第54話 必殺の布陣
二十人くらい倒しただろうか、手傷は負っていないが鎧にはいくつも傷がついている。
鎧の傷のほとんどが避けなかった矢によるものだが、中には避けきれなかった近接武器による傷もある。
「それにしても妙だな……ふん!」
「ごふっ!」
また一人、青草の茂る地に沈めたものの、先ほどから思った様に動けていなかった。
と言っても、決して疲れで動きが鈍っている訳ではない。
「矢が来るぞぉ!」
「おらっ、下がれお前ら!」
掛け声に賊が下がり、俺も空を見上げて矢を躱す。
問題は動く方向を矢で誘導されていることだ。
「ちっ、またこっちか……」
少し前から飛んで来る矢が増えていたが、ふと丘上を見やると弓兵が増えている。
もちろん、無理をすれば誘導から外れられそうではある。
しかし、矢の密度が濃い方には、ばらけさせていた賊が不揃いながらも既に固まりになっていた。
あれに絡め取られれば時間を稼がれ、どの道俺をハメようとしている策をぶつけられるだろう。
「マズいっちゃマズいが、結局はどの程度の罠かということだが」
「おらぁっ!」
矢が止んで戻って来た賊の斬撃を避け、腕を取ってそのまま背後から近づいていた賊に投げつける。
「うわぁあああぐぅっ!?」
「おごっ!?」
綺麗に頭と頭でぶつかって伸びてくれた。
死んでなかったらアレで入れ替わっててもおかしくな——。
「おっと」
「余所見とは余裕だなぁ、クソ皇帝!?」
自分がやったものの、あまりに痛そうな衝突に軽く現実逃避していると、鼻先を槍の切っ先が抜けていく。
ま、どれだけ痛かろうが死ぬよりマシか。
俺は槍を叩き折り拳を鼻っ面に捻じ込むと、飛んでいく男を見てそう思った。
そこへまた矢の音が届く。
「ちっ、避けるしかないか」
幾度となく矢を防いでくれた毛皮はボロボロで、この矢を防いでくれる保証は乏しかった。
俺は毛皮を捨て頭を庇いつつ密度の薄い方へと動く。
ちょうどいいことに動いた先に十人程度の手ごろな集団が居る。
俺は速度を上げて襲い掛かったが、奴らの反応はこれまでとは違った。
「来たぞぉ、左右に展開!」
「急げ急げっ、ダラダラしてっと轢かれるぞ!」
思いもよらぬ反応に俺の足が止まる。
迎撃せず左右の塊に合流していく彼らの居た所、その後ろにピントが合うと、小さな林の隙間から騎兵が染み出てきた。
「……なるほど、こう来たか」
揃いの鈍色の装備を付けた重騎兵の伏兵、傭兵団か。
並んで隊列を組む姿から、既に今までの賊とは練度が違う。
周囲を見ると、前方の左右には生き残った賊が二手に分かれている。
そして振り返ると、左後方に重騎兵と同じ装備を着た歩兵の一団、そして右後方に丘上に居た騎兵たちが居た。
「囲まれたか」
「おーい、これでもまだ死ねそうにないか?」
皮肉が聞こえて丘上を見ると、ジャックがニヤけ面で俺を見ていた。
さすがに元、いや、貴族なだけあってこれくらいの用兵はしてくるか。
ちょっと上手くいったからって腹立つ顔しやがって……。
それにしても、この絵図があったから賊は味方の矢を喰らっても逃げなかったのか、それとも後ろにあの傭兵団が居たから逃げるに逃げられなかったのか。
「どっちでもいいが、結構ヤバいな」
間を抜けようとすれば挟まれて重騎兵の突撃を受ける。
一番脆いのは賊の歩兵だろうが、そこに行っても重騎兵は味方の損害を無視して突っ込んでくるだろう。
「まぁ、ルーナリアが居るから逃げる訳ないんだけど」
俺は不思議と笑みを浮かべつつ隊列が整った重騎兵を見る。
どうせぶつかるのは先頭の一騎、か。
「受け止め……られるかぁ?」
なんとなく出来そうな感じがするのが怖いけど、やっぱり弾いて馬に組みつく方がいいか。
なんて考えていると、ヘルムに羽飾りの付いた先頭の男が俺に向かって言う。
「がははは、あの死神ハルフリードが子鹿のように震えて動けずに居るわ! 皆の者ぉ復讐の時だっ、我に続けぇぃ!」
「好き勝手言いやがって……絶対に止めてやる」
前方からは突撃の雄たけびが、周囲からは応援の歓声が上がる中、俺は一気に駆けてくる重騎兵連隊の先頭に集中した。
……一瞬だ。
失敗すれば鎧があろうと簡単に貫かれるはず。
まずは掴む。
「死ねぇぇぇい!」
「うぉおおおおおおっ!」
馬、騎手、鎧、それらの質量が速度を伴い、研ぎ澄まされた槍の先端で集約された力となる。
俺は切っ先を避けて掴んだが、金属の槍は掴み切れずに滑る。
「馬鹿めが!」
馬上から勝利を確信する声が届く。
だが瞬間、不安そうに俺を見つめていたルーナリアの顔が脳裏を過った。
「死んでたまるかぁああああ!」
「なんとっ!?」
僅かに槍をひしゃげる感覚と共に鎧に槍が当たる。
いや、多分微かに刺さっていた。
だが、それでも俺の手は槍を受け止め、足が若草茂る大地を削りながら突撃の勢いを殺していく。
槍を掴まれた騎兵の目は驚愕に彩られていたが、俺と目が合うと馬を叩き押し込もうとする。
「ばっ、馬鹿な!?」
だが、もう遅い。
俺の足の裏にはドンドンと削れた土が貯まり、あたかも陸上のスターティングブロックよろしく俺に力を貸す。
「おらぁっ、吹っ飛べ!」
「ぬぉおおおおおお!?」
俺は渾身の力で大地を踏みしめ、刺さった鎧を支点に槍を振って馬から騎兵を放り上げた。
さすがに槍から手を離したら無事で済まないことが分かるからか、奴は必死に槍を掴んでいるが、それならそれでやりようはある。
「沈めぇっ!」
「ぅッ……」
俺は伸びきった腕で槍を掴んだままの男を振り下ろし、通り過ぎて行く他の騎兵にぶつけた。
受け止めた騎兵を乗せていた馬も腰砕けになり地に伏せる。
無事だとは思わないが、それ以上確認しはしなかった。
騎兵は他にも居る。
俺は槍を持ち替えると、ここぞとばかりに指揮官と速度を失った重騎兵たちに襲い掛かった。
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