第4話 皇帝と皇后の朝食

「私自身も陛下の危険となり得る者をあまり近くに置きたくありませんが、そもそも私は帝国の皇后です。身の回りの者を王国に縁のある者で固めるべきではありません」


 いつもながら意識の高いルーナリアの姿勢に頭が下がる。

 確かに、王国出身の者たちばかりを重用すれば、妬みや猜疑心から快く思わない者も出てくるだろう。


 彼女の言葉の通り、部屋に居る使用人もほとんどが帝国の者だ。

 王国出身の者はエリーシュを含め片手で数えられるくらいしか居ない。


「ルルの懸念も分かるよ、当然だ。でも、彼女らの全員が護衛になれる訳じゃない」

「それは、そうですね」


 一応、事件に関与していないことになっているため、俺の騎士団の副官であるウォルコフを特任教官としたコースを新設し、生徒たちへ募集をかけた形である。

 そのため、関わった生徒たちは全員参加しているものの、中には帝国生徒たちも参加している。


 ただ、生半可な気持ちで付いていけるカリキュラムではないので、すぐに抜ける者が後を絶たない。

 もちろん、将来がある程度約束されるコースなため、今のジルベルト君のように特例での休みを許されないというのもある。


 まぁ、そもそも貴族家の当主とか、そういう事情を抱えた生徒は参加していない。

 王国出身者もそうだが参加しているのは家を継がない者ばかりだ。


「といっても、同じ力なら王国出身者を選ぶつもりだから、その点では彼女らの方が有利ではあるな」

「その理由をお聞きしても?」


「一つは帝国内での柵がないことだ。俺への感情は抜きにしてな」

「それは大きすぎる問題かと思いますが」


 困ったように眉の形を変えてルーナリアは言った。

 しかし、俺が王国出身者を帝国に組み込みたい最大の理由は他にある。


「かもしれないが、今は一旦置いておこう。理由は他にもある。帝国と王国のさらなる歩み寄りだ」

「二国間の関係のためなのですか?」


「そうだ。帝国と王国は手を取り合ったが、今でも王国の兵士たちは俺の鎧姿を見れば身構えてしまうだろう。我々は既に同盟国なのだ。これを少しずつ変える必要がある」

「そのために王国出身者を皇后である私の護衛に、ですか?」


「あぁ、今後王国へ行く時は、そうと分かるように王国出身者を護衛として目立たせたい」

「つまり、帝国の者と一緒に私を護衛させる、ということですか?」


 皆まで言わずともルーナリアは頭を働かせて正解に辿り着く。

 俺を誘惑しようと色々と試みる時とは大違いだ。


「そうだ。そうすれば、ルルが帝国の者を信用していない、などという戯言もそう出ないだろう」

「仰ることは分かりますが、私の護衛をしている者と彼女らが共に働くことが出来るでしょうか?」


 彼女が攫われたことの責任を取り、俺に報告しに来た責任者であった女性騎士、ミリエッタは降格となった。

 また、他に任務に就いていた者たちも、同様に近衛騎士から配属が俺の直属の騎士団の見習いに変わった。


 理由は簡単、生徒たちと同様に鍛えるためだ。

 本来なら文字通りクビになってもおかしくはなかったが、生徒たちを救っておいて流石にそれは無いだろうと、俺が命令した。


 今は俺の指揮下でルーナリアの護衛と鍛練を行っている。

 要はミリエッタたちにとっては挽回のチャンスが与えられたのだ。


 それでも、元近衛騎士の中にも数人は既に職を辞しているし、こういう経緯のある者たちが手を取り合うのは難しいという、ルーナリアの言葉は俺もその通りだと思う。


「俺は出来ると思う。して貰いたいという願望もあるけどね」

「それは、双方の者たちの姿を見て、そうお考えになったのですか?」


「いや、そういう訳じゃないよ」

「では、どうしてそうお考えに?」


「まず、彼女らが加われば十中八九軋轢が生まれるはずだ。こればっかりは仕方がない」

「はい……仮に今私を護衛している者でなくとも、他の近衛騎士でも少なからず揉めるでしょうね」


 いくら無かったことにしても、俺が無かったことにするまでに情報はある程度行き渡ってしまっていた。

 それが宮殿と皇室を守る近衛騎士なら猶更である。


 誘拐に加担した者と誘拐を防げなかった者

 急に手を取り合って仲良しこよし、といくはずは無い。


 俺が命令すれば表向きは従うだろうけれど、それでは全く意味がないのだ。

 いくら鍛えても護衛隊内の不和は、ルーナリアを守らせる上での不安要素になってしまう。


「でもな、ルル。本質的に彼女らの想いは同じだと俺は思うんだ」

「想い、ですか?」


「あぁ、例の事件で扇動され君を攫った生徒たちの行いは褒められたものじゃない。けど、ルルを想う気持ちは本物だったと思う。その想いは、君を守る上で重要だ」

「はい。彼女たちは常日頃から私の身を案じておりましたし、攫った後も……いえ、彼女らは救っているつもりでしたが、決して無体な真似は致しませんでした」


 そう、生徒たちはルーナリアを、俺と国王エルドレイ=オルブリューテの犠牲になったとすら考えている節があった。

 今となってはどうでもいいことだが、とにかく彼女らはルーナリアのことを心酔しているのだ。


 自国の王女であり美貌才覚を兼ね備えた彼女は、王国出身の生徒たちのカリスマ的存在であってもおかしくない。

 いや、それだけでなく、恐らくは異国の地で親身になり日々を共に送るルーナリアの姿勢が、彼女らの心を掴んだのだと俺は想像している。


「一方で近衛騎士だった彼女らはこの国の貴族の出身で、ルルの護衛とあってまだ歳若い者ばかりだが、まず優秀な者たちばかりだ」

「はい、いつも私のことに気を配り心を砕いてくれています。あの事件は彼女たちにとっては防ぎようのない悲劇でした」


「そういう見方も出来る。が、事は起こったし、俺を含めて今後も反省すべきことだ」

「……私も気をつけます」


 攫われた彼女が責任を感じることはないと思うが、難しい顔をしたルーナリアは頷いてそう言った。

 俺はあえて彼女の考えに口を出さず、二度と危険な目には遭わせない、そう再び心に誓い会話を再開した。


「話を戻すけど、彼女らも帝国と皇室に忠誠を誓い、自らの職務に誇りを持っていた。ルルの護衛をする栄誉に預かった彼女らが抱く、君を守ろうという想いは生徒たちに負けるものではなかったはずだ」

「仰る通りですね」


「あの時ですら立場が違っただけで想いは同じだった。これからは同じ方向を向いて、同じ想いを胸に進むことになる」

「そう言われると、私も何だか実現できそうな気がしてきました」


「だろう?」

「はい、私も出来る限り協力させていただきます。二人で両国の関係をさらに深めましょう」


 ルーナリアは笑顔を浮かべて俺の考えに賛同してくれた。

 気がつけば楽しいはずの朝食が国政の話になっていたな……これも皇帝と皇后となった俺たちの務めか。


 などと感慨にふけりつつ、俺は冷めきった紅茶を飲み干した。

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