第32話 国王が集める兵士たち
「リオット、王国はどれくらい兵を集めておるのだ?」
「第一報しかないが各地域の募兵数はまだ多くない。しかし、範囲が広いのだ。少なくない数が集まるだろう」
「ふむ、募兵のかかった範囲が広いと」
「そうだ。それを踏まえた構成をこちらも準備する必要がある」
徴募兵と言えど人間、動かすには金がかかる。
遠くから連れてくればそれだけ費用が嵩むし、同じ数を集めるなら国境付近から集めるのが合理的だ。
そう考えると、もっと数が増えることは自ずと想像がつく。
つい俺はあの国境線を埋め尽くす人の群れを幻視してしまった。
ちなみに、俺が行かないという選択肢はない。
ルーナリアと約束したからだ。
「リオット、そう真に受けることはない。十中八九戦争にはならんのだからな」
「十に一つどころか二つもありそうに聞こえるが?」
ジルファノの言葉に答えたリオットに俺は内心同意した。
いくら皇帝が強くても、一人で千人を相手には出来ないだろう……出来ない、よな?
「あってもそれは王国にとって破滅の道だ。陛下と儂が居る帝国に王国が勝つ道は万に一つもない」
「だが、現に王国は徴募兵を集めているんだぞ。玉砕覚悟で陛下のお命が狙われてはどうするつもりだ」
「陛下を討つつもりならもっと巧妙に手の内を隠すだろう。それに、儂の命に代えてでも陛下には届かせぬよ」
「……皇太子殿下のこともあって、今の帝国は何があっても陛下を失えん。一つ間違えば帝国は内側から瓦解しかねんと分かっているのか?」
皇帝の生死に関わる話だからか、ジルベルト君の名誉に関わる話だからか、リオットは険しい顔ではありつつも言葉を選んで尋ねた。
だが、対するジルファノはその表情同様穏やかに返答する。
「殿下の騒動はすぐに収まる。元々賢い方だからな。亡きクローディアさまに似たのは容姿だけではない」
「だといいが……。それでも、当初予定していた人数では不安だ」
サラッと皇帝がディスられた気がするが、気にしてはいけないのだろうか。
脳筋皇帝は脳筋皇帝なりに帝国のことを考えていたと思うんだけどな……。
やはり俺の心の拠り所はルーナリアだけだ。
そんな彼女を迎えに行くんだし、何よりも戦場にビビるなんて皇帝らしくないか。
「なら、陛下の周囲を固める意味でも騎兵を増やせばいい。全部で三百くらいでな。よろしいですか、陛下?」
「あぁ……あまり連れて行くのもな。恰好がつかんだろう?」
とっさに聞かれて頷くと脊髄反射の如く適当な言葉が出た。
それを聞いたジルファノは、狐につままれたような顔を一瞬見せると破顔して同意する。
「はっはっはっ、それもそうですな!」
「……万一の際にそれで足りるのですか?」
「陛下が率いられるのだし指揮は儂が執る。十分だ」
「本職のお二人がそう仰られるのでしたら私は従うしかありません。それに、報告にはありませんが、兵数を増やしているのは国王が来ようとしているからとも考えられます」
リオットは文官としての推測を述べた。
今まで伏せていたのは確証が無かったからだろう。
「儂もそれが理由だと思う。もう一つ考えられることはあるが」
「まぁ、護衛でなくとも愛娘の名に泥を塗った意趣返しかもしれないな」
「しかし、そこまでケツの穴の小さい男には見えませんでしたがなぁ」
「ええ、無いとは申しませんが、このようなやり方でこちらを刺激してくるとは考え難いかと」
国王を知らない俺は一般論で語ったが、二人にそれぞれ否定されてしまった。
しかし、やはりルーナリアが来るなら戦争にはならないはず、まさか娘の目と鼻の先で戦争は始めないだろう。
逆に、戦争になるならルーナリアは俺を引き出すエサでしかない。
彼女は国境線には来ず、あるのは俺をハメる罠のみ。
そこでジルファノの言葉に戻る。
俺を討つ気があるならもっと巧妙に罠を張り巡らせる、と。
察するに俺に文句の一つでも言おうとしてるんじゃなかろうか。
そんなことを考えていると、リオットがジルファノに尋ねた。
「ところで、もう一つ考えられることとはなんだ?」
「……ふむ、この婚姻の本質を考えると、それは和平の象徴であろう」
「そうだな。既に両国の間に交流はあるとはいえ、双方それぞれに思うところがあるのが現状だ」
リオットの言葉は国境に行ったばかりの俺も感じたことだ。
強大過ぎる覇権国家の誕生をよしとしなかった王国は帝国に宣戦布告した経緯があるし、一方で、周辺国を支援する王国を先に叩こうと帝国が王国に攻め込んだのも事実。
結果、帝国民は王国が先に宣戦布告したと思っているし、王国民は帝国が攻め込んできたと思っているのだ。
「つまり、両国の民のことを想えば目に見える友好の証が必要となる」
「それが両国間の婚姻による同盟だな。それは分かる」
「なら、もう分かるだろう?」
「まさか……募兵は薄く広く行われるだけだとでも?」
ジルファノの問いかけにリオットが問い返す。
俺でも言いたいことは分かった。
もし、これ以上の募兵が行われないのであれば、わざわざ遠くから金をかけて人を連れて来る理由は一つ。
観客だ。
「恐らく同じ地域から第二第三の募兵はない」
「しかし……」
リオットが信じきれないのも分かる。
彼は立場上、万が一を頭から消しきれないから。
だが、俺にはジルファノの推測がしっくりきた。
それに、仮に違ったとしても、そういう風に利用することは出来る。
「何にせよ、これ以上は推測の域を出んしなぁ」
「それもそうか……では、部隊の内訳を」
ジルファノが話を打ち切ると、首肯したリオットが彼に尋ねた。
「そうだなぁ。歩兵を五十に弓兵は……二十でいいか、補給部隊を三十で百、陛下の騎士団が三十と。んー、重騎兵を七十に軽騎兵を百で三百。陛下、これでいかがでしょうか」
「十分だ」
「畏まりました。精鋭を揃えさせます」
「そうだ、リオット。常備兵の指揮官は歩兵の扱いが上手い気の利くのにしてくれ」
俺の承認を受けたリオットにジルファノが注文を付けた。
それを聞いた彼は不満げに口を開く。
「……つい癖でやってしまったが、そもそも元帥だし今回は率いるんだから自分で手配しろよ」
「いやぁ、儂もそのつもりだったんだがなぁ。お主はメモを取っておるし既に陛下の命も下った。老いた儂がうっかり間違えては困るであろう?」
「あーそうか、他人の家どころかベッドまで行っても気づかないんだしな。仕方ないか」
「ほっ、こりゃいい言い訳だ。いつか亭主にバレたら使わせてもらおう」
「……色ボケ爺は放っておくとして。陛下、他には何かございませんか?」
「……あぁ、恙なく事が運んだ時のことだがな。準備して貰いたいものがある」
リオットに急に話しかけられた俺は、やや戸惑いながらも国境に集まる王国民を利用することを伝えた。
きっと協力してくれるだろうし、ルーナリアにも連絡しておかないとな。
それにしても、急にやり合い出すんだもんな……。
急に振られたらびっくりするよ……ほんと。
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