第9話 王国から来た少女

「陛下、よろしければなのですが、先ほどお話しさせて頂いたリシェリューをご紹介させて頂いてもよろしいですか?」


 休憩時間が終わり、装備を整え戻って来た生徒たちが、ライオネルの号令の下、型に沿った素振りを始めていた。

 俺とルーナリアがその様子を眺めていたところ、指導していたウォルコフがやって来て俺に尋ねたのだ。


「リシェリュー=レニエールを陛下に、ですか?」

「ええ、現時点では一番優秀ですし、今後のことを踏まえても知っておいて頂いて損はないかと」


 素振りする生徒の中で、目を引いたのはポニーテールの彼女だ。

 素人目にも振りが鋭く、動きに無駄が少ない。


 女子生徒で腕が立つという、ウォルコフの評価に値する人間は彼女しか居なかった。

 だから、薄々勘付いてはいたけれど、ウォルコフの問いかけに抵抗感を示したルーナリアの反応が、実際にそうであることを示していた。


「分かった。会おう」

「でも、陛下……」


「なに、教官の推す生徒の一人に会うだけだ。努力次第で余に謁見できるとなれば他の者たちの励みにもなるであろう。なぁ、ウォルコフよ」

「はっ、仰られる通りかと。リシェリュー=レニエール、ここへ!」


 俺が後半声を張り上げると、主に帝国出身と思われる生徒たちから気合いの入った掛け声が上がるようになった。

 現金だが、それで頑張れるなら安い発破だ。


 どうせ後でバテるんだろうけどな……。

 そんな感想を抱きつつ未だ不安気な目で俺を見つめるルーナリアに語りかける。


「そう頻繁に来る訳でもないし帝国を担う学生と触れ合うのも悪くない」

「ですが……」


「こうして会うのはだ。優秀な者は労ってやらんとな」

「……はい、陛下」


 ジャージ姿に革鎧を着け木剣を持った彼女が近づいたことで、俺は意図的に強調してリシェリューにも聞こえるように言った。

 ルーナリアに庇われた手前、わざわざ牽制する必要はないだろうが、人目もあるし一応という訳だ。


「お初にお目にかかります、皇帝陛下。レニエール侯爵が末妹、リシェリュー=レニエールと申します。皇后陛下、ご機嫌麗しゅう」


 リシェリューは目を合わせることなく、木剣を持たない右手で敬礼して挨拶をした。

 当然と言えば当然だが、きちんと礼を尽くしている。


 てっきり目くらいは、俺を見ると反射的に睨みつけてくるかと身構えていたが、そもそも長い睫毛越しに見える綺麗なブルーの瞳は俺の顔を捉えることはなかった。

 そんな彼女を呼んだウォルコフが俺たちに紹介する。


「彼女の言葉にもあったように王国の出ですが、剣と槍に秀でておりライオネルから既に一本取っております」

「ほぅ」


 ライオネルは引退したとはいえ、昨年まで騎士団に居た男だ。

 そんな人間から一本取ったと聞かされ感心したが、ぶすっとした若干不満げに見える顔をしたリシェリューが尋ねてくる。


「発言させて頂いてもよろしいでしょうか?」

「構わん。好きに話せ」


「……ありがとうございます。一本取れたのは偶然です。ライオネル教官は剣で私は槍でしたし、知らなかったとはいえ、教官が膝に古傷をお持ちで無ければ勝てなかったでしょう」

「それでも勝ちは勝ちだ。違うか、ウォルコフ?」


「仰る通りです。レニエール、貴様は戦場で万全の状態でなかったから負けたと言い訳するつもりか?」

「それは……」


 ウォルコフの正論にリシェリューは言い淀む。

 戦場と言って良いかは分からないが、俺に死ぬ気で挑んだ彼女は、言い訳なんて出来ないことを身をもって知っている。


 あったのは生か死か、それだけだった。

 自らの言葉を反省するリシェリューにウォルコフはさらに責め立てる。


「そんな心構えでは陛下の騎士団にはおろか、皇后陛下の護衛隊にも入れることは出来んな」

「……申し訳ございません。ただ、出来れば私は皇后陛下の護衛隊に入りたいのですが」


「貴さ——」

「己が身を弁えなさい!」


 リシェリューが口を滑らしたのは、ウォルコフが俺の騎士団を優先するような口ぶりだったからだろうか。

 ただ、ウォルコフが怒鳴るのとほぼ同時にルーナリアが激昂し、目を丸くして口を閉ざす彼を尻目に彼女はリシェリューを叱責する。


「爵位も持たず何も為しておらぬ若輩の身で、陛下に向かって要求するなど一体どういうつもりですか!?」

「……申し訳ございません」


「レニエール侯爵はずいぶんと妹に甘いのか、それともろくに教育を付けなかったのか。いずれにせよ、このことは侯爵の責任でもありますから、国王にお伝えせねばなりませんね」

「兄上は……いえ、私の不徳の致すところです。誠に申し訳ございませんでした……」


 リシェリューは一瞬弁明しかけたが、彼女の目を見るとすぐに自身の過ちを認めた。

 怒りを顕わにしたルーナリアは傍から見ても結構迫力がある。


 元ヤン大司教カサンドラとは全然ベクトルが違うけど、やっぱり美人が怒るとちょっと凄い。

 まぁ、それでも可愛く見えてしまうのは、やっぱり惚れたからなのだろうか。


「私に謝罪したところで気持ちは変わりません。貴女には失望致しました」

「っ……皇帝陛下、誠に出過ぎた真似を致しました。どうか御赦し下さい」


 リシェリューを突き放すルーナリアの姿勢は、俺の知る彼女とは違う。

 もちろん彼女の態度は間違いではないが、これまで耳にしたレイカへの接し方からしても、俺が知らない彼女の一面がまだまだあるのかもしれない。


 もっとも、これは身分から冷たく当たっているのではなく、リシェリューの立場を考えてのことだろうとは思う。

 王国出身のリシェリューをルーナリアが甘く対処すれば、二人のどちらにも悪影響を及ぼしかねないからだ。


 ルーナリアも心の底からリシェリューを苦しめたい訳ではないだろうし、こんなことでお義父さんに連絡したくもないはずだ。

 俺は出来るだけ上手く収めようと知恵を振り絞った。

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