第56話 戦いの終わり

「うっ……」

「これで最後か」


 改めて見渡すも草原に立つのは俺一人。

 俺は丘上で狼狽えるジャックを見据えると、剣を手首でくるりと回し血を払って歩き出す。


「化け物めっ!?」

「きゃっ!?」


 近づく俺に恐怖を覚えたのか、奴は声を震わせて罵るとルーナリアを馬から引きずり下ろす。

 その光景に激昂した俺は、地面を蹴り飛ぶように肉薄したが、彼女の首元に短剣が突きつけられたのを見て止まった。


「それ以上近づけば姫を殺す!」

「貴様……」


「ノアレスタ卿っ、殿下に何をなさるのですか!?」

「うるさい! 俺のすることに口を出すな!」


 困惑する学生たちにも耳を貸さず、ジャックは血走った目で唾を飛ばしながら脅した。

 俺を殺すことに注力し過ぎて全てを失いかけている彼の頭には、もう王国での復権なんて夢は残っていないのだろう。


 俺としてはルーナリアが助かるなら最悪こんな奴逃がしても構わないが、ここまで追い込まれれば簡単には信じないか。

 しかし、みすみす引き下がって連れて行かせる訳にもいかない。


「もし彼女に傷一つでもつければ、この場で貴様を殺し、その足で王国を蹂躙する」

「……何を言ってるんだ、正気とは思えん。貴様は王国と同盟しているだろうが!?」


「確かに。なら、俺は皇太子に帝位を譲り一人で暴れることにしよう」

「ほ、本当に狂っているのか……一人で何が出来る!?」


 奴は狂人を見るような目で俺を見て、あえて強がるように息巻く。

 対して俺は丘の下を指し示して淡々と言う。


「あれくらいのことは出来たぞ。そうだ、まずは貴様の叔父の領地に行くとしよう。確か、母親と歳の離れた妹が居るはずだな」

「き、貴様ぁ……非武装の女の命で脅すつもりか!?」

 

「先に人の妻を攫った上に脅しておいてよく言うよ」

「殿下はっ……くそ! 貴様などと話そうとした俺が馬鹿だった。いいから武器を捨てて下がり俺たちを行かせろ!」


「馬鹿は貴様だ。そんな要求が呑める訳がない。が、彼女を置いて行くなら話は別だ」

「殿下を置いて行ける訳がないだろうが!?」


「欲を出すとロクなことにならないと身をもって知ったばかり……うん?」

「貴様に言われる筋合いは無いわ……って、貴様ら何をしている? いったい何の真似だ!?」


 俺が説得しようと試みていると、指揮官と思われる男の近くに居た学生たちが剣を突きつけ武器を奪った。

 そして、それを見た他の生徒たちもジャックに向かって剣を抜いたのだ。

 

「ノアレスタ卿、我々の負けです。王女殿下、改め皇后陛下を解放して下りましょう」

「馬鹿かっ、ここまでして引き下がれる訳がないだろうが!?」


「しかし、当初の話と違います。殿下には危険が及ばぬようにする、そういうお話だったではありませんか」

「それはこいつがここまで来たから仕方なく……!」


 片や男子生徒に降伏を勧められ、片や女子生徒に避難され、方々から同意の声が上がりジャックは慌てふためく。

 彼ら彼女らは俺や帝国に恨みを持つ子ども故、感情を揺さぶれば操り安かったのだろうが、逆に同じ時間を学院でルーナリアと過ごしていた。


 彼女への敬愛の心や忠誠心は、王国に所縁のある貴族として十二分に醸成されていたはずだ。

 そこに戦場で命まで救われて、恩を感じずに居られようか。


「この虐殺者への恨みを忘れたのか!?」

「いいえ。ですが、それとこれは話が別です。殿下に剣を向けている貴方と殿下を救おうとされている皇帝、一体どちらが悪でしょうか?」


 冷静に問いかける少女は俺を父親の仇と目の敵にしてきた子だ。

 その彼女にジャックは歯を剥いて吠える。


「貴様ぁ、チャンスをくれてやった俺を裏切るか!?」

「おい、子どもを恫喝するなよ、クソヤロウ」


「黙れっ、善人面した極悪人が!」

「……そうは言うが、戦場以外で俺が殺したのは賊だけだ。戦場で死んだのなら戦士のはずだが、貴様の父親は偉大な戦士ではなかったのか?」


「我が父を愚弄するつもりかっ、戦士に決まっている!」

「なら、貴様の父に敬意を払い、賊の血に塗れた剣を捨て相手してやろう」


 俺は歪んだ剣を捨てて誘う。

 だが、意外にも彼は勢いに任せて乗っても否定もしなかった。


 目は落ち着きなく動いていて冷静とは言えないが、どうにかして俺を殺そうと思考を駆け巡らせているのだろう。

 俺を殺せるほどの武人なら、もっと良いタイミングで前にでていたはず、それでも悩むのは他に道がないからだ。


 そんな彼の背中を押すべく俺は言葉を紡ぐ。


「俺を殺せば王国で大輪の華を咲かせるチャンスが手に戻る」


 奴の肩がピクリと反応した。

 俺はさらに続ける。


「仮にルーナリアと二人で行かせても俺は地の果てまで追うし、いずれは必ず捕まる。そうなれば母親や妹にも累が及ぶぞ」


 家族を引き合いに出すと動きっぱなしだった奴の目が止まった。

 先ほど脅した時も怒りを見せていたが、彼にとって二人はよほど大事なんだな……。


「……確かにな。それなら、賭けに出てみるのも一興か」

「……降伏する、という手もあるが?」


「臆したなっ、覚悟!」

「バカが……」


 元の世界の家族と二度と会えないであろう俺は、つい想う家族の居る男に同情してしまった。

 けれど、彼は心を決めてルーナリアを放し、剣を振りかぶり突っ込んできた。


 その動きも、振り下ろされる剣筋も、そのどちらも鋭いとは到底言えない。

 俺は躱した剣を上から掴むと同時に、左手で彼の剣を持つ手首を跳ね上げて剣を奪った。


 そして、逆手のまま剣を返し、躊躇なく彼の心臓に突き刺す。


「ごふっ……みごと……さすがは、くろい、しに、がみ……」

「安心して逝け。お前の家族に責は取らせん」


 俺の言葉を聞き終えるや否や、彼の身体から力が抜け地面に膝をついた。

 丘の下に向かって項垂れるようなその姿は、戦場に散った者へ頭を垂れているようにも見える。


「陛下っ!」

「おっと」


 ルーナリアは俺を呼び駆け寄ると、血と土埃や泥の汚れを気にせず力いっぱい抱きついた。

 いろいろ思うところのある戦いだったけど、無事に彼女を救えて本当によかったな……。


 久しぶりに彼女を腕の中に抱いた俺はしみじみとそう思った。

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