第27話 藪から出たのは
「陛下」
「皇帝陛下」
思うところがあり自身の騎士団が居る訓練場に辿り着くと、団員が俺の姿に訓練の手を止め敬意を払ってくれた。
それに対し目を見て頷き返しながらも俺はウォルコフの許へと歩み続ける。
「陛下」
「ウォルコフ、少し話がある」
「はっ。あー……中で、話されますか?」
「いや、ここでいい。大した話じゃないし訓練の様子も見ておきたいからな」
ウォルコフの様子に多少の違和感を覚えはしたが、俺の返事を聞くとすぐに普段の彼に戻る。
そして、近くに居た若い女性騎士を一瞬、目の端で捉えると俺を見て尋ねた。
「畏まりました。では、何か飲まれますか?」
「なら、水を貰おう」
ウォルコフの意図を察し適当に答えると、話を聞いていた彼女は俺に敬礼し場から去っていく。
つい最近までこの騎士団に女性は居なかった。
歴戦の戦士である野郎どもと比べると親子ほどの歳の差とがある彼女らは、皆元々ルーナリアの護衛をしていた騎士たちだ。
別にそこまで喉が渇いていた訳ではないが、話の内容が彼女らに由縁のある人物に関することだし聞かせない方がいいだろう。
そう、ルーナリアの護衛を失格となって彼女らはここに居て、その事件の当事者がリシェリュー=レニエールを含む王国と繋がりが深い学生たちなのだ。
将来的にはルーナリアの下で彼女を守るべく手を取り合い力を合わせてほしいところだが、今はまだ時期尚早に過ぎるだろう。
中にはここに来ず辞めた者も居たし、自分たちが職を、名誉を失う原因になった相手だからなぁ……。
俺は何とも言えない思いを悟られぬよう鼻から漏らし、軽く全体を見渡しながら話を始める。
「先ほどまで学院に行っていてな」
「視察ですか、それでこちらにもいらっしゃったので?」
「まぁそれもあるが、例の約束を果たしに行ったのだ」
「あぁ、レニエールですか」
「そうだ。そういえば、ここに居る彼女たちにも生徒たちと同様の挑戦権を与えてやるべきだろうか」
「いやぁ……どうでしょう。流石にあの者たちと学生たちとでは実力に差がありますからな」
ふと思いついたことを口にしてみたものの、ウォルコフはあまり乗り気では無さそうだ。
しかし、その声音はネガティブなものではなく、彼女たちを評価しているのが伝わってくる。
「さすがに彼女らの方が腕が立つか?」
「はい、年齢も数年ではありますが上ですし。団員との手合わせでも十に一つとまでは言いませんが、二十に一つ勝つ者は片手で数えられる程には居ます」
「それは大分違うな」
「はい。ただし、あくまで力押ししないという条件下での手合わせに限りますが」
「そりゃあな。体格が違い過ぎる。まぁ、技で力の差を越えるほどの達人なら、すぐにでもルーナリアの護衛騎士に特命してしまうが」
「ははは、確かに。っと」
ウォルコフが女性騎士が戻って来たことで一度話を切った。
その彼女が銀製のゴブレットを差し出し言う。
「お水をお持ち致しました」
「あぁ」
「では訓練に戻れ」
「……はっ」
いまいちキレのない返事をした彼女に、自然と俺とウォルコフの視線が集まる。
そんな彼女も妙な空気を察したのか命令に従うべくぎこちなく動こうとしたが、そこでウォルコフが呼び止め尋ねた。
「待て、どうかしたのか?」
「その……お客様が陛下がいらっしゃっていることにお気づきになられまして、その……」
「あー……分かった。気にするな、お前は訓練に戻れ」
「はっ」
何かを察したらしいウォルコフが手を振って指示を出すと、彼女はホッとした表情で完璧な敬礼をして訓練場に駆けて行く。
しかし、こんなところに客とは珍しいな。
「客が来ているそうだが、お前の客か?」
「いえ、そういう訳では……大きな声では申し上げられませんが、ティバルトさまがいらっしゃっておりまして」
「なに……元帥が、ここにか?」
「はい……」
予想外の人物に思わず顔が歪み、そんな俺の顔を見たウォルコフが困ったように苦笑いをした。
帝国の軍部を統べる元帥の職にあるジルファノ=ティバルトは戦争の天才である。
が、大規模な戦乱が遠のいた現在においてはその才を十分に発揮する場は無く、今の彼はもう一つの才能の方で世に名を鳴らしている。
……いや、戦争の才能と並べて言っていいのかは分からないが、その、女たらしの才能である。
平穏な時代になり早十年、彼が流した浮名は数知れず。
ルーナリアと婚姻前の俺は一生禁欲で過ごすものと思っていたため、奴の噂話を耳にする度に頭がおかしくなりそうだったのを今でもはっきりと思い出せる。
そんな、軍の仕事をほっぽり出して女の所へ通う色ボケじじいが、まさか皇帝の騎士団の視察になんて来るはずが無い。
嫌な予感しかしないが腐っても元帥、居ると知れば無視する訳にもいかず、俺はウォルコフにしぶしぶ理由を尋ねた。
「それで、今度はどこの女だ?」
「それが、事を大きくしたく無いから、と家名は明かされませんでしたが、確かに追手は確認出来ましたので匿っております」
「マジでまた女なのかよ……」
「はっはっ、いやぁ……さすがにお元気でいらっしゃいますなぁ……」
呆れる俺にウォルコフは笑い飛ばそうとしてくれたが、どうにも吊られて笑う気にはなれない。
なにしろ、この後会うことになるのは確定だが、それはきっとジルファノが計算したことだからだ。
水を運んでくれた彼女が具体的に何と言われたかは分からないが、恐らくは俺に会いたくて無理難題を言ったのだろう。
どうやら表に出たくない事情があるらしいし、つまるところ、俺に足を運ばせる必要があったのだ。
いくら元帥でも皇帝に会いに来いとは言えない。
だから一計を案じた……はずだ。
俺の管轄にある騎士の彼女は元帥の命令を聞く立場には無いが、かと言ってそうそう無視は出来ない。
とはいえ、ただのメッセンジャーとしてでも、無茶苦茶な内容を自分の口から俺に伝えることも出来はしない。
となるとどうなるか。
先ほどのように俺たちの前で困ったことになり、こちらとしてはその理由を聞かざるを得ない。
そうなれば彼女が言葉にせずとも自分の存在を俺に知らすことが出来るし、知れば俺は奴の許に会いに行かざるを得なくなる。
居ると知って会わなければ後々余計に面倒だからな……。
そう、奴は帝国の狐。
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