第37話 二人の誓い
式は順調に進み、ようやく俺にも馴染みのあるパートに差し掛かる。
正直、讃美歌はよかったが、神様の話とかされてもよく分からん。
「新郎ハルフリード、あなたはここに居るルーナリアを妻とし、健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も妻として愛し敬い、その命ある限り寄り添い慈しむ事を誓いますか?」
「誓います」
俺の宣誓にカサンドラは満足そうに頷きルーナリアの方を向き尋ねる。
「新婦ルーナリア、あなたはここに居るハルフリードを夫とし、健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も夫として愛し敬い、その命ある限り寄り添い慈しむ事を誓いますか?」
「誓います」
「では、永遠の愛の誓う指輪の交換を」
カサンドラの言葉に指輪が運ばれてきた。
俺は敷かれた赤い布に丁寧に置かれたダイヤの指輪をそっとつまみ、反対の手で彼女のひんやりとした左手を取る。
「心をこめて差し上げてくださいね」
口の中の渇きに気づいた俺はカサンドラの言葉に頷き、指輪を落とさぬよう慎重にくすりゆびへと通していく。
ようやく指輪が収まって、俺はちらりとルーナリアの様子を伺うと、目じりを下げた彼女がくすりゆびを眺めている。
喜びは彼女の閉じた唇にも見られ、そのいじらしい可愛さに血が沸き立つと同時に、とても嬉しくなった。
なぜなら、彼女は国のため平和のため皇帝との婚姻に踏みきったはずだから。
俺と彼女は、言わば平和を共に築く盟友でしかない。
彼女にとって俺は皇帝であって支える相手ではあるが、そこまでだ。
恋愛対象ではないことは分かっている。
無論、彼女は先ほど誓いを立てたが、恋愛感情が無くても嘘にはならない。
愛は、きっと好きだけじゃないから。
彼女が俺を男として望まなくても、俺たちは嘘偽りなく夫婦になれる。
本当はちゃんとした夫婦になれたらよかったんだけど、それはまだまだ高望みで。
いつか月日が流れたら、彼女にもう一度想いを伝えられたらいいな……。
……そんな彼女が、人生で一度きりのこの瞬間を愉しんでくれている。
俺と一緒に。
彼女の胸の内に俺の望む想いがなくても、この顔が見られただけで十分だ。
そこで、俺が見ていることに気づいたのか、視線を上げた彼女と目があった。
「陛下……お手を……」
「あ、あぁ……すまない……」
恥ずかしそうに頬を染めたルーナリアに謝り手を離すと、今度は彼女が俺の分の指輪を手に取る。
彼女のささくれ一つない手が添えられ、指輪より美しい白く細長い指が無骨な指に指輪を通した。
指輪をはめるのは生まれてこのかた初めてだ。
皇帝としても初めてなのは、前皇后との指輪も普段は大事に仕舞われていているからで、俺自身は手にしたこともない。
皇帝は前皇后の死後、彼女に貞節を立て続けた。
その証とも言える指輪を皇帝がしていなかったのが、前から少し不思議だったものだ。
装飾品として他の指輪を用意されることもなかったので、最初は剣を握るのに邪魔なのかと思った。
しかし、書斎にある鍵付きの棚が気になって開けた時、メイドに驚かれた挙句彼女が気遣って部屋を後にしたことで、指輪と共に収められた前妻との思い出を皇帝が如何に大事にしていたかに気づけた。
今は彼の気持ちがなんとなく分かる気がする。
ルーナリアに付けてもらった指輪を親指で撫でながらそう思った。
「では、誓いの口づけを」
「……ああ」
ちょっとばかり浸っていた俺は、返事はしたもののカサンドラの言葉に身が強張る。
キス……するのか……いや、もちろん分かってたが……うん……。
「神への誓いを永遠のものにするためのものです」
「……ああ」
儀式だから真剣にしろということか、それとも、先ほどのように心をこめろということか。
分からん……が、やるしかないことは分かっている。
こちらを向き軽く俯くルーナリアのベールを、俺は自分を鼓舞するようにサッと上げた。
すると、彼女は顔を上げて微笑みかけ、右に軽く頭を傾けるとそのまま目を閉じた。
たかがキス一つ。
なのに、心がおかしくなりそうだ。
心臓はもう爆発寸前。
いや、もしかしたら俺の心臓はもう無いのかもしれない。
でないと、こんなに自然に彼女に歩み寄れないと思う。
でないと、こんなに自然に彼女の肩を掴み、口づけすることは出来ないと思う。
……やわらかい。
キスってこんな感じだったっけ。
まるで初めてしたような錯覚に陥った。
恍惚の最中、俺の耳にカサンドラの小声が届く。
「陛下、そろそろ」
その声に正気に戻った俺は、唇を離し手を離し元の位置に戻った。
……長すぎただろうか。
分からない、どれくらいの時間していたのか分からない。
不安になる俺にカサンドラは変わらず笑いかける。
「ここに、お二人の結婚が成立したことを宣言いたします。お二人が交わされた誓いを神が見守ってくださりますよう、お二人を温かな祝福で満たしてくださりますよう、お祈り申し上げます」
カサンドラは手を重ねて祈りの言葉を捧げた。
俺とルーナリアは本当に結婚したらしい。
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