第16話 婚約者が変わっただけなのに

「さて、陛下。そろそろ陛下の御知恵をもう一度お借りしたいのですが」

「聞くだけ聞いてみよう」


 そう言えば、一瞬で破綻した恋愛相談とそこから波及した婚姻の無効について話しただけ、リオットが部屋に来た理由は別にあるはずだ。


「いえ、こちらは本当に真剣に考えて頂きたいのです」

「……む、分かった。そうしよう」


 俺は余計なことを言わないよう無難に返事をしたけれど、リオットに真面目に聞いてくれと頼まれてしまった。

 彼の表情から心の機微を読み取るのは俺にはまだ難しい。


「明日ご帰国される王女殿下の護衛のことですが、少々問題がございまして」

「護衛は警備としてはもちろん形式的にも重要だろうが、お前に解決出来ないような問題が起きるものなのか?」


「ええ、私もまさかこうなるとは思いませんでした。一晩頭を抱えましたが答えが出ませんので、ご一緒していただきたく」

「……それほどか。説明してくれ」


 リオットに解けない問題を俺が解けるとは思えないが、聞いてみないことには分からない。


 なにより、ルーナリアの帰国は明日。

 一刻も早く答えを出す必要がある。


 俺はスイッチを入れてリオットの言葉に集中した。


「では前提として、ルーナリア様は皇太子殿下の婚約者にあたりましたので、当初はこれまで同様に常備軍からの選抜隊に加え皇太子殿下旗下の騎士団が護衛に付く予定でした」


「あぁ、だがルーナリアの婚約者はもうジルベルトではない。それだけで何が変わる?」

「殿下の騎士団には騎士団長が居りますが、陛下の騎士団の団長は陛下です」


「あいつは未成年だし戦場の経験も無い。これからも騎士団を率いる者は必要だろう」

「はい、それはそれとして。陛下旗下の騎士団には副長が居りますが、あの者では王女殿下の護衛隊を率いることは出来ません」


「まぁ、彼らは騎士であって将軍ではないからな。……そういうことか。ジルベルトの騎士団は、ジルベルトが率いられるようになるまでの役職として、将軍に騎士団長を任せていたんだな」


 確か、ジルベルト君に与えられている領地の近くの領主で、息子はジルベルト君と同い年だったか。

 将軍の息子もいずれは将軍として、ジルベルト君の側近になることを見据えての人選だろう。


「はい、皇太子殿下の騎士団長は将軍ですので護衛隊の隊長を兼ねられますが、陛下の騎士団の副長では護衛隊を率いる権限が無く、また一介の将軍では陛下の騎士団を率いることも出来ません」


 彼の言葉を裏返せばそれが答えになるのだが、俺以外にもう一人率いることが出来る者が居る。

 だが、わざわざ俺の元に来て話しているということは、『一介ではない将軍』にも問題があるんだろうな……。


 俺は一度しか会ったことがないのに、一癖も二癖も味わされた人物を思い出し問う。


「あまり聞きたくないが……元帥は何をしている?」

「私も報告を聞いた時は耳を疑いました。表向きと真相とどちらからお話ししましょうか」


「表向きだけという選択肢はないのか?」

「表向きは狩りの際に弓を引いて背中を痛めた、と」


 リオットは聞きたくないという俺の意思を無視して進める。

 正確には知らないが確か皇帝より二十歳くらい年上だったはず、無理も無いと思う。


「まぁ、それなりに歳だからな。信じるとしよう」

「ええ、確か六十近いかと。しかし、昨日皇太子殿下がなさった事は事が事ですので、そのことで二心あっての詭弁では、と一応勘ぐって調べたのです」


 これはもう彼が見つけた真実に話が移ってるんだろうな……。

 俺は諦めて相槌を打つ。


「そういうタイプではないと思うが、まぁ仕方ないな。それで?」

「はい、謀反の兆候は全くなく、身体を痛めていたのは事実でした。背中ではありませんでしたが」


「どこをやったんだ?」

「腰です。夫の居る女性とまた関係を持った際にまた腰を痛めたらしく、この肝心な時に使えない色狂い爺に腸が煮えくり返っております」


 リオットは苛立ちを隠さず吐き捨てた。

 色男で鳴らす元帥は俺も苦手だったが、彼は苦手どころではないらしい。


 まぁ、人生を謳歌している男と国政に人生を捧げている男では、相容れないのも仕方がないかもしれないな。

 とはいえ、肝心な時に使えなくても困る。


「……そうか。で、奴に代り元帥を務められそうな者は居ないのか?」

「さすがに大戦から十年、皆あの者に劣るか経験が浅い者ばかり。三枚も四枚も劣るので、あの者が死なぬ限りは妥協しかねるかと」


 以前会った時には、確か——。


『無双を誇る陛下の居られる戦場に対応出来るのは、世界広しと言えどこの儂くらいでしょうな』


 と、俺の肩を抱いて高笑いし、酒の甘い匂いの口で自画自賛していたか。

 それにしても、リオットは毛嫌いしつつも元帥としての能力は認めているんだな。


 だが、皇帝である俺としては、戦争のない今は元帥の能力よりも、彼の恋心が教会に影響力のある人物に関係する女性に向かないことを祈るばかり。


 あと、元帥が代えられなくて困るのは、当初の問題が解決出来ないことだな。


「それで、どうするつもりだ?」

「……はい。近衛騎士団も同様の理由で護衛隊には加えられませんので、いくつかある折衷案からどれかを選んで頂きたく思います」


 平静を装い本筋に戻ってくれたリオットに俺が頷くと、彼は一つずつ列挙していく。


「一つ、騎士団を護衛隊に加えず護衛隊の規模を大きくする」

「却下だ。騎士団は護衛というより華やかさや格を求めてのことだろう。絶対に許さん」


「……一つ、どちらかの騎士団に出動を命じて頂きますが、護衛隊とは別に命を出して頂きます」

「同じ命令を二つの部隊に出す、か。先方とやり取りする際に揉めたらどうする。みっともない。却下だ」


「一つ、予定通りに、ということで皇太子殿下の——」

「却下」


「最後に、元帥を無理矢理にでも輿に乗せて率いさせる」

「それが本命か。しかしな、恰好が付かんだろう」


 前の三つは、こういうのも一応あるよ、というアピールにすぎない。

 リオットは最初から最後の案を推すつもりでいたはずだ。


 しかし、今日言って明日であること、原因が皇太子にあることから、そう簡単に元帥が納得するとは思えず、皇帝の勅命か何かを貰いに来たに違いない。


「ですが、現実的にはこれしかないかと」


 そう、にはそれしかない。

 だが、俺の頭には、いやリオットの頭にももう一つだけ方法がある。


「もう一つあるだろう。皇帝自ら率いれば全て解決する」

「……正気ですか?」


「準備しろ。命令だ」

「畏まりました。勅命を頂けるのであれば否やはございません」


 さて、一先ず解決できたけれど、ルーナリアは喜んでくれるだろうか。

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