第28話 リオットの一面

 帰りは歩兵を含む軍を近くの要塞に預け、自分の騎士団だけを率いて帝都に戻った。

 いくら鍛えられた兵士と言えど歩兵の足に合わせては十日以上かかってしまうからだ。


 約束の日まで一ヶ月。

 帝都と国境を往復するだけでは能がない。


「よく頑張ったな」


 城の前で愛馬から降り、ぽんぽんと軽く叩き褒めていたところ、駆け寄ってきた召使いに手綱を渡した。

 国境から帝都まで五日、まずますのペースだろう。


「では陛下、我々はこれにて」

「うむ、皆も大儀であった」


 ウォルコフに続き馬上で礼を取る騎士団を労い、俺は城に入る。

 すると、そこで宰相のリオットが出迎えてくれた。


「無事にお戻りになられて何よりです」

「……なにかあったのか?」


 皇帝になってから、こいつがこんな所まで出迎えに来たことは一度もない。

 思わず勘ぐって聞いたが、彼は特に表情を変えず返事をする。


「いえ、大したことはございません。ただ、お疲れの陛下のお時間を有効に使わせて頂こうと思ったまでのこと」


 つまり、奴は気を利かせて俺が部屋に行くまでの道中で報告してくれるという。

 どうも嘘くさい……。


「……まぁいい。で、報告は?」

「大司教のカサンドラ殿から事は恙なく進んでいると、まず間違いなく訴えは認められるでしょう、と連絡がありました」


「順調そうでなによりだ」

「ええ、あの方は清廉潔白な印象と異なり、こういうことでも優秀なようです。まぁ、ご実家の影響もあるでしょうが」


「実家か」

「はい、彼女が若くして大司教になったことで、成功は実家の後ろ盾と揶揄する噂をよく耳にしますが、あながち全てが間違いではないでしょう」


 若くして出世すればやっかみを買うのは往々にしてあることだが、彼女の資質や能力が聖職者として優れていたことに疑いはない。

 少なくとも会った時の印象ではそう感じた。


 しかし、リオットの言葉にあったように、彼女の実家が力のある古い家柄であることも事実。

 実家を通じて教皇庁とも太いパイプを有していたことが、今回の件に関係ないとは言えないだろう。


「噂なんてどうでもいい。大司教に礼を言っておいてくれ」

「それでしたら陛下のお口から伝えられた方が喜ばれるかと」


「俺からか……」

「はい。先日も申し上げましたがお祝いを申し上げに来たいそうです」


「分かった。予定を調整してくれ」

「かしこまりました」


 別に会いたくない訳ではないけれど、なんとなく気恥ずかしい。

 マルケウスほど裏が見えていれば口実だと分かって気楽だが、シンプルにお祝いに来られるとなるとちょっと身構えてしまう。


 だって、婚姻の中身はどうあれ俺史上初めての結婚なのだ。

 どうも第三者に喜んで祝われると考えるだけで、国家間の約束という建前が吹き飛んでつい実感してしまった。


 そして、ルーナリアとの婚姻を考えると、必ずと言っていいほど脳裏に浮かび上がるのがジルベルト君だ。

 気になった俺はリオットに尋ねる。


「そういえばジルベルトはどうしている?」

「当初の予定通り警邏部隊の指揮を執っておられます。ですが、めぼしい賊は今のところ居りませんので」


 ジルベルト君は休みを利用して小隊の指揮を執っているようだ。

 王国と和平が成りそうな状況では大きな戦争は起こりそうにもないが、それでも小さな戦闘は絶えずあるし今後どうなるかも分からないからな。


「そうか。小規模でも遠くからでも一度は実戦を肌で感じておくべきだが」

「はい。陛下の跡を継がれるのですから重要なことかと。かと言って辺境に送る訳には参りません」


 辺境とは国境付近を指すが、特に帝国北東部は遊牧民の領域と面していて争いが絶えない。

 帝国はそこをジルベルト君に与えることで、資金を投入し余分に兵士を投入して防御を固めている。


 もちろん、領主だからと言って彼が直接前線に行くことは無い。

 しかし、俺の代で解決出来なければ彼が皇帝として向き合う問題なのだ。


 全く戦場を知らずに皇帝になってもジルベルト君が苦労するだけ。

 それで、なるべく早いうちに経験を、ということだと思われる。

 

「戦争を知るには早いだろう。何が起きるか分からんからな。万が一があっては困る」

「仰る通りです。ですので、今回も殿下の周囲は万全に固めるよう厳命してあります」


 ふと、リオットの言葉に違和感を覚えた俺は疑問を口にした。


「……どんな具合にだ?」

「率いられる警邏隊は偵察を含め軽騎兵が十五人ですが、殿下の護衛として近衛騎士を八名付けております」


「……なぜあいつの騎士団ではなく近衛騎士を護衛にしたんだ?」

「陛下。警邏は防衛隊の任務です。殿下の騎士団を出せば騎士団長である将軍が指揮に助言し、殿下を甘やかしてしまいます」


 ぴっかぴかの鎧でガッチガチに固めた近衛騎士を八人も護衛に付けた男が何か言ってる……。

 というか、重装備の近衛騎士が三割を占める二十四名からなる騎馬隊を前に、出て来れる賊は居ないだろうな……。


「……そもそも十五人居ればジルベルトの護衛も出来ると思うが?」

「一介の隊長と皇太子殿下は異なります。万が一があっては困りますので」


 いくら専門じゃないとはいえ、このポンコツ具合はおかしい。

 俺にはわざと賊をぶつける癖に、この調子じゃ賊の居ない街道を回らせている説まである。


「念のために聞くがジルベルトはどの辺りを警邏に行っている?」

「報告を見ねば分かりかねます。経路も殿下がお決めになっておりますので」


「なるほど、確かにそれも経験だな」

「はい。ですが恐らく今はサントレーア、マルトン村、ゴルセゼントの辺りではないでしょうか」


 真顔のリオットが示したのは全て俺が直近で行った場所ばかりだ。

 ……こいつ、もしかするとジルベルト君のことになるとアホになるのかもしれない。

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