第25話 皇帝の休暇申請

「では、週末に休みをご希望でしか?」

「そうじゃない。夏の予定だ」


 遅々として核心に迫る様子が無かったため言ったところ、リオットは少し驚いたように目を見開いた。

 特におかしなことを言ったつもりはないが……まさか、皇帝に夏休みは無いのか……?


「夏の予定はどうなっている?」

「例年通りですが……なるほど、保養のための休暇をお望みだったのですね」


 彼は納得がいったという具合に独り言ちた。

 つまり、俺に、というか皇帝にはこれまで長期休暇が無かったらしい。


 そんな仕事人間には思えなかったが……俺は脳筋皇帝を誤解していたのかもしれないな。

 ちょっぴり反省していると、思考を纏め終えたらしいリオットが改めて口を開く。


「確かに、再婚なされて皇后陛下と仲睦まじい今の陛下には休暇は必要だったかもしれませんね。失念しておりました。申し訳ございません」

「いや、そこまでのことじゃないんだが……」


 と、常日頃張り巡らせている警戒の糸に引っかかったワードは再婚。

 俺は一気に血を脳に駆け巡らせリオットの思考を読み解きにかかる。


 ルーナリアと再婚する前、俺になる前の皇帝ハルフリードは先の皇后クローディアの死を悼み、彼女に心を捧げ貞節を守っていた。

 そんな男が、愛した女の眠る地をそう長く離れようとするはずがなかったか……。


 考えてみれば、治安維持のための遠出も、皇帝を帝都から出そうという、リオットや臣下たちの気遣いから始まったのかもしれないな……。

 前妻やリオットたちとの関係に想いを馳せていると、現実に引き戻すように彼が俺に尋ねる。


「ところで、陛下。皇后さまは巡礼に向かわれる予定だったと思われますが、巡礼の日延べを考えておられるのでしょうか?」

「いや、行く予定だ」

「では、休暇は必要ないのではありませんか?」


 リオットの疑問はもっともだ。

 新婚の愛する彼女が居るから休暇が要る。


 その彼女が帝都を離れるなら、これまで通り長期休暇なんて必要ないと考えるのが自然だろう。

 しかし、俺が欲しいと言っているのだから、頭のいいリオットなら察してくれてもいいものを。


「いや、俺も彼女と一緒に行こうかと思ってな」

「はぁ?」


 やれやれといった気持ちを押し殺し俺はリオットに告げたのだが、即座に呆れという感情が素直に出たであろう一言を返されてしまった。

 そんなにおかしなことを言っただろうか……?


 と、振り返りつつ彼を見返すが、彼は顔を歪めたまま俺のことを眺め続けている。

 ……もしかしたら、今この瞬間、ずば抜けた知能を持つ彼の脳は停止しているのかもしれない。


 そう考えると、なんとなく得意げな気分が湧いてきた。

 さすがに俺の顔には出ていなかったと思うけれど、リオットは再起動したように俺に問いかける。


「陛下、まさかご自身が皇后さまの護衛をなさるおつもりで?」

「いやいや、もちろん何人か連れて行くつもりだが、俺が傍に居れば彼女を守るのは当然のことだ」


 ごく普通の受け答えをしたつもりだったのに、彼は少々おかしなものを見るような目をした。

 だが、彼は軽く目を瞑り一呼吸置くと、普段の顔に戻り諭すような口ぶりで俺に言う。


「陛下、いくら旅に危険がつきものと言えど、事件後は皇后陛下の護衛に手抜きはありません」

「分かっている。一応は俺の管轄にあるしな、別にそんな心配をしてはいない」


「では、他に理由がおありで?」

「まぁ……結婚したばかりだし、出来れば一緒に居たい。彼女もそう思ってくれている。彼女も巡礼はどうせいつか行くんだし、俺が一緒に行くのも悪くないだろ?」


「確かに、教会は歓迎するでしょう。に寄付金を持って行くことになるでしょうし、殊更歓迎されると思います」

「金か。ルーナリアのことで世話になったのは確かだしな、必要だろう」


 ついで、というか一部の敬虔な人間以外は寄付金しか価値を見出さないんだろう。

 ただ、皇太子であるジルベルト君や皇后となったルーナリアが絶対巡礼に行かなければならないくらい、教会との関係は重要だ。


 今後もいい関係を築いていくのに金で済むなら安いもの。

 それはリオットも俺なんかよりずっと理解しているはず。


 だから、彼が引っかかっているのは他にあるんだろうけど、それが分からない。

 悩む俺に彼は困ったように告げる。


「陛下、陛下が皇后さまを大事に想う気持ちは存じております。あんな事件もありましたからもっともなことでしょう」

「……うん?」


「ですが、護衛のために休みを取るとは、些か干渉し過ぎではありませんか?」

「……えっ、いやっ、そういう訳じゃないぞ!」


 まさか束縛男扱いされるとは思わなかった俺は慌てて否定した。

 しかし、彼は首を横に振って言う。


「あれほど深かったクローディアさまへの想いを断ち切るほどの皇后さまの魅力は私には理解出来ませんが。陛下は少々愛が重い傾向がありますからね」

「いや、だからそうじゃなくてだな!」


 分からなくはない。

 リオットがそう考える理由も分からなくはない。


 帝国の統治者としては再婚するのが当然だったのに、そうはしなかった。

 亡き妻への貞節を守り続けたと言えば聞こえはいいが、亡き妻に未練を持ち続け皇帝としての責務を果たさなかったとも取れる。


 それは皇帝の前皇后への愛の深さでもある。

 その想いを覆したのがルーナリアだと、リオットの目に、いや、恐らくは他の者たちの目にも映っているのだろう。


 そんな想い人のためにこれまで取らなかった休暇を取って護衛を買って出ようとしている。

 執着と取られても無理はない、か……。


「陛下、中には男性の干渉を億劫に思う女性もおります。無論、皇后さまが陛下と共に居ることを望まれていることは存じておりますが、巡礼の旅にまでついて行くのは少々やり過ぎかと」


 どうやら俺の行動は世の常識的におかしなことらしい。

 完全には否定出来ない部分を感じていたものの、束縛男のレッテルに段々頭が痛くなってきた俺は、レイカがジルベルト君と巡礼に行くことを淡々と告げた。


 すると、途端にリオットの目が細まり、さっさとそれを言えよ、と無音の口元が動いたのを呆然と眺めるはめになってしまった。

 オカルトちっくな聖杖やレイカを気にするより、ルーナリアのことを前に出した方がいいと思ったのがこうも裏目に出るとは……。


 それでも、殿下がレイカに唆され聖都でやらかさないか、やらかした場合の尻拭いのために行くのですね、と、俺が現実逃避している間にリオットから偶然の納得を得られたのは、今回唯一の幸運と言っていいだろう。

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