第50話 計画の全貌
俺は城門の前に立ち続けていた。
そして、赤い空が暗くなり始めた頃、第二報が届く。
「陛下、皇后陛下が攫われた手段が分かりました」
「聞こう」
「学院からの連絡で王国出身の者や王国に所縁がある者が十名ほど消えました。その内の何人かが以前から皇后さまに接触していたことが確認されています」
「子どもが計画して攫ったと言うのか?」
俺が問うと鎧姿の伝者は押し黙った。
まだ確認が取れていないのか、それとも子どもに近衛騎士が出し抜かれたと認められないのか。
ただ、王国の過激派が攫ったというのは現実味が帯びてきた。
それを裏付けるのようにリオットがやって来て声をかけてくる。
「陛下、ただの子どもではありません。王国や帝国に恨みを持つ子どもです」
「……親を戦争で亡くしたか?」
「全員とは言えませんが、確認が取れた者は数人居ります」
「まぁ、このタイミングで消えたということはそういうことだろう。理由はその一つに限らんだろうが」
「ええ、私もそう考えます。それに、所詮彼らは駒に過ぎないかと。学院に通う者に国家間の移動は難しいですから、頭は別に居るでしょう」
「子どもをいい様に使うクズか……」
恨みを抱いた子どもと聞いて揺らぎかけた心の火が、見えずにいた敵の輪郭が形になったことで燃え上がる。
静かに猛る俺に伝者が後退りし、通りがかった召使いが平伏するも、リオットは平然と語りかけた。
「陛下、今消えた生徒たちと例の王国過激派の容疑者たちの接点を調べております。程なく絞り込めるでしょう」
「分かった」
「ところで、お止めしてもしても行かれるのでしょうね」
「もちろんだ。俺が自分で助けに行く」
リオットも口にはしたものの、それは既に問いかけにすらなっていなかった。
彼は俺の言葉を聞いて頷く。
「では、せめて鎧はお付け下さい」
「要らん。付けている間に報せが入っては困る」
傍らには既に俺の馬が着ていた。
ルーナリアが見つかり次第、いつでも飛び乗って行けるようにだ。
最初は立ったままだった愛馬も、俺と違い肝が据わっているのか、こんな何もない所で座り込んで休んでいる。
確か馬ってあまり座って休まないはずなんだけどな……。
「では、ここにお持ち致しますので」
「要らん」
「なら、陛下にはこれ以上のご連絡は差し上げられません。皇后さまは私の手勢でお救いに参ります」
「……分かった。急いでくれ」
リオットは礼をして城に戻って行った。
やがて、召使いたちが囲いと鎧を持って来て、俺に鎧を着けさせていく。
さすがに豪胆な愛馬も慌ただしい人の動きは気に障ったのか、鼻を鳴らして立ち上がり世話係と共に少し離れていた。
やがて、空がごく僅か白くなりかけた頃、愛馬と共に再び報せを待っていた俺をリオットが呼ぶ。
「陛下、敵から接触がありました」
「そうか。敵の正体は?」
「もちろん分かりました。我々の推測と間者の調べで一致しております。間違いないかと」
「さすがだ。ここで話せるか?」
学院の子どもとは言え内通者を使っていた相手だ。
俺が警戒して聞くとリオットは首を横に振る。
「必要ありません。陛下がここに居ることは城中の者が既に知っています。内通者が居るとしても周囲には誰も居りません。下手に動く方が警戒されるかと」
「分かった。それで?」
「首謀者はジャック=ノアレスタ。先の戦争で領主であった父を失い、その後の混乱に乗じた叔父に領地を奪われた者です」
「つまり、王国の元貴族か。その者もあの戦場に?」
どう聞いても俺や帝国に良い感情を持っていそうな経歴ではない。
リオットは頷いて続ける。
「はい。あと、元ではなく今も貴族ではありますね。領地を奪われた後は叔父であるノアレスタ伯に仕えておりました。ただ、彼は何年も前に出奔しています」
「……家族とはいえ自分から領地を奪った相手の元に居るのも難しいだろう」
「はい、彼の母と妹は叔父の家に残ったようで、あくまで憶測ですが、彼は帝国や王国に責任を転嫁したのかと」
「何でもいい。敵対したのだから潰すだけだ」
どんな事情があろうと関係ない。
ルーナリアに手を出した、理由はそれで十分だ。
「仰る通りです。ですが、一つ問題が」
「なんだ?」
「敵は陛下の命を狙っています」
「ほぅ、ようやくのいい報せじゃないか。つまり、俺の首に手が届くところに居るということだな?」
「仰る通りですが、問題は彼らが自分の手で陛下を始末しようとしている訳ではないことです」
「……どういうことだ?」
てっきり恨みを晴らすべく罠にでもハメられるんだろう、そう考えたのだが少々毛色が違うらしい。
不審に思う俺に彼は敵からのメッセージを伝える。
「密書にはこうありました。変革の時は今、我らの居場所を報せる故、皇帝に密かに報せ少数の私兵を率いて連れて来い。そして、我らの前で逸った皇帝を後ろから討て、と」
「なるほど。つまり、そこに行ってもルーナリアは居ないのか?」
「いえ、そうではありません。手の者が尾行しておりますので、皇后さまの居場所は把握しております」
「では何が問題だ?」
「向こうもこちらを信用した訳ではありません。既に分かっているだけでも三十は居ますし、恐らくはいくつか備えがあるでしょう」
「そうか。気取られれば逃げられるということだな」
リオットは俺の答えに頷く。
彼もたかが三十人で俺が止められるとは考えていない。
問題はそいつらに時間稼ぎをされたら、ルーナリアが連れて行かれてしまうということだ。
だからと言って十分な兵を率いて行けば、辿り着く前に気づき逃げてしまうだろう。
「敵の狙いは王国での復権と思われます。そのための障壁となる陛下や帝国の力を削ぎたいのでしょうが、計画の根幹が揺らぐ程のリスクを背負うとは思えません」
「俺の命は欲しいが、奴らもそう簡単に手が届くとは思っていないか……」
首謀者は戦場での俺を知っているのだ。
ルーナリアを帝都で攫う計画を立てただけあって、警戒して当然と言える。
だが、そこで思いついた。
奴らに手が届くと思わせられれば、恨みを晴らさずに居れるだろうか、と。
「いかがなさいますか?」
「疑われない人数を用意しろ。あとは俺が向こうで何とかする」
「何とかなるのですか?」
「あぁ、自信はある」
「不安なので私の方でも手は打っておきますが。そうですね、兵は六人……いや、八人がせいぜいでしょうか」
「少なすぎても疑われるだろうからな。それで行こう」
背後からなら俺を殺せる、そう奴らに思わせられる人数でないと、その場合でも辿り着く前に疑われて逃げられかねない。
イメージでは八人くらいなら何とかなりそうな気もするが、もしも向こうが三十人と考えると十では多いという判断だろう。
話は終わり、いざ作戦の時だ。
しばらくの後、俺はリオットが呼んだ彼の派閥の貴族に連れられ、槍を手に愛馬に跨り密かに帝都の外へと出た。
ルーナリア……今、助けに行く。
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