第36話 大聖堂で君を待つ

 ルーナリアを乗せた馬車は方々で帝国民の祝福を受けたが、帝都での歓迎は一際大きなものだった。

 道中の天気も良くトラブルもなく、至って順調に帝都へ辿り着いたのは一昨日のこと。


 一つ不満があるとすれば、国境で馬車に乗せて以来彼女と会えていないことだろうか。

 彼女に付いてきたエリーシュには、挙式前に花婿が花嫁に会うのは縁起が悪いから、と言われたが既に花嫁姿も一度見ているのだ。


 きっとあれは例外として除外したのだと思うけれど、ちょっと納得いかない。

 それでも、迷信と言い切る根拠はないし、ルーナリアや周囲を不安にさせたくもない。


 おかげで、すぐ近くに居るのに会いに行けず、悶々とする日々を過ごすことになった。

 だが、会えない時間もあと少し。


 恐らくルーナリアはこちらに向かっている最中だろう。

 俺は教会の大聖堂で彼女の到着を今か今かと待ちわびていた。


「ふぅ……」


 軽くため息を吐く俺の前には小さな祭壇があり、その向こうに居る優しい笑みを浮かべた大司教のカサンドラと目が合った。

 彼女は儀式を執り行うためか金色の法衣を纏っている。


「陛下、もうすぐ王女さまがいらっしゃいます。少し落ち着きください」

「む……すまん」


 自分では無意識だったが緊張が目に見えるほど出ていたらしい。

 俺は謝ると見える範囲の服装を最終確認し、今度は心を沈めるべく深く息を吐いた。


「とてもお似合いですよ、陛下。陛下にはやはり黒が似合います」

「ありがとう」


 黒地に金糸で装飾が施された衣装は、ルーナリアを乗せてきた馬車とは比べるべくもないが、帝国的美的センスが表れている。

 てっきり結婚式と言えば白かと思っていたが、そうでもないのかな。


 まぁ、主役はルーナリアだ。

 隣に立つ彼女がより映える方が俺としてもいい。


 それにしても、結婚式は思った以上に現代っぽくない。

 宗教指導者が取り仕切る宗教儀式的な奴だ。


 まぁ、時代的には当たり前と言えば当たり前なのだが。

 心のどこかで、乙女ゲーム的世界に転生したのでは、と危惧していた俺としてはちょっとした安心材料である。


 しかし、こうなるとジルベルト君がいよいよヤバい。

 だって、自分で乙女ゲーム的婚約破棄に至ったことになってしまうのだから。


 なんとしても彼には是非目を覚まして頂きたい。

 皇帝の周囲を固める人間が、皇太子は優秀だと口を揃えて言っているのだし、妙な女性関係で身を滅ぼして欲しくないのだ。


 身も蓋もない言い方をすれば、レイカ嬢に怪しげな術や薬で操られてくれていた方がマシ。

 ……というか、パッと思いついただけだが、むしろそうなら最高である。


 皇帝として彼女を魔女として処罰する理由になるからだ。

 けれど、俺はその恐ろしい考えを頭を振って追い出す。


「陛下、大丈夫ですか?」

「あぁ……問題ない。少し冷えたようだ」


「そうですね。ここは広いので暖かくなりにくいのです。火を焚かせましょうか?」

「いや、大丈夫だ。ありがとう」


 気遣ってくれたカサンドラに礼を言い取り繕う。

 ここはゲームじゃなく、レイカも一人の人間なのだ。


 少なくとも俺は前時代的価値観で、そう簡単に無実の人間を切り捨てることは出来ない。

 そんな考えに至ったその時、大聖堂の大きな扉が開かれる音がして俺は振り向く。


 そこには光の中に輝くルーナリアが居た。

 大聖堂に込められた光のトリックに魅せられ、参列者からため息が零れる。


 そんな王女への評価に満足したのか、いつぞやの大使がドヤ顔で隣に現れルーナリアに手を差し伸べた。

 その手を取った彼女は彼に付き添われ赤い絨毯の道を静かに歩む。


 薄暗い大聖堂は深い紺色の衣装を着た大使を埋没させ、一方のルーナリアを純白のドレスにやわらかな光を与えて浮き上がらせる。

 設計した人間がこれを想定していたのだろうか、それとも後世の人間が気づいたのだろうか。


 どちらにしても見事としか言えない。

 俺が見惚れている間にも彼女は一歩、また一歩と近づく。


 彼女が一歩近づくほど胸が高鳴っていく気がする。

 心臓が苦しい。


 見てください皆さん、この綺麗な彼女は俺と結婚するためにここに居るんです。

 苦しさから解放されようと、思わずそう叫びたくなる。


 だが、ルーナリアしか見えていなかった俺の目が、参列者の最前列に居たジルベルト君の姿を捉えた。

 しばらく前まではそこに居なかったはず、というか朝も会っていない。


 たぶん、想い人であるレイカをギリギリまで説得しようとしたのだろう。

 彼の隣には、誰も居ない。


 少し視線を動かすとマルケウスの側に一人の少女が見つかった。

 あれがアリアンヌか……早めに諦めて今回だけでも彼女を隣に座らせればよかったのに……。


 どうも不器用なんだよなぁ……。

 そんなところで脳筋皇帝に似てしまったのだろうか。


 思わぬところで落ち着かされてしまったが、気づくとルーナリアはすぐそこまで来ていた。

 おかげでジルベルト君の顔を見ずに済んだ。


 もし目が合えばどんな顔をすればいいか分からないからな……。

 そういう意味では朝も会わずに助かったか……。


 ルーナリアは眼前にあった三段の階段を上ると大使の手を離れ、俺に軽く礼をして隣に立った。

 彼女が前を向いたことで、半身になっていた俺も自然とカサンドラの方を向く。


 すると、カサンドラは俺たちにゆっくりと目をやり、少し間を持たせてから口を開いた。


「今日の良き日を迎えられたことを神に感謝いたします」


 カサンドラが続いて祈りの言葉を紡ぎ、婚姻の儀式が始まる。

 彼女の言葉に集中していると、余計なことが頭から抜けていってくれる気がした。

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