第41話 帝国恋愛模様

 さすがに手を繋がれただけで一睡も出来なくなることはなく、ルーナリアの寝息を聞いていた俺はいつの間にか眠りに落ちていたようだ。

 目を開けると、カーテンの隙間から差し込んだ光に照らされたベッドの天蓋が、ぼんやりと目に入った。


「おはようございます、へいか」

「おはよう、ルーナリア」


 既に起きていたらしいルーナリアに挨拶されて右を向くと、前のようにぽわぽわ状態の彼女が俺を見ていた。

 ……めちゃくちゃキスしたい。


 でも、昨日とは違うのだ。

 教会では儀式の一環だったし、城門の上ではパフォーマンスとして予めキスすることは決まっていた。


 けれど、ここは人目に付かないベッドの中、キスをする理由がない。

 悲しいことに俺と彼女は平和のための契約夫婦で、一方的な俺の片想いだ。


 彼女は皇帝である俺を尊敬し側に居てくれるが、欲を表に出せばどうなるか。

 たった一度のキスで嫌われたくはない。


「ぁっ、陛下、お加減はいかがですか?」

「あぁ、すっかりよくなったよ。ぐっすり眠れたおかげだな、ありがとう」


 俺の体調を気にしたことで覚醒したのか、ルーナリアはキリっとした顔で尋ねてくれた。

 なんだか、彼女の朝のまどろみを妨害してしまったような気になるな……。


「お元気になられてよかったです。では、簡単に身を整えて朝食にいたしましょうか」

「そうだな、そうしよう」


 俺はベッドから出る彼女を見ないように起き上がると、準備をしていた熟練のメイドたちがすぐ側に来た。

 俺はその場で顔を洗い口をすすぐと、メイドにローブを着せられテーブルに案内される。


 ほどなくしてルーナリアも席に着き、朝食が運ばれてくる。

 パンだけで十種類近くあるし、料理の種類を数えるのも億劫になる豪華さだ。


 あえて注文を付けるとすれば若干冷めかけということだろうか。

 致し方ないこととはいえ、皇帝になって宮殿で温かい食事をしたことは数えるほどしかない。


「ん、おいしい」

「あぁ、このパンもオリーブがいい塩梅だ」


 神様への祈りを済ませ、美味し過ぎる朝食に舌鼓を打つ。

 結婚して翌朝、初めての朝食だから料理長が腕を振るったのか、彼女と食べるから美味しいのか。


 などと考えつつ、ふたり言葉数少なく食べ進めていた。

 その時、ふと彼女の予定が気になって尋ねる。


「今日の予定を聞いてもいいか?」

「はい。学院に行って参ります」


「昨日の今日でもう行くのか」

「既に休暇は終わっておりますので、私だけ行かないという訳には参りませんから」


 予定が空いていたら昼過ぎにお茶しようと思ったが、俺の目論見は外れてしまった。

 まぁ、そう急ぐこともないか。


 俺も彼女に倣い真面目に政務に取り組むことにしよう。

 しばらく二人で朝の時間を楽しんだ後、俺は彼女と別れ身支度を整えるべく自室に戻った。



「ふむ、リオットからは何かあったか?」

「いいえ、特に言伝は頂いておりません。ですが、ランベルト侯爵が執務室でお待ちです」


「マルケウスが……?」

「はい、陛下」


「分かった。では、この後は執務室に参る」

「畏まりました」


 メイドと話しながら身支度を整え終え、俺は執務室に向かった。

 こんな朝一から何の用だろうか。


 昨日も晩餐会で人一倍話したはずだが、まだ話したりないのだろうか……。

 まぁ、彼からすれば昨日は周囲へのアピールで、今日は本題と言えるのかもしれないが。


「陛下っ、おはようございます! いやぁ、昨日はいい式でしたなぁ……。一日経った今も陛下と皇后陛下の光輝く仲睦まじい姿が目に焼き付いて離れません!」

「おはよう、マルケウス。お前に喜んで貰えたのなら何よりだ」


 朝っぱらからアクセル全開な義弟に、俺はやや投げやりに答えた。

 だが、彼はブレることなく礼を言って続ける。


「もったいないお言葉っ、誠にありがたく存じます! ところで陛下、私は一度領地に戻ろうと考えておりまして。本日はその挨拶と、婚姻されました両陛下へのお祝いをお持ち致しました」

「そうか。いつも気を遣わせて悪いな」


 俺はマルケウスを労い、召使いに受け取らせず自ら目録を受け取った。

 彼は案の定破願して喜んでみせる。


「なんのなんのっ。お祝いですからな、ぜひご笑納ください。ところで、出来れば皇后陛下にもご挨拶させて頂きたいのですが、お目通り叶いますでしょうか?」

「ルーナリアなら学院へ行ったはずだが」


 見ると、彼の後ろに控える召使いの手に、俺に渡したのと色違いの目録があった。

 まさか、結婚祝いを夫婦別口で用意していたのか……。


 前に彼女の後ろ盾になってくれと言ったが、さすがの財力に行動力だな。

 俺が内心驚いていると、マルケウスはマルケウスでルーナリアに舌を巻いたらしい。


「なんとっ、昨日ご婚姻なされたばかりなのにですか。いやはや……さすがは国母となられたお方だ。アリアンヌにも皇后陛下によく学ぶよう、しっかり言付けさせて頂きます」

「……あぁ、俺からも皇后に出来る範囲でアリアンヌを気に掛けるよう頼んでおこう」


「おおっ、大変なお気遣い痛み入りますっ。両陛下の薫陶を受ければアリアンヌもいずれは、皇后陛下に次ぐような国母に相応しい女性に成長することでしょう!」


 俺もアリアンヌに協力するよう、さらっと要請された気がするが聞き違えただろうか。

 良いように使われている気がしないでもないが、こいつの忠誠心に対価は必要だろうし、これくらいなら仕方ないか。


 と言っても、俺は学院に行く機会はほとんどないしアリアンヌと会う機会も少ないと思うが……。

 そういうことか……ジルベルト君に会う機会を作るために娘を宮殿に呼んでくれってことだな、きっと。


「そうだ。今度、親睦を深めるための家族のお茶会をしようと皇后と話していたのだが、その時はアリアンヌも呼んでも構わないだろうか?」

「なんとっ、娘にとってなんと身に余るお誘いでありましょうか。是非ともお受けさせて下さいませ。私も微力ですが会の成功に協力させて頂きますので!」


「ただの内々のお茶会だ、そう気張るな。お前のせいでアリアンヌが変に緊張しても可哀そうだ」

「ははっ、申し訳ございませぬ。陛下の娘への温かなお心遣い、大変ありがたく心に刻みます」


 マルケウスはいつものようにわざとらしく礼を言うが、彼には裏がほぼ無い分、気は悪くはならない。

 そうだ。一応、結婚式のあのことを聞いておくか。


「ところで、昨日はジルベルトの隣の席が空いていたが、ジルベルトとアリアンヌの仲はどういった具合だ?」

「もぅし訳ございませんっ!」


 俺はジルベルト君と話す前に情報を仕入れておきたい、そんな軽い気持ちで聞いたのだが、彼は俺が尋ねるや否や身を投げ出して平身低頭した。


「どうしたというのだ、マルケウス。お前がなぜこのように謝る必要があるのだ」

「いえっ、陛下……私の尽力も及ばず娘を殿下の隣に置くことは叶いませんでした。陛下のご期待に沿えなかったのです。こうして頭を下げねば気が済みませぬ!」


 やはりお前のせいか……。

 まだ確定した訳ではないけれど、無関係でもなさそうだ。


 しかしそれでも、侯爵であり皇帝の協力者である彼を床に這い蹲らせておく訳にもいかない。

 俺は彼の腕を取り立たせる。


「男女のことなど明日どうなっておるかも分からんだろう。たかがこの一月かそこらのことでそう自分を責めるな」

「はっ……ありがとうございます。アリアンヌは前向きですので、しばらくは娘に任せてみようかと考えております」


「ほぅ」


 当事者であるアリアンヌに意欲があるのなら、ジルベルトに警戒されているマルケウスがしゃしゃり出るより、よほど可能性がありそうだ。

 ジルアリに少し希望が持てたところに、マルケウスが興味深い情報を教えてくれた。


「あと、男女の仲ということで一応お耳に入れておきますと、調べたところ皇太子殿下とあのレイカなる娘の仲も今はあまりよろしくないようでして」

「なに……ルーナリアを振ってまで選んだのにか?」


「はい、そういった経緯がありますので、もしかすると諜報員の間違いとも考えられますが。仮に事実であればアリアンヌと帝国には追い風となりますので、お知らせした次第にございます」

「うむ、にわかには信じがたい話だな……」


 マルケウスも話半分、うまくいけば儲けくらいに考えているようだ。

 それにしても……本当にジルベルト君はどうなっているのだろうか、心配だ……。

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