第55話 一番の強敵

「ったく、軽いと思ったら柄や芯は木製か……」


 重騎兵の半数以上を討ったところで振り回していた槍が折れてしまった。

 十騎ほど逃がしてしまったが、こんな悲惨な負け方をした傭兵がそう簡単に戻って来れるとは思えない。


 だが、問題はここからだ。

 仕方なく屠ったが徒歩な上に素手で重騎兵隊を正面から打ち破ってしまった。


「逃げないといいが……」


 不安になった俺は、つい小さく吐露して丘上を見た。

 すると、顔を歪めたジャックが俺を指差しヒステリックに叫ぶ。


「見ろ、動きを止めたぞ! あのような無茶をして体力が続くはずがない。誰でもいいから奴を殺せ!」


 折れた槍に戸惑い動きを止めたのを見て勘違いしてくれたようだ。

 もしくは、必殺の策が失敗して後に引けなくなったか。


 ジャックの命令に、四隅に布陣していた者たちが一斉に詰め寄って来る。

 ここが正念場か、まだ百人以上居るよな……。


 さすがに素手では追いつかない。

 俺は槍を捨て息絶えた重騎兵の腰から剣を抜いた。


「来い!」

「殺せぇええええ!」


 来いと言いつつも、俺は一番減らしやすい賊の塊に自分から突っ込んだ。

 やはり数を減らすことが第一だからだ。


 装備の整った傭兵や馬に乗った騎兵だと流れるようにとはいかない。

 その点、鎧も動きもまちまちな賊は、剣を握った今は先ほどよりもっと簡単に片づけられる。

 

「ぐぇ!?」

「うわぁああああ!?」


 一振り毎に断末魔の悲鳴が鳴り骸が出来る。

 いや、大きく横に薙げば出来る骸は一つとは限らなかった。


「くそっ、これのどこが疲れてるんだよ!?」

「関係ねぇっ、斬って殺すんだよ!」


 戸惑う賊を意に介さず、俺は手当たり次第に斬りまくる。

 だが、ふと背後に気配を感じ振り返りざまに一閃すると、これまでと異なる手応えが返ってきた。


「ぐっ!?」

「む、もう来たか」


 斬ったのは揃いの金属鎧を着た傭兵だ。

 さすがに一刀両断とはいかず、斬ったというか大きく鎧を凹ませ転がっていく。


「いつもの剣なら斬れていそうだが、なっ」

「こハッ……」


 振るわれる剣を弾き、生まれた隙に防御の薄い喉を切り裂いた。

 反射的に喉を押さえた男の手から剣が落ちる。


 俺はそれを左手で握り、二刀で乱戦に挑むことにした。

 練度と装備が優れる傭兵にも速度を落とさず殲滅していく。

 

「急所を狙ってくるぞっ、盾を使い無理をせず相互に連携しろ!」

「させるかよ」


 傭兵はさすがの反応を見せたが地力が違う。

 いくつかフェイントを織り交ぜれば受けきれる者はそうそう居なかった。


「くそっ、黒い死神め……!」

「諦めるなっ! 奴は一人だ、勝機は必ずある!」


 時に手早く急所を狙いつつ、時に二刀同時に大胆に振って吹き飛ばしスペースを作る。

 だが、敵も隙を伺っていたようで、大振りすると遠巻きにしていた騎兵たちが突撃してきた。


「どけぇえええ!」

「ちっ、そう来たか」


 先頭の男は突撃用のランスどころか剣も手にしていない。

 しっかりと両手で手綱を握っている。


 となると狙いは明白、俺に馬ごとぶつかって押し倒すつもりなのだ。

 しかし、そうと分かれば馬鹿正直に付き合ってやる義理はない。


「ふん!」

「うぉっ!?」


 俺は右手の剣を逆手に持ち替え投擲した。

 転ばせるべく足を狙ったが剣は馬の胴に刺さり、けたたましい嘶きを上げて棹立ちになり倒れる。


「む……ズレたか。まっ、結果オーライだな」


 後続の騎兵の足も止まったのを見て、俺は再び一刀で背後に迫っていた賊を切り捨てた。

 これで、然したる脅威は無くなったか?


 敵を切り捨てる動きの中で丘上を伺うも、ルーナリアはまだ俺の馬に乗ってそこに居た。

 それだけでなく、隣に立つジャックに動きもない。


 違うか、動けないんだな。

 丘上の残るのはごく少数の生徒たちのみ、もう奴には打てる手が無いのだ。


 なら、俺がここの連中を始末すれば買ったも同然だ!

 そう思った時、武器を持つ敵兵の中に異色の者が目に入った。


「やぁああああ!」


 そう言って細く短い剣を振るのは一人の少女だった。

 革のチェストプレートの下には白い制服が見えている。


 とっさに、俺は振るわれる剣に対し、受けようとしていた剣も引いてしまった。

 もしものことがあってはルーナリアとの約束を違えてしまう、そう思ってしまったからだ。


「父の仇!」

「くっ!」


 俺は仕方なく腕を交差させ気迫の籠った一閃を受け止めた。

 けれど、鎧越しに腕に響く衝撃より、彼女の言葉の方が深く刺さる。


 俺じゃないんだ……。

 向けられる憎しみに心の中でそう呟きながら、そのまま腕を広げて剣を折る。


「そんなっ……すみません、父上、母上……」


 俺は死を覚悟して目を瞑る少女に背を向け剣を振う。

 おかしなことに、彼女に責められるより賊を屠っている方が気分が楽に感じる。


「なっ……なぜ殺さない!?」

「ルーナリアに頼まれたからだ。さっさと戦場から去れ」


「王女殿下が私のことを……?」

「お前だけじゃない。学院の者たちの命だけは、と頼まれたんだ」


 憤った少女はルーナリアの名を出すと唇を噛み俯いた。

 その間も、数人の賊や傭兵が物言わぬ死体となったが、その目はどこか俺に抗議しているように映った。


「武器を取って戻ってくるぞ!?」


 少女は泣きそうな顔で俺を脅す。

 武器ならそこら中に落ちているが、それを手に取らないのは彼女の矜持か、それとも少女の細腕にはどれも重すぎるのか。


「命が奪われぬのをいいことに挑み続けるつもりか?」

「嫌なら殺せっ、卑怯だろうと知ったことか!」


 前者か……。

 厄介だが、彼女が突っ立ってくれることでスペースに余裕が出来ている。


 とはいえ、もう関係ないくらいに敵も大分減ったけどな。

 少し余裕が出て来た俺に、思いも寄らぬ方向から援護があった。


「嬢ちゃん、剣取って戻って来な」

「……ぇ?」


「そうだ。それまで俺たちがこいつを足止めすっからよ!」

「そんな……でも……」


「おらっ、さっさと行けよ! そこに突っ立たれてると邪魔なんだよ!」

「ご、ごめんなさいっ……」


 傭兵や賊の説得に彼女は泣きながら下がって行く、他にも居た仲間たちと一緒に。

 彼女が意地を張って残って居たのは恐らく負い目もあったのだろう。


 自分はルーナリアに気にかけて貰えたお陰で死ななかったが、学生でない彼らは違う。

 同じ戦場に同じ側で立っているのに、あまりにも不公平だ。


 けれど、その味方に気遣われてまで彼女も残ることは出来なかった。

 俺は剣を下ろし皮肉交じりに礼を言う。


「クズのくせに良いところもあるもんだな」

「うるせぇ、ガキに戦場は似合わねぇってだけだ」


 そうだそうだ、と声が上がる。

 中には矢を浴びせられた者も居るだろうに。


 俺は頭を振って剣を握り直すと、出来るだけ手心を加えながら残った者たちを無力化していった。

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