第2話 朝のひととき

「ところで、以前陛下にも勧められたので赤を着てみたのですが、いかがでしたか?」

「赤……」


 共に身支度を整え終わり、いつものように二人で食事をしていると、ルーナリアがごく自然に衣服の感想を尋ねてきた。

 しかし、今日は平日、彼女が着ているのは学院の制服である。


 その、アニメやゲームを彷彿とさせるデザイン性の高い制服は、白を基調としていて赤は使われていない。

 ラインもリボンも黒だよな……赤……赤……あっ……!


 いやっ、まさかな……でも、あれしかないしな……。

 ギリギリのタイミングで思い出したが内容が内容だけに、俺は急ぎつつも出来るだけ冷静に口を開く。


「下着か、そうだな……うん、よかったと、思う。今度はドレス姿を見せてくれると嬉しい、かな」

「もちろんです。母から頂いたものを持って来ておりますので、また今度着させて頂きますね」


 あまりちゃんとは見ていなかったけど、などと余計なことを言わなかったことが功を奏したか、ルーナリアは微笑みを湛えて俺の要望を聞いてくれた。

 ……それにしても、下着姿を褒めるのはまだ荷が重いよ。


 確かに、積極的なアプローチは俺への好意の証だろう。

 ただ、俺はまだそういう関係にはなれない。


 というか、よくよく考えればお姫様だった彼女には、男性とちゃんと付き合った経験がないのだ。

 つまり、いくら積極的になっていても、それは言わば耳年増なだけ。


 もっと俺も大人の男として堂々と構えていれば、彼女もそうそう自分のペースで事を運べ無いのではないだろうか。

 などと考えていると、会話が途切れたと見たのかエリーシュがルーナリアの横に行き、俺にも聞こえるように言った。


「皇后陛下、先ほどの話題は朝食の席には些か相応しくはないか、と」

「……やっぱりそう思う?」


「はい」

「えっと、陛下、申し訳ございませんでした」


 内容が俺に関係していなければ、エリーシュも今この場で注意することはなかっただろう。

 ただ、主であるルーナリアに過ちを認めさせ謝罪させる必要がある、そう考えて彼女は動いたのだ。


「いや、別に気にしてないよ、ちょっと驚いたけど。まぁ、夫婦二人だけの時間だしね」

「ありがとうございます、ハルさま。母に頂いた金言を実践しようと頑張っているのですが、なかなか難しいです」


 金言と言うと先ほど口にしていた、夜は娼婦のように、というやつだろうか。

 実践するにしても今は朝だが……。


 俺はちぎったパンで口を塞ぐと心の中でツッコミを入れ、笑いかける彼女に苦笑いを返した。

 すると、彼女はふと思い出したように口を開く。


「そういえば、もうすぐ殿下がお戻りになられますね」

「あぁ、出立の連絡は届いていたし、予定ではそうだったはずだ」


 俺と血しか繋がってない息子であり、この国の皇太子であるジルベルト君は、一月ちょっと前から帝都を離れていた。

 行き先は彼に与えられている領地だ。


 彼の領地は帝国の端に位置し外敵への防衛に国として力を入れているが、併合してまだ十年余りと日が浅く、また文化や民族が異なることもあって統治には気を遣うことも多い。

 統治者として彼らの祭事を執り行うのもそのためだ。


「確か祭事を執り行いに行かれたのですよね。どのようなお祭りなのですか?」

「あー……俺も一度執り行ったはずなんだが、よく覚えていないな」


 ルーナリアが興味を持って聞いてくれたが、残念ながら体験していない俺が知るはずがない。

 俺が知っているのはリオットから聞いたことだけだ。


 統治者として歩み寄りを見せることで人心を得て、円滑な統治を続けるのが目的と彼は言っていた。

 祭事は四年に一度執り行われ、ジルベルト君は二回目で、その前を皇帝がしたらしい。


 つまり、皇帝がしたのは八年前か。

 よほど奇抜な祭りでもない限り、記憶が曖昧でも許される範囲だろう。


「祭事と言えど馴染みの薄い異民族のものですものね。無理も無いことかと思います」

「すまないな、ジルベルトが帰って来たら聞いてみることにしよう」


「はい、お茶会に丁度いい話題になりそうです」

「そうだな、それがよさそうだ」


 しかし、一月半も学校を休んでいいのだから、俺が思う学校と学院は少々違うんだろうな。

 恐らく、確実にこなさないといけないカリキュラムが存在する訳でもないし、こういう時代にこういう社会構造だ。


 優先すべきは家と領地。

 若くして統治者となった者は、学院に通っていても領地に問題があれば飛んで帰るのが当然なのだ。


 普通の貴族でもそうなのだから、皇太子で領地を持つ皇太子のジルベルト君が、公務のために学院を休んでも何ら問題があるはずがない。

 と、ジルベルト君の都合で日延べしていたお茶会だが、もう一人の招待客が気になった俺はルーナリアに尋ねてみることにした。


「ルル、アリアンヌは元気にしているか?」

「はい、皇太子殿下がいらっしゃらないので、特に何かに駆られることもなく、ご学友と学院での日々を過ごされているようです」


 ルーナリアは手にしていたカップを置くと、少し冗談めかしてアリアンヌの様子を教えてくれた。

 そうか、アリアンヌは入学のために帝都へ来たのに、いきなり父親のマルケウスに従兄妹であるジルベルト君を篭絡しろと言われたんだったな。


 新しい生活が始まる直前から、父親に足を引っ張られながら挑む難題は、なかなかに骨が折れたことだろう。

 俺としても、もう少し彼女のことを気遣ってあげた方がよさそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る