの部屋に向かった。
すれ違った青年に、薄い笑みを浮かべられたこともいざ知らずに。
短い緑髪のその青年は、薄く笑みを浮かべた後、そのまま車両の後ろへと進み、十一号車にあるスイートの部屋のドアをノックし、澄んだ声で呼びかけた。
「サラ、僕だ。今いいか?」
中から鍵を開ける音が聞こえ、青年は中に入った。薄い金髪をポニーテールにした、青年と同じ年頃で、十センチほど背が低い女性が部屋の中に居た。テレビを見ていたらしく、画面には週末だからか、朝からテンションの高いバラエティ番組が垂れ流しにされていた。
「ルギオね。さ、入って入って」
サラはその青年に手招きをした。「ちょうど良かったよ。今見てる番組が結構面白いから呼ぼうと思ってたの。なんか収穫があったんでしょ? せっかくだから、見ながら聞くよ」
「それ、聞く気あるのか?」
ルギオ、と呼ばれたその青年は、サラの提案に若干の難色を示しながらも、笑いながら部屋に入った。
※
「え、見つけたの?」
「ああ、いいポテンシャルを持ってる」
バラエティ番組を見ながら、サラはちゃんとルギオの話を聞いていた。「一緒に行動するのにはうってつけの二人だ」
「ポテンシャルって、それぞれどんな感じ?」
サラがルギオに尋ねる。ルギオはサラの問いに、そのときの場面を思い出しながら答える。
「両方とも術を使えているよ。自覚には至ってないようだけど」
「一般人が使えること自体珍しいのに……」
「多分常識的ではない生活をしてきたんだよ。例えるなら……そうだな、猛獣だらけのジャングルで身を守りつつ自給自足してたとか」
独特な比喩を入れながら、ルギオは淡々とその二人を分析して語った。「ま、なんとか接触はしてみるよ」
「乗ってくれそう?」
サラが楽しんでるように聞いた。「どうかな」と、ルギオは首を傾げる。
「相当意志が固そうだし。受ける経緯次第では部外者を避けるだろうな。でも二人のためだ。なんとかしてみるよ」
ルギオが椅子から腰を上げた。
「あれ、テレビ見なくていいの?」
と、サラが尋ねる。ルギオが首を縦に振る。
「僕は景色を見てくるよ。その方があの二人に会えるかもしれないしね」
と、ルギオは一号車のラウンジへ向かって行った。
また部屋に一人取り残されたサラは、テレビの画面をちらりと見た。丁度、番組のスタッフロールが流れ始めていた。
「あ、終わっちゃった。ナ……ルギオ、私も行くよ」
ボソリと呟き、サラも一号車に向かった。
※
太陽が空高くから大地を照らし始めた頃、ジンとレナはデトラ共和国首都の駅にある、券売所の前に居た。当日券として空いている部屋を取る予定だった。窓口で確かめてもらっていると、男性の駅員が非常に困ったような顔をして窓口に戻ってきた。二人が不吉な予感を感じ取るには、十分過ぎるほどの表情だった。
「申し訳無いのですが……この寝台列車、かなり人気でして、その、部屋の余りというものが元々取れづらいものでして……」
まさか、と思い、二人は唾を飲む。「……ロイヤルデラックス一部屋しか、空いておりません」
この言葉を聞き、二人は一瞬安堵した。そして、その意味に瞬間で気づき、顔を見合わせた。
一部屋しか無い。それはつまり、二人一緒の部屋ということだ。
「……大丈夫そ?」
「……私は平気。ジンこそ二人部屋は平気?」
「……努力はするよ」
なんの努力かは、レナはあえて聞かなかっし、聞きたくなかった。なんとなく何を頑張るかは悟っていた。「レナ」とジンが呼び掛ける。
「まぁ……これでいいね?」
「大丈夫。それよりお金は払えるの?」
「有り金全部……メイジャー試験後の旅費になる予定だったのに……」
ジンは泣く泣く財布の中の札束を出し、チケットを貰った。「はあ……何年もコツコツ貯めてきたものが一瞬にして消え去るとは……」
「まあ……旅に不測の事態は付き物ってやつ? 心配しないで。一緒の部屋なんだから、すごく楽しいかもしれないよ? それに……」
レナが顔を真っ赤にして付け加える。「ジンと私に、何かあったとしても、その……私は……う、嬉しい、から……」
当の本人は恥ずかしさのあまり手で顔を覆った。それを聞いていたジンも一気に赤くなり、二人ともショートして頭から煙が出る寸前まで達した。
「レナ……いろいろと……悪い……」
満身創痍の状態で、かろうじてジンがレナに警告する。
「うん……ほんとごめん……!」
自爆ってこういうことなんだな。レナはそう痛感した。
※
二人の火照りが収まったところで、ようやく列車がやって来た。二人はその列車に乗り込み、十四号車のロイヤルデラックスの部屋に向かった。チケットと共にもらったカードキーで開ける仕組みだ。ドアノブの上の黒い部分にカードキーを当てると、鍵が開く音がした。一呼吸置いてから、二人はドアを開けた。部屋に入った瞬間、二人は揃って感嘆の声を漏らしていた。
「うわぁ……!」
村から出たことがあまりなかった二人にとっては、こんなものが存在したのかと言うほど、豪華で広々とした部屋だった。その豪華さにさっきまでの葛藤は全て消え、楽しみたい気持ちで溢れかえった。
「レナ見て! テレビがすごいでかい!」
「こっちもバスルームがすっごく広いよ!」
「バッ……⁉︎」
思わず声が出てしまったが、レナは気付いてないようだった。馬鹿、何を期待しているんだ、僕は。
「……なんだ。反応薄い」
レナがぼそりとつぶやいた。少しは期待してくれても良かったのに、バカ。
ジンはついでにベッド周辺も見た。二つのベッドの間は、通路と、照明が付いた机で隔てられていた。くっついてないだけ良かったと、ジンは胸を撫で下ろした。
それにしてもと、ジンはレナを見つめる。君はいつ、どんな所でも、そうやって明るくはしゃいで、笑顔で僕にいろいろ見せてくれたりするんだな。僕はレナのそう言うところに惹かれたんだったんだよな。
ジンはテレビを見ているレナの隣に座った。
「……ジンどうしたの?」
「……いや」
ジンはレナとしばらくテレビを観ていた。週末の昼からやっている映画。今回は主人公が、命を追われている彼女のために国を裏切る、切なくて儚い愛の物語らしい。
「……レナ」
ジンが呼ぶ。
「……どした?」
レナが顔を覗き込む。
「先頭行って、景色見に行こうか?」
ジンの提案に、レナの目がぱっと輝いた。
「行く行く! ラウンジカーでしょ? 窓大きいから夜景も見れたらいいよね!」
「夜景か……それもいいね。とりあえず、下調べ的な感じで行ってみようか」
二人は部屋を出て、一号車へ向かった。レナが先を急ぐ。
「早く早く!」
ジンも、レナの後を早足で追った。そのとき、ジンは金髪ポニーテールの女性とすれ違った。
ジンとすれ違ったサラは、何かを感じ取った。しばらくそのまま固まり、何かに引っ張られるように勢いよく後ろを振り返った。
既にジンの姿は車両をまたいで見えなくなってしまったが、サラはジンの姿をしっかりと焼き付けていた。そして、こう呟いた。
「似てる……」
※
二人は一号車のラウンジに着いた。ほぼ全面張りのガラスが横についており、天井にもガラス窓があった。
「すごい景色……」
ちょうど沿岸部を走行していたため、窓からは大海原が垣間見えていた。人間の手が加えられず、思いのままに広がる白い砂浜に、同じく白い波が繰り返し打ちつけている。海上は海鳥やらで賑やかで、遠くに船の姿もちらほらと見られた。しかし、二人はそれ以上に、自然の美しさに目を奪われていた。空も海も、身を乗り出して覗けば一気に引き込まれそうな青色をしていて、水平線の向こうでくっついてしまいそうだった。はしゃいでいたことも忘れ、レナがすっかり見とれる。
「今は昼時で海岸沿いの景色だけど、これが夜になって、都会の夜景とかで覆われたら、どんなに綺麗なんだろうな」
ジンがレナに聞く。
「すごい綺麗だと思うよ。それはもう宝石箱みたいで、色とりどりでキラキラしてるはず」
レナは夜景に対する期待で胸が膨らんだ。ジンはそんなレナを、ずっと見つめて微笑んだ。
「……どうしたの、急に私だけ見て笑ったりなんかして。顔に何かついてる?」
「いや、何もついてないよ」
「なら良かった」
そう、何もついていない。それがとても美しくて愛おしい。汚れたものなんか一つもついていない、すごく眩しい
※
「似てる?」
「そう。なんか似てた気がする」
今度は、サラがルギオの部屋に来ていた。部屋の種類はサラと同じくスイートで、サラの部屋の向かいに位置する。ルギオはちょうど、売店で買ったパンを昼食として食べていたところだった。
似てる、という感覚には、ルギオも経験があった。特に有名なメイジャーの子孫にあたる人物は、なんとなくその人と顔や性格、雰囲気が似ていることがあるのだ。
「僕たちがラウンジにいたときには、確か居なかったよな」
「うん。居なかった」
「となると……元から乗っていて今初めて寄ったか、ついさっき乗ってきて、すぐにラウンジに向かったか、どっちかだな」
「多分すぐラウンジに向かったと思う。恋人っぽい人がはしゃいで先を急いでいたから」
「だとすると……デトラから乗ってきたと考えるのが一番可能性があるか」
ルギオが冷静に推理し、そしてひとつ息を吐いた。
「で……誰に似てた?」
本題に入る。誰に似ていようが、サラが目をつける存在だ。是非とも仲間に入れたい。ちょっとした緊張感に、ルギオは包まれた。何か面白いことが起こる。そんな予感がしていた。
「えーっとね……」
サラが思い出す。ルギオは真剣にサラの返答を待っていた。
「……あっダンさん」
「……っ!」
その名前が出ただけで、二人の空気が停滞したかのように一気に重たくなり、衝撃が稲妻のように走った。
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