第6話 密事か蜜事か偶然か

「報告は、その得体の知れぬ男とレイカという少女が、今朝の明け方、街中を仲睦まじい様子で歩いていたことです」

「なにっ!?」


「誤解を恐れずに申し上げますと、目撃されたのは街娼もよく出入りする場所で、一夜を共にする目的で使われる宿屋が多い地域です」

「まさか……ジルベルトに婚約を破棄させるほどに熱を上げていた女に、別の男が居たというのか?」


 リオットの報告に俺は耳を疑った。

 ジルベルト君はこの国の、帝国の皇太子だ。


 そのジルベルト君の立場を危ぶませる程に心を奪っておきながら、当の本人には他にも愛する相手が居るかも知れないというのだ。

 眉を顰めて驚きを隠せぬ俺に、リオットは肯定まではいかない意見を述べつつ、事の仔細を語る。


「可能性は否定できません。ただ、情を交わしたかどうかは分かりかねます。宿から出たのを見た訳でもありませんし、あまりにも堂々とし過ぎておりますから」

「……それはそうだな」


 仮にも皇太子妃になろうというのだから、後ろめたい関係ならもっと人目を避けるはずだ。

 常識で考えればあり得ないことだし、ジルベルト君に伝えても多分笑って否定するだろう。


 だが、万が一、他所に男が居る者が皇太子妃になれば、これは大事である。

 帝国の皇帝としても、俺自身としても、継承に疑義が生じ争いの火種になる婚姻なんて絶対に認められない。


 ただ、俺としては出来れば生涯を共にする相手くらい、ジルベルト君の希望を叶えてあげたい。

 もちろん、彼の努力次第だけど、全てが明らかになるまでその気持ちは変わらない。


 ……いや、変えられない、か。

 仕方ないよな、俺は彼の本当の父親じゃないんだから。


「ただ、以前陛下も危惧されておいででしたが、あの少女が殿下を利用しようと近づいていた場合は別です」

「あぁ、それもあったな」


 暗い考えが心を占め、落ち込み気味になった俺にリオットが別の可能性を示す。

 それは、レイカが何らかの目的を達成するためにジルベルト君に近づいたというもの。


 レイカの背後に大事企む組織が居ないかリオットに探させたが、見つかったのは王国の転覆を企んでいた連中だった。

 ルーナリアを攫ったそいつらも今は墓の中、レイカとも関係なさそうだったが。


「何か帝国に対する、それらしき動きや組織が見つかったのか?」

「いいえ、何も。直近では過去に殺しにも手を染めたと思しきゴロツキの集団が一つ、壊滅しておりはいましたが、それだけです」


「ゴロツキ?」

「はい、昨日の夕刻確認しております。詳しくは捜査中ですが、レイカと共に居たアルトという男が関与している可能性は大いにあります」


「そういえば義賊だったんだよな」

「……義賊と言えど犯罪者ですよ、何故陛下の声音が高くなるのですか?」


 創作でしか義賊を知らない俺は、活躍するヒーロー像をふたたび胸に抱いてしまったところ、リオットが咎めるような口調で尋ねてきた。

 確かに、仮にアルトという男が義賊で相手が犯罪者でも、帝都で勝手に人殺しを行った無法者である。


「いや、ちょっとな。分かってはいるんだが、どうもカッコよく思えてな」

「陛下、くれぐれも外でそのような発言はお控え下さい。このような蛮行は統治を行う我々が好しとすべきことではありません」


「分かっている。どれだけ善政を敷こうとしても、悪党が岩の下から這い出てくることもな」

「ええ、どうしても壊滅させることは現実的ではありませんから、リスクの大きい部分を順次刈り取っていくしかありません」


「……話が逸れたな」

「逸れた原因は陛下ですけどね。それにしても、レイカという少女のことがよく分かりません」


 リオットはストレートに責任を俺に突き付けると、どこか鬱陶しそうに彼女を評した。

 その姿から直感的にイヤな雰囲気を感じ取った俺は、はっきりとした言葉で彼を牽制をする。


「まだ手を出すなよ。バレた時にジルベルトに何と非難されるか分かったものじゃない」

「ほぅ……いや、バレるような手は使いませんよ。ただ、私もアリアンヌ嬢の方がやり易……失礼しました。より相応しいと思っているだけです」


 リオットは軽く驚いたように顔を上げると、少々素を零しながらも率直な意見を述べた。

 もちろん、だ。


 帝国随一の頭脳であるリオットが、そうそう本音と建て前を言い間違える訳がない。

 そう、俺は彼がまだ命令に承諾していないことに気づいてい

た。


「もう一度言うぞ、まだレイカには手を出すな。いいな?」

「さすがにわざとらし過ぎましたか。了解致しました。陛下の御命令があるまで手出しは致しません」


 リオットは小さく笑みを浮かべて反省すると、自分の言葉に直して承諾した。

 これでよほどの事が無い限り、彼が独断専行することは無いだろう。


 それにしても、ジルベルト君が大事だからか、見通しが立たないことが嫌だからか、自国民と言っても容赦無いな。

 彼がレイカをどうしようと考えていたかは分からないが、生死を問わず彼女にとって良い未来ではなかったのは間違いない。


 今のところ、俺はレイカがとても賢い少女だと見ているが、もしも頭お花畑で幸運からジルベルト君の心を得ただけなら、よく分からない内に未来を摘まれることになるのはあまりに可哀そうだ。


 しかし、リオットに待てと命令した事もあるし、やはり一度会って確かめる必要がある、か……。

 いやぁ、気が乗らないなぁ……。

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