2.復讐に燃えるカイ

 そして日付が変わる前、デトラの西に位置するバンカラ共和国。デトラとの国境付近にある山の中腹に、闇に紛れて見えづらいが、小屋が一軒建てられていた。その中で、カイとサクラはメイジャー試験に向かうための荷造りをしていた。


 二人はある村の出身である。しかし三年前に、村は何者かに襲撃され、二人以外は惨殺された。カイが街の買い物から戻ったときには、村は既に殺戮が終わった後だった。誰も残らなかったと思っていたが、唯一物置に隠れていたサクラだけが生き残っていた。二人は何日もその場で悲しんだ。カイはトラウマを植え付けられ、その何日かは何を口に入れても喉を通らなかった。だが、サクラはもっと酷かった。サクラはあまりのショックから若干の記憶障害になり、村での記憶に霞がかかった。感情の起伏もほとんど無くなり、血や死体を見るたびに吐き気を催したり、パニックを起こすようになった。これでも改善した方で、初めは赤いものを見ただけでも過呼吸になる程だった。

 二人はしばらくその村の跡地で暮らしていたが、ここで起きた大惨事、そのトラウマが二人を強く苦しめた。ある日、サクラがヒステリーを起こしたのをきっかけに村を離れ、今は二人で自給自足の生活をしていた。


 二人がメイジャー試験を受ける理由、それは一人で生きていけるようにするため。そして、復讐のためでもあった。現状村を襲った犯人は皆目見当も付かない。しかし、世界の平和維持を担っているメイジャー協会ならば、何か分かるかもしれない。そう期待はしている。

 しかし二人が残っている間、村には誰も来なかった。協会はこの事件を見逃している可能性が非常に高かった。でも動かなければ何にもならない。行動しないで後悔するなら、行動して後悔した方がよっぽどマシだ。たとえ協会が何も知らなくても、メイジャーの力を手に入れれば復讐もできるかもしれない。


 会話はせずとも、思いが同じことを知っている二人は、ただ黙々と準備を続けた。


「……よし、後はこれだな」


 と、カイが準備を終えて立ち上がる。ほぼ同じタイミングでサクラも立ち上がる。そして二人は髪の毛を一本、自分の頭から抜き取り、小皿の上に乗せた。村にいた頃からの儀式的なもので、長い間家を留守にするとき、家を自分達の代わりに守ってもらえますようにというものだった。小皿の上には、カイの銀髪とサクラの黒髪が乗せられてあった。


「最後の確認。着替え」


「持った。武器は?」


「ナイフを持った」


 と、お互いに持ち物の確認をしていく。


「食料もよし……これで荷物は大丈夫だな」


「オーラは正常?」


「……そうだった」


 と、カイは全身から青色のオーラを立ち昇らせた。自給自足の生活の中でニ人とも身につけたものだ。身体能力が上がるが、これが一体何なのかは分からないのでオーラと呼んでいる。サクラも続いて、カイよりやや薄い青色のオーラを立ち上らせ、カイが頷いた瞬間に消した。


「よし、行こう」


「うん」


 二人は小屋に別れを告げ、山道を下って最寄りの都市に向かった。そこの駅から寝台列車に乗り、四日かけてレトン王国首都、フェルナにある試験会場に向かう。

 道中、カイはサクラに聞いた。


「別にサクラまで着いて来なくてもよかったんだぞ。サクラまでそこまで辛い思いをすることはない。メイジャー試験は危険だ。下手をする命を落とす。そこまで辛い思いをしてずっと過去を引っ張っていくのは俺だけで十分だ。サクラは……普通に人生を歩みたいとは、思わないのか?」


 カイはサクラの顔を見た。サクラは沈黙した。ショートボブの滑らかな黒髪は、変わらず風に揺れない。瞳の奥に少し揺らぎがあったようにも感じたが、動揺する素振りは一切無い。

 そして、サクラはなんでもないことのように話し始めた。


「別に普通の人生を送ろうとは考えてない。それにあの日から、私が思う普通の人生は崩れ落ちてる。私はそれより、カイと協力して、みんなの無念を晴らしたい。それだけ」


「……そうか」


 説得を諦めたのか、カイは少し笑った。心なしか、一緒に歩んでくれる人が居ることに安堵を覚えたようだった。


「カイの方はそれでいいの?」


 今度はサクラが尋ねる番だった。


「いいって……何が」


「復讐よ。カイはまだ私よりトラウマが残っているわけでもない。私より普通の生活ができているじゃない。もうこんなこと忘れて、復讐に縛られずに普通に生きていけばいいんじゃない?」


 サクラの瞳が、隅々まで機械の欠陥を探るように見つめてくる。足の指先から腰、腹、胸、首、目、そして銀色の髪。サクラより伸びた髪の毛はちょうど首の上あたりで細くまとめられ、うなじの中央だけを隠すかのようにまっすぐ下げられていた。その髪が風に揺れ、二人の間の沈黙をより一層際立たせる。

 ずっとサクラの目を見て固まっていたカイは、ため息をつき、体の緊張をほぐしてからこう言った。


「多分村の人たちは想像を絶する苦痛を与えられただろう。子供も、大人も。みんなはなぜ俺たちが、私たちがと嘆きながら殺されたことだろう。生き残った俺たちも、未だにトラウマに苦しめられている。みんな苦しめられているんだ。それを見捨てて、サクラも見捨てて、俺だけが全て忘れてのんびり生きることは、みんな許さないし俺も許せない。だから俺は、村のみんなを殺した奴らに復讐する」


 カイは決意を込めて語った。しかしサクラを見てみれば、何やらポカンとした表情をしている。言葉の意味が難しかったのか、急に語ってしまったから理解が追いつかなかったのか、カイは要約して説明しようと試みた。


「つっつまりだな、みんな苦しめられて、今こうやってサクラも苦しみ続けている中、俺だけが平和に暮らすのは村を裏切るのと同じことだと思ってて――」


「もういい」


 感情が見えない声色でサクラが言い放つ。くだらない理由だったのか。そんなことで復讐しようと思っているのかとか言われるのかと、カイは予想していた。


「……ありがとう」


 サクラの口から発せられたのは、感謝の言葉だった。


「……なんで?」


 カイはポカンとした表情になった。予想の正反対の言葉、なぜ出てきたのかこちらが聞きたいくらいだ。


「こんなに狂い変わった私を……捨てないでいてくれて……村のみんなを……覚えていてくれて……ありがとう」


 ぎこちない言い方だったが、カイにはその思いがしっかりと伝わっていた。サクラを救うため、みんなを救うため、俺はやらなければならないと、より一層決意を固めた。


「……うん」


 短く返事をし、カイはサクラの手を取った。「さて、行こうか」


 日が暮れる前に山を降りたいところだ。二人は遅れを取り戻すため、早足で山道を駆けて行った。

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