第31話 古くからの友人

 ルーナリアとの約束の日まであと十五日となった。

 急ピッチで用意されていた婚礼の衣装の調整も済ませ、残すは彼女を迎えに行く護衛兵の準備くらいだ。


 その事を話し合うための会合が、俺とリオット、そしてジルファノの三人で行われるはずだった。

 しかし、怪我から復帰したはずのジルファノが時間になっても到着しない。


「遅いな」

「あの色ボケ爺、陛下をお待たせするとは……」 


「仕方ない。先に始めておくか」

「……では、王国からの報告を致します」


 リオットはただ報告と言ったが、つまりは表と裏の情報源を合わせたものだろう。

 この宮殿にも他国のスパイが居ることは想像していたけれど、こうしてスパイの存在を意識すると少し緊張するな。


「国王は例の事件について王女殿下から聞き、改めて皇太子殿下に激怒したようです」

「無理もないな」


「ですが、同時に王女殿下が新たな婚姻に前向きであることに呆気に取られ、振り上げた拳の下ろしどころに困っていた、と」

「……気の毒に」


 とは言いつつも、ルーナリアが未だ心変わりしていないことに安心する自分が居る。

 気になるのは国王の怒りの矛先か。


 こちらから正式に謝罪することは不可能だが、迷惑料代わりの利子で納得してくれるだろうか。

 他に出来ることはほとんど無いとはいえ、客観的に見ると金で解決しようとして見えて結構気まずい。


「その王が街道沿いの主たる都市に徴募兵を集めさせているようで、背景を考えますと懸念に値するかと」

「徴募兵か……」


 徴募兵とは兵役の課された一般市民である。

 正規兵や傭兵と比べると質は低いが、傭兵に比べると愛国心が高く使い方によっては傭兵よりも働く。


 そして、常備軍である正規兵との一番の違いは数だ。

 必要な時に集めるだけの徴募兵は容易に数を揃えることが出来る。


 だが、兵士の数が必要になるのは大規模な戦争をする時だ。

 リオットの警戒も当然と言える。


 ……国王は何を思って徴募兵を集めさせているのだろうか。

 微妙な緊張感が漂いだしたところ、部屋にノックの音が鳴りジルファノ到着の報せが入る。


「陛下、元帥のジルファノ様が参られました」

「通せ」


 ジルファノは扉のすぐ外に居たのだろう、取次の者の返事を待たずに彼は部屋に入ってきた。

 そして、悪びれた様子もなく朗らかに謝罪を口にする。


「いやぁ、遅れまして申し訳ない」

「陛下との会議に遅れるとは……元帥としての自覚が足りないのではありませんか?」


「相変わらず大袈裟だなぁリオット、内輪の話し合いだろう?」

「何度も言っておりますが昔とは違うのです。陛下は皇帝で貴方は元帥、元帥として軍人の規範となるべきでしょう」


 飄々としているジルファノに対し、リオットは不機嫌さを隠さず食らいつく。

 しかし、ジルファノに堪える様子はなく、どこ吹く風といった具合に口を開く。


「そうは言っても儂は皆の手本になるような人物ではない。それは分かっているはずだろ?」

「限度がありますし、誰にでも努力することは可能でしょう」


「言わんとすることは分かるが、皆が皆お主のように出来る訳ではないぞ?」

「……学院を出たてのひよっこでも出来ることを求めているだけですが?」


「いやぁ、そう言われては儂には学が無いゆえなぁ……。いくら簡単と言われても、老いた儂に今から出来るようになるか自信がない。陛下には申し訳ないが、これはもう元帥の職を辞させて頂くしかありませんなぁ」

「ちっ……狐ジジイが……」


 部屋に入って来た時の謝罪もにこやかだったのに、ここに来て初めて表情を曇らせてジルファノは辞任を申し出た。

 珍しくリオットがシンプルに毒づくのは、ジルファノの代りが居ないことを分かっているからだ。


 リオットの完全敗北である。

 いくら正しかろうと正論を言おうと、正義が必ず勝つわけではないのだ。


「はて、近頃耳が遠くなった気がしてな。何か申したか?」

「いっそ言い寄る女の声も聞こえなくなればいいのに」


「かっはっはっ、そうなったら儂は毒を呷って死ぬわ!」

「なら、お前に言い寄る女たちに口パクで話しかけるよう脅してでも買収してやる」


 負けを認めたリオットが開き直って罵ると、ジルファノは楽しそうに返事をした。

 ジルファノが内輪と言った理由が分かる光景だ。


 だが、そこに入っていく資格も、また勇気も俺にはなかった。

 俺はいつもの一抹の寂しさを隠すように二人に言う。


「それくらいにしておけ。じゃれあっていては話が進まん」

「申し訳ありません」


「まったくですな。それで、何の話をしておられたので?」

「どの口が言うんだ……。まぁいい、オルランレーユの国王が徴募兵を集めている」


「ほぉ……それは面白い」

「馬鹿言え、どこが面白いんだ」


 短い説明を聞いたジルファノは笑みを浮かべたまま目を怪しく煌めかせたが、リオットは歯に衣着せずツッコんだ。

 俺の中でアンドロイド疑惑のあったリオットもジルファノにかかればこうなってしまうのか……。


 別にジルファノのようになりたいとは思わないし、自分が絡まれても困るのは困るが。

 それでも、俺はある種の尊敬の念を抱きつつジルファノの言葉を待った。

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