第26話 リシェリューの要求
破れかぶれではありながらもリオットの承諾を引き出せた翌日、時間が出来た俺は忘れぬうちにと学院へと足を運びリシェリュー=レニエールとの約束を果たした。
ただ、教官のライオネルや生徒たちに見守られる中、手合わせをした後のリシェリューの思いも寄らぬ一言に俺は固まることになる。
「あの、先日のお約束の件ですが、よろしければ陛下の演習に参加させて頂きたいのです」
……何言ってんだ、こいつは。
俺の感想に賛同するように周囲からも驚きの声が漏れた。
確かに彼女はルーナリアの護衛になりたいと口にしていたし、そのために強くなるべく俺との手合わせを要求した。
その要求自体は彼女をルーナリアの護衛にしたい俺との見解の相違から無かったことにしたが、結果、彼女の権利はルーナリアの護衛隊に入る時に使うというのが暗黙の了解になったはずだ。
だというのに、ここで使ってくるか……っていうか、演習って……何?
そんな具合に頭を抱える俺に、リシェリューはしまったという風に口を横に引き攣らせ頭を下げる。
「申し訳ございませんっ……またも身に余る申し出をしてしまいました。お詫び申し上げますっ」
「いや、そういうことではないが……演習か、なぜ余の演習に参加したい?」
「は、はい……えっと、我々も演習で外には出ます。もちろん、緊張感を持って演習に望んではいますが、その……」
「ふむ」
リシェリューは声を落として言い淀む。
僅かに動いた視線の先に居るのはライオネル、教官だ。
演習の内容は指導する教官である彼が決めているはず。
その彼の前で口が重くなるのは内容がどうであれ自然なことだろうが……ま、聞いてみるか。
「ライオネル、どのような演習を行っている?」
「はっ。三年目の彼女らには目的地と期間を指定しているのみです。その後の計画の策定や物資の手配など諸々のことは指揮官を中心に生徒たちで行い、以降、当日を含めよほどの事が無い限り我々は監督に徹しております」
「……なるほど。素晴らしい指導だ」
「お褒めに預かり光栄です」
本当にそれが出来るなら明日にでも小隊を任せられるだろう。
いや、指揮官を育てているのだから当たり前のことなのかも知れないが、これがこの時代この国の教育か……すげぇな……。
「彼女は演習においても優秀か?」
「はっ。レニエールは指揮官としても優秀です。ただ、武術の腕、才能と比べると少々見劣りはします」
「なるほど。だが、そういった能力は俺の演習に参加しても身に付かんと思うが?」
「……確かに。いちいち計画など練りませんからな」
内情を知るライオネルが頷くように、彼らが学んでいることは軍の基本、お手本で実際とは異なる。
仮に俺がどこかに出かけるとして、ウォルコフが道筋は決めるだろうが、出先で一番重要になる食や寝床はその時々なのだ。
長年の付き合いだから、どのタイミングで休む泊まるなんて感覚で決まっているし、極論を言えば俺たちはどこでも休めるのだ。
なにせ皇帝の俺が望めば国土のどこでも宿は取れるし、文明の届かない未開の地であれば野宿するしかない。
その際の危険も、恐らく世界最強の皇帝、最恐の部隊の前には無いと道義なのだ。
そんな部隊と寝食を共にしたところで彼女に何が得られるというのだろうか。
「いえ、その……出来れば陛下が治安の維持のために出向かれる際にご同行させて頂きたい……と思ったのですが……」
「あぁ、そういうことか。陛下、生徒である彼女の前ではあまり大きな声では言えませんが、学院で行っている演習では基本的に野盗の類と出くわすことはありません」
「あー……まぁ、そうだろうな?」
「はい。甘っちょろいことを、とお思いになられるかも知れませんが、跡取りが一人しか居らぬ家もございますので」
貴族にとって一番大事なのは家系の存続。
そのための嫡子を教育という名の半ば人質のような形で学院に送り出しているのに、そこで死なせたとあっては帝国の存亡に影響しかねない。
「学院の演習も得難い経験であることには変わりません。ですが、ぜひとも、陛下の指揮する戦場を味方として感じておきたいのです」
「ふむ……」
「そういう見方で言うと確かに得るものはあるでしょうな。今後、陛下が軍を率いられるような戦争が起きるとは思えませんし」
「確かにな……」
軽く流したがリシェリューは隠蔽した例の事件を仄めかすようなことを口走ってしまっていた。
先日もルーナリアに叱責されていたし、この辺がライオネルをして武術よりも光るものが無いと言われてしまうところかもな……。
彼女の望みは分かったが、二つ問題がある。
一つはリシェリューが何でも願いを叶える券をまた簡単に使おうとしてしまっていること。
もう一つは、別に俺が好き好んで治安維持活動に従事していないことだ。
後者はともかく、前者は問題も大問題、とりあえずは前者を片付けてしまおう。
「演習にな……」
「よろしくお願いしますっ」
リシェリューはそう言うと今一度頭を下げた。
断り辛ぇ……前回と同じ手でいくか……。
「他にも参加したい者は居るか?」
俺が周囲の生徒たちに尋ねると、リシェリューは跳ね上がるように身体を起こし喜びを湛えた顔を見せた。
おいおい……まだ認めた訳じゃないぞ。
が、その姿を見てか、まばらにしか上がっていなかった手が加速度的に上がっていく。
その光景にライオネルが口を開く。
「陛下、さすがに皆が皆、陛下の部隊について行ける訳ではありません」
「それもそうか。ここに居る者以外にも望む者は居るだろうし、全員の面倒は見切れんな」
「ええ、もしよろしければこちらで選抜させて頂いてもよろしいですか?」
「あぁ、任せる」
と、会話を聞いていた生徒たちから張り切るような歓声が上がる。
そんな良いものでもないと思うけどな、そう思いつつリシェリューに言う。
「そういうことだ。要求はまた次の機会まで十分に考えて使え」
「は、はいっ。ありがとうございます!」
今日一番勢いよく下げた頭に釣られポニーテールが跳ねた。
そんな彼女の後頭部を微笑ましく見つつも、安堵の溜め息を心の中で漏らし俺はその場を去るのだった。
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