第3話 消された罪を背負う者たち

「そうか、アリアンヌのことを気にかけてくれてありがとう。助かるよ」

「いいえ、ハルさま。アリアンヌさんは教養が深くとてもいい方で、私も明るい彼女とお話しするのが楽しいのです。私はただ普通にお話しているだけですので」


 俺が礼を言うと、目じりを下げたルーナリアはアリアンヌに好意を示し謙遜してみせた。

 困ったのは俺が実際にアリアンヌをろくに知らないことだ。


 というか、皇帝が姪である彼女をどれくらい知っていたのかも分からない。

 学院に入るまで帝都にあまり居なかったことや、マルケウスの反応からすると皇帝とはあまり親しくないようだが、ジルベルト君の口ぶりからすると彼は何度も会っているようだった。


 いや、ジルベルト君のマルケウスへの遠慮の無さから察するに、彼は以前からマルケウスの家によく遊びに行っていたと見るべきか。

 つまり、皇帝である俺とアリアンヌの関係は、昔から息子と仲良くしている姪っ子、これだな!


「そうか……子どもだと思っていたが、ずいぶんと成長したようだ。アリアンヌに会うのが楽しみになったよ」

「……はい、アリアンヌさんもハルさまにお会い出来るのを楽しみにされていましたし、きっと気に入られるでしょう」


 若干の間に俺は微かな引っかかりを覚えたものの、ルーナリアからはそれ以上何もおかしなところは見ては取れない。

 気のせいか、そう思う俺に彼女は続けて、少し言いにくそうに話しだした。


「私が言うのもどうかとは思いますが、アリアンヌさんと話しているとその……皇太子妃になって頂ければと、つい考えてしまうのです」

「ルルはジルベルトとも家族として歩み寄ろうとしてくれているのだし、なにより皇后だ。皇太子妃が誰になるか気にしても何もおかしくはない」


「ありがとうございます、ハルさま。もちろん、以前言われたように、表立って彼女の味方をするようなことはしておりません。ですが、一歩引いた所から見ても、より相応しいのはアリアンヌさんかと」

「なるほどな……まぁ、一番相応しい人間は別に居たが」


 俺はあえて含みを持たせず真顔で告げた。

 すると、基本的に慎み深い彼女は、自分のことだとは微塵も想像していない顔で尋ねてくる。


「あら、そのような候補者がいらっしゃるのですね……一体どなたかお尋ねしてもよろしいですか?」

「ルルだよ。もう俺の妻になったから候補者にはなれないけど、どう考えてもルルが一番だった」


 俺の答えにルーナリアは頬を染め嬉しそうに口もとを歪めた。

 ルーナリアの心の中で、あの日の出来事が完全に癒えているかは知る由もないが、俺を愛してくれていることに疑う余地はない。


「まぁっ、ハルさまったら……」

「あぁ、でも、皇后になるのが早くなったという意味では、今の方が帝国のためになったかもしれないな」


 少し恥ずかしくなった俺は照れを隠すように、平静を装い適当な分析を口にしてしまった。

 すると、彼女はまだ笑みを残しつつも、真摯で尊い志を手を足の上に下ろし返してくれた。


「はい、まだまだ未熟ではありますが、一日も早く皆にそう思ってもらえるよう、私も皇后として出来る限り陛下をお支えさせて頂きます」

「ありがとう。これからも二人で力を合わせて頑張ろう」


「はい、ハルさま。あらためて、これからもよろしくお願いしますね」

「こちらこそよろしくお願いします」


 背を伸ばし軽く頭を下げた俺は、身体を起こして目が合ったルーナリアと笑い合うと、再び食事に取り掛かった。

 彼女はナイフとフォークを手に取ると、そのままでも食べられる果物を丁寧に一口サイズに切りながら話かけてくる。


「ハルさまの本日のご予定は?」

「午前中は書類仕事だが、昼からはまた学院に顔を出そうかと思う」


「というと、彼らの鍛練の成果をご覧になりにいらっしゃるのですか?」

「そうだ。ウォルコフの話によると少しずつ動けるようになってきたみたいだからな」


 ルーナリアの言う彼らとは、彼女が誘拐された時に首謀者たちの口車に乗せられて、共に罪を犯した王国に縁のある生徒たちのことである。

 ルーナリアの願いでもあったため、彼らの罪はそもそも無かったことにしたが、事はそう簡単にはいかなかった。


 宰相のリオットが納得しなかったのだ。

 悩んだ俺とルーナリアが彼に提示したのが、卒業後の兵役である。


 普通の貴族が課されることのないそれを条件に、リオットはしぶしぶながら折れてくれたが、貴族の子というのは基本的に教育の施された貴重な人材である。

 なおかつ、ルーナリアへの忠誠心に溢れる者たちを、ただ兵役を課して辺境に送るのは勿体ない、そう考えた俺は学長に掛け合いウォルコフに鍛えさせることにしたのだ。


「しかし、本当に私の護衛に出来るのでしょうか。コンクノン卿にまた猛反対されそうですが」

「リオットは結構慎重だからな。俺に敵愾心を持つ人間を宮廷の奥深くに入れたくないんだろう」


「そういう意味ではコンクノン卿に限らず普通の反応だと思います。それに、私もあまり賛成はしていませんよ?」

「でも、彼女らに俺がどうにか出来るとは思えないけどな」


 皇后の護衛は基本的に女性で構成される予定だ。

 訓練には男子生徒も参加しているが、彼らはまぁ、まだちょっと未定だな。


 見込みがあれば俺の騎士団にでも入れてやってもいいが、それを望む奴は多分居ないだろう。

 というか、その二択なら辺境に行かせてくれと全員が言いそうだ。


「彼らがハルさまに二度と剣を向けない、とは残念ながら言い切れませんが、仮にその機会があっても恐らくは戦場で正面からでしょう」

「なるほど、奇策や不意打ちでしかチャンスが無くてもか?」


「はい、私はそう思います。私を介してではありますが、一度ハルさまに命を救われているのですから」

「じゃあ、なぜ護衛にすることに反対なんだ?」


 俺が男子生徒を自分の騎士団に入れてもいい、そう考えてると知ったらルーナリアはどう思うだろうか。

 そもそもリオットにブチ切れされそうな案を胸にしまい、俺は彼女の説明を待った。

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