第10話 想いが通じ合う幸せ
「好きに話せと言ったのは余だ。赦そう」
「ぁ、ありがとうございますっ。二度と同じ過ちは犯しません」
一先ずこれ以上悪化させないよう赦しを出すと、リシェリューは即座に腰を折って感謝し自らを戒めた。
ところが、ルーナリアは簡単には引き下がらず俺に進言する。
「しかし、陛下、何事にも限度というものがあるかと」
「限度、か……」
俺としては実力があるのなら、リシェリューにはルーナリアの護衛になって欲しい。
今朝話したばかりで納得してくれたはずの彼女が反対するのは、やはりリシェリューの俺への感情を危険視しているからだろうか。
……いや、そんなはずはない。
ルーナリアは両国の融和のため、この件でも俺に協力すると言ってくれた。
彼女がリシェリューとの接触を快く思わなかったのは、きっとここで再会した時の俺の様子がおかしかったからだ。
つまり、現時点の彼女はもう俺を信頼した上で、同じ王国出身者としてリシェリューを守るべく責めているに違いない。
「王国の出なのだ。同じ国から嫁いできた皇后に仕えたいという気持ちがあってもおかしくはない。その気持ちが前に出過ぎただけであろう」
「陛下、私は皇后で、今の祖国は帝国です。生まれた国が同じであろうと、そのような感情を押し付けられても受け止められません」
「皇后、我が美しく完璧な后よ。そなたほど強く、賢く、優しい女人は居ない。皆が皆、手本にすべきであろう。だが、手本をなぞることも簡単ではない」
「陛下、過分なお褒めの言葉、感謝いたします。ですが、皇后として国母として規範となるべき身だからこそ、あのような発言をする者は側に置けません」
「彼女は学生だ、そう頑なに答えを急ぐことはない。それに、仕える者が己と違う考えを持っていても善いではないか。無論、受け止める必要はない。ただ、胸に想いを抱くことくらいは許してやろう」
「……仰る通りですね、陛下。少々熱くなり過ぎたようです。お許しを」
ルーナリアは俺の意見を受け入れ、意を異にしたことを謝罪した。
俺は頭を下げる彼女の肩に手をやり身体を起こさせる。
「なに、余の名誉を守ろうとしてくれたことは分かっている。許す許さぬという話ではない」
「陛下……」
彼女の意図をちゃんと汲めていたようで、お怒りの皇后モードが解けたルーナリアと見つめ合う。
裏話を知る俺たちからすればとんだ茶番だが、二人で一つ問題を解決したことと周囲に漂う安堵の空気もあり、なんとなく良い雰囲気になってしまった。
だが、彼女と恋愛領域を展開している場合ではない。
俺は蚊帳の外にしてしまったリシェリューに向き直り話しかける。
「余は、皇后を護らんという、お前の意気込みは買おう。しかしな、ルーナリアの護衛は腕が立たねばならん。余の代りに守るのだからな」
「もしも任命の栄誉に預かれば、身命を賭してお守り致します」
リシェリューは失言を反省してか簡潔に答えた。
ただ、スムーズに成長したとしても、彼女を護衛隊に入れるのは簡単ではない。
いくら優秀でも、俺の騎士団でなくルーナリアの護衛隊に入れるとなると、王国出身者を優遇しているという批判はきっと出て来るだろう。
そういう計画の邪魔になる批判を避けるために、ルーナリアの姿勢は変えられらない。
だから、彼女を護衛隊に入れるには一つ特別な仕掛けが要る。
俺はその仕掛けの始動としてリシェリューを挑発した。
「軽い言葉だ。お前にそれほどの腕があるとは思えん」
「……確かに、皇帝陛下には遠く及びませんが、剣には自信がありますし、槍の腕も上達しております。卒業時にはもっと強くなっていると、お約束致します」
一瞬、俺と戦ったことを言っているのかとヒヤっとしたが、化け物じみた強さが知れ渡っている俺だから、おかしくはないか。
上手く挑発に乗ってくれたことをほくそ笑みつつ、俺は彼女に提案する。
「なら、俺と賭けをしよう。もし、卒業までに俺から一本取れたら望みを一つ叶えてやる」
「望みを……本当ですか?」
「当然だ。余も暇ではないが、一度とは言わん。手が空いている時なら何度でも挑ませてやろう」
「……その条件で、本当に何でも叶えてくださるのですか?」
あえて望みと言ったのは、彼女のルーナリアへの忠誠心を試すためだ。
別に国に帰りたいというならそれはそれでいい。
中途半端な者では俺とルーナリアの計画には寄与できない。
それに、なにより心から彼女へ忠誠を誓う者でないと、護衛として俺が安心できない。
「もちろん、帝位をくれとか常識から外れたものは無理だぞ」
「承知致しております」
冗談と思ったか、失言をした彼女を揶揄ったかと思ったか、手を止めてこちらを見ていた学生たちから笑い声が上がる。
しかし、リシェリューはそれらを全く気にせず、真剣な顔で応じた。
きっと、彼女の頭の中には俺から一本をどう取るかしか無いのだろう。
もっとも、いくら彼女が考えを巡らせようと、これからどれだけ努力しようと、脳筋皇帝から一本取るのは不可能である。
そんなことは俺が一番分かっているし、だからこそ、不自然にならないよう、いいタイミングでそれとなく一本取らせてやるつもりなのだ。
そうとは露とも知らぬ彼女は俺に尋ねる。
「陛下、では今日この後に挑戦させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「よかろう。相手の実力を肌で知らねば鍛えようが無いだろうからな」
なんだか弄ぶようで真剣な彼女には悪い気もするが、これも国のためだ。
まぁ、望みは叶うんだし、バレなければ問題ないよな。
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