第22話 馬車は部屋に入りますか?

「ところで、陛下。本当にこちらでお休みになられるのですか?」


 話題が一段落したことでルーナリアが二つ目の質問を投げかけてきた。

 今度は彼女が来た時点で想定していたやつだ。


「うん、我々のような身分の者が居ていい部屋は一つしか無いらしいんだ。俺はどんな部屋でも構わないんだけどな」


 正直、皇帝を馬車で一晩過ごさせるのが客をもてなすホストとして正しいのかは微妙だ。

 だが、ルーナリアの部屋と病人が寝込む部屋を除くと、後の部屋は似たり寄ったりなのだと考えられる。


 つまり、町長からすれば、侍女やそこらの兵長と皇帝を同じ扱いにしてしまうということだ。

 下手をすれば彼らを部屋から追い出すことになりかねない。


 そんなことになるくらいなら、俺は皇帝として無理を通す方がいい。

 別に、口うるさい評論家が居るわけでもないし、あまり田舎の気弱そうなおっさんを困らせたくはないのだ。


「さようでございましたか……何も知らずに一人部屋で休むところでした。申し訳ございません」

「いや、そうするよう俺が言ったんだ。謝ることはない。夜も更けてきただろうし、そろそろ部屋に戻って休むといい」


「しかし、陛下をここに置いては行けません。一緒の部屋にはいらして下さらぬのでしょう?」

「君の名誉が傷つくような真似はしたくない。分かるだろう?」


「……はい。お気遣いありがとうございます」

「そんな、礼を言われるほどのことじゃないさ」


 ルーナリアが婚約を承諾しても、あくまでも彼女の婚姻を取り仕切るのは父親である国王だ。

 この世界の貴族に自由恋愛は許されていない。


 自由恋愛は義務を果たしてから人目を避けてするもの。

 それが貴族らしい振舞いなのだ。


 もし、婚約前のルーナリアと部屋で一晩過ごせば、彼女に不満を持つ人間は間違いなくそういう目で見る。

 俺は彼女の足枷にはなりたくなかった。


「そうです!」

「おぅ……急にどうしたんだ?」


 急に声を張り上げたルーナリアに驚いて尋ねると、彼女は明るい声音で語りかける。


「陛下、ここは馬車です」

「それは分かっている。それがどうした?」


「陛下、ここは部屋ではありません。馬車です。私たちが一緒に居ても問題ない。違いますか」

「……詭弁が過ぎるだろう」


 定義上どうかは知らないが、馬車が車であると捉えれば車内か。

 ルーナリアの有無を言わせぬような押しの強い口調に、俺はたじたじとなりつつも宥めようとしてみた。


 が、彼女は引くどころか呈した苦言を撥ね退け、眉が寄って困り顔の俺に向かって身を乗り出して言う。


「いいえ、そうは思いません。ここには私でも楽には横になれない椅子が二つ向かい合ってるだけ、誰がどう考えてもここで男女が睦み合うことは出来ませんもの」

「十分に出来るが?」


「えっ?」

「ん?」


 当初、ルーナリアの目は見開かれたまま表情が固まっていたが、じょじょに反射的にした俺の返事が脳に沁み込んだらしく、ランプの明かりとは異なる肌の赤みがどんどん増していく。


 教育は受けているのだろうが、男女の交わりの深淵はその一端も知らなさそうだ。

 まぁ、偉そうに言ってもも実技はまだ履修してないが……。


「ぇっと……ぁの……」


 ルーナリアは何か言おうとするも強張った表情が動かせないのか、ろくに言葉が出ていない。

 そんな彼女に見つめられた俺も金縛りにあったかのように動けず、俺は自身が動くためにも二人にのしかかる空気を震わせにかかる。


「あー……それにだな。椅子も別に小さくはないだろう。十分ゆったりと座れる。そうだ、こうして側面にもたれれば足も伸ばせるしな」


 俺は足でぐしぐしとブーツを脱ぐと、扉と反対側の壁にもたれかけ足を椅子に伸ばして見せた。

 皇帝としては随分とだらしない姿だが、彼女の緊張をほぐすのには成功した。


「まぁっ、陛下ったら」


 ルーナリアは咎めるように苦笑する。

 ミッションを完了した俺は、言外の指摘に肩をすくめつつも従い、姿勢を戻しブーツを履き告げる。


「そういうことだ。今夜は部屋で休んでくれると助かる」

「……ですが、仮に私たちのことを疑うとしても、馬車の中で二人が過ごしたなどと言う噂を誰が信じるのです?」


 ついさっきまで、あれだけ恥ずかしがった彼女だ。

 てっきり俺は納得してくれるものと思い込んでいたが、彼女はまだ引き下がらない。


 よく言えば真面目。

 だが、ルーナリアには思った以上に頑固な部分があるんだな。


 ジルベルト君とぶつかった原因の一つはやはりこれだろうか。

 まぁ、いざとなれば俺が彼女を守るだけだ。


 それが惚れた俺の役目だろう。

 そんなことを考えつつ彼女に問う。


「本当に部屋に戻らないのか?」

「はい。ぁ、そうでした。エリー、あなたは部屋にお戻りなさい。また明日の朝に迎えに来てちょうだい。出来るだけ人目を避けてね」


 ルーナリアは満足気に頷くと、外で待たせていた侍女のエリーシュに声をかけた。

 おそらく、エリーシュは俺の味方をしていたはずだ。


「姫さまっ、ですが!?」

「静かに、それと反論はなし。お願い」


 返ってきたのは悲鳴にも似た抗議だったが、ルーナリアは命令とも友人に対する懇願にも取れる言葉を届けた。


「か、畏まりました。皇帝陛下、どうか王女殿下をお守りくださいますよう」

「もちろんだ。任せろ」


 エリーシュが頼んだのは二つ。

 ルーナリアの身の安全と名誉だ。


 必ず護りきってみせるとも。

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