第23話 雪の夜に
それにしても、ルーナリアと二人馬車で過ごすことになるとは……。
本末転倒だが、彼女の気持ちは嬉しい。
しかし、嬉しいと言っても相手は片思い中の相手なのだ。
正直、緊張してきた。
まだまだ朝まで時間があるのに、この精神状態で彼女と向き合っては心が持たない気がする。
俺は不慣れな相手とはカウンター席の方が話が弾みやすいことを思い出し、体勢を変えるべく彼女に一言断ることにした。
「ルーナリア。すまないが、楽に座ってもいいか?」
「もちろんです。お好きな姿勢でお寛ぎください」
俺は彼女の言葉に甘えて先ほどのように馬車の壁にもたれて足を伸ばす。
軽く一息つくと、踵の下に毛布があるのを思い出した。
そう言えば、先ほど用を足しに行った時に夜の冷え込みを考え、念のために貰っておいたのだった。
俺は身体を起こしてそれを手に取りルーナリアに差し出して言う。
「寒いだろう。これをかけるといい」
「いえ、私は大丈夫です。陛下がお使いください」
しかし、彼女は両手を前に出して拒む。
ちょっと心配なのは、うっかりして足を置いてしまったことだ。
町に着いた時に身体を湯で拭って靴下も履き替えていたし、大丈夫だとは思う。
けれど、俺の小心者の部分が、彼女がそれを気にしているのでは、と囁く。
「俺は大丈夫だ。デカい身体は伊達じゃないからな」
「それでもです。陛下のお身体に万一があっては困ります。私はずっと馬車に乗っているだけですので」
ルーナリアはそう言って固辞するが、理由がなんであれ、俺は彼女の身体の方が心配だ。
どうせ彼女との関係はろくに進展していないんだし、本当に嫌がられても構わない、それくらいの気持ちで俺は彼女に尋ねることにした。
「なら、一緒にかけるか?」
「……よろしいのですか?」
卑怯な俺はそれでも逃げ道が残るよう笑って冗談のように言ったのに、事もあろうにルーナリアは真に受けてしまった。
「……いや、俺は構わないがルーナリアは嫌だろう。一人で使ってくれて構わないんだけど」
「どうして私が嫌がると思われるのですか?」
「どうしてって……俺はおっさんだし?」
彼女が乗り気な理由が分からず首を傾げると、彼女も同じように首を傾げて聞いてくる。
「婚姻すれば同じベッドで休むこともあると思いますが」
「それは……そうだけど」
そう、ルーナリアと俺が後継者争いを避けるために子を作らないとしても、両国の平和のため周囲には円満であるとアピールする必要はある。
「では、失礼いたします」
ぐうの音も出ない正論に返事できずにいると、ルーナリアは立ち上がり近寄ろうとする。
歩ける程の距離はなく、俺は慌てて右足を床に下ろし彼女が腰かけるスペースを開けた。
椅子に座るために背を向ける前の一瞬、ランプに照らされたルーナリアはどこか緊張しているように見えたが、椅子に座るその動きはいつも通りとても滑らかだった。
きっと光の加減でそう見えたのだろう。
俺は一人どぎまぎしながら毛布を広げて彼女の膝にかけた。
「ありがとうございます。暖かいです」
「あぁ、あまり寒くならないといいが」
「まだ日によっては夜は冷えますものね」
「みたいだな」
ありがたいことに脳筋皇帝の俺は多少の寒さでは何ともならない。
ルーナリアは毛布の下で手を軽く揉んでいるから、少し寒いのだろう。
でも、俺は全く寒くないのだ。
肌寒い程度での寒さでは、もう残念なことに一般論でしか語れない。
「もう少ししっかりかけた方がいい」
「ですが、それだと陛下が」
「俺は大丈夫だ。心配ないから」
「……はい。ありがとうございます」
それでも毛布を貰っていたのは、いい歳して強がって風邪を引いては馬鹿みたいだからだ。
今となってはもう、心配なのはルーナリアの体調だけである。
しばらく、彼女の横顔を眺める時間が流れた。
ずっと見ていては落ち着かないかと思ったが、だらしない体勢のせいか時たま視線をずらしているせいか、さほど心拍数は跳ね上がらない。
そんな時、ルーナリアが軽くこちらを伺い尋ねてきた。
「やっぱりもう一枚貰って来ましょうか」
「……どうだろうな」
いくら町の中とはいえ、彼女を一人で行かせるのも、彼女を一人残すのも心配だ。
しかし、夜に二人きりで歩いているのを見られるのは論外である。
だが、彼女がそう言う理由は分かった。
俺でも分かるほどに冷え込んできたのだ。
俺は身体を壁から離すと、上着を脱いでルーナリアの肩にかけた。
「これでどうだ?」
「えっ……そんなっ、陛下がお風邪を召されてしまいます!」
ルーナリアは慌てて上着を返そうとするが、俺が上着越しに肩に触れているだけで彼女は動けない。
俺は怪我させないように気を付けつつ彼女に言う。
「俺は頑丈だ。これくらいで風邪なんか引かない。いいから着ていてくれ、頼む」
「ですが……わかりました」
俺に返してもらう気が無い事を理解した彼女は、承諾して抵抗を止めた。
上着を脱いで気づいたが、やはり少々寒い。
わずかに木製の窓を開けると途端に冷たい隙間風が吹き込み、隙間から月明かりに照らされる、ぼうっと白い地面が見えた。
道理で寒いわけだ。
「雪ですか?」
「ああ、そのようだ」
ルーナリアからは見えなかったと思うが、雪の匂いでもしたのかもしれない。
彼女は少し俯くと、こちらを見ずに話しかけてきた。
「……陛下は、雪山で遭難したらどうやって暖を取り合うか知っておられますか?」
「……たぶん、知っている」
だが、この状況でその方法を具体的に口にする勇気は俺にはなかった。
だって、もし違ったら、俺は彼女と引っ付きたいだけの、ただの恥ずかしい奴になってしまう。
けれど、幸か不幸か、ルーナリアの口から語られる方法は俺の頭にあったのと同じものだった。
「くっついて互いの体温を分け合うのだそうです。試したことは、ないのですが」
「……俺も試したことはないな」
「試してみませんか?」
顔が見えない彼女の言葉に胸がドキリと高鳴り、雪山に行く予定があるのか、なんてクソしょうもない照れ隠しが口から出かける。
とっさに抑え込んだが、これ以上間が空けば拒んだことになりかねない。
「……嫌だったら、すぐに言うんだぞ?」
「……はい」
ルーナリアはちいさな声でちいさく頷き、わずかに身体を寄せる。
俺と彼女の間にはまだ、とても分厚い空気の壁があった。
きっと彼女は俺が上着を無理矢理渡したことで、気兼ねして頑張って申し出てくれたのだ。
受け入れられないほど嫌ではないのだろうが、恥ずかしいのは間違いない。
「ルーナリア、こっちに」
「……はい」
彼女はふたたび、ちょこんと腰を浮かべて近づく。
「もっとだ」
俺の言葉に彼女は動きで応え、俺のふとももの端に彼女の身体がようやく触れた。
途端に、ビクリと身体が反応してしまう。
固まったのは俺が先か彼女が先か。
深く考えると動けなくなりそうで、俺は勇気を振り絞って口を動かす。
「もっとだ」
「もっと」
「もっと」
「そこでいい」
「……ぁ」
ルーナリアが限界まで近づいてくれたことで、俺は身体を起こし上着の上から彼女を抱きしめられた。
厚めの上着を着ておいてよかった。
おかげでこの激しい胸の高鳴りを彼女に聞かれずにすむ。
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