第17話 軍神か黒い死神か

「なぜ予定からこんなにも遅れるのだ!?」


 ルーナリアの護衛を率いるべく城から出ていくと、王国の者が城門前の広場で兵に詰め寄っていた。

 あぁ、あいつか。


 どうも聞き覚えがある声だと思ったら、式典のために王国から遣わされた大使だった。

 そう、ジルベルト君がルーナリアを責め立てた時、皇帝である俺の前に身を投げ出し抗議した男である。


「あの男はどれくらいあの様にしていた?」

「はっ! 先程、鐘が鳴ってからであります!」

 近くに居た衛兵に尋ねると彼は敬礼して答えた。


 つまり、アレは本気で怒っているのではなく、いわばパフォーマンスだろう。

 うちの可愛い王女を待たせてくれやがって、という感じかな。


 俺としてもルーナリアを待たせるつもりは無かったんだが、何しろ今日は護衛を率いるのだ。

 らしい恰好をする必要があったのだが、俺史上初のフル装備に少々手間取ってしまった。


 俺はカシャンカシャンと音を立てて大使に近づき声を掛ける。


「待たせたな。いや、久々に着たせいで時間がかかったのだ」

「ようやく来られたか。王女殿下をお待たせするとは……こ、こ、こ、皇帝陛下!?」


「あぁ、余であるぞ。ところで、鶏のようだったが大丈夫か?」

「な、な、何故陛下がこちらに……それにそのお姿は伝え聞く黒い死神そのもの、いったいなぜ……」


 目に見えて狼狽える大使に、先日のリオットの言葉を思い出した。

 そういえば彼は俺が軍を起こすつもりなのでは、と心配していたんだったか。


 その俺が戦争に行く為の恰好で現れれば動揺して当然。

 少し気の毒になった俺は、出来るだけ優しい声で大使に話しかける。


「お前のことは気に入っておるが遅れておるのでな。ゆるりと話すのはまた今度にしよう。余は隊の責任者に用がある故、呼んできてくれるか」

「た、直ちに!」


 もつれる足で小走りに軍服の男の所に向かうのを見つつ、他の王国の者たちに目をやると、彼らは二種類の反応に分かれていた。

 一つは視線を向けると頭を下げる者、もう一つは大使のように露骨に動揺する者だ。


 大使が言った黒い死神は反シュトレーベン側が付けた渾名、つまり俺は戦争時に着ていた黒いフルプレートアーマーを着ている訳だが、やはり彼らにとっては恐怖の象徴らしい。


 俺も国境に着いた際には、向こうの護衛の兵たちに不要な誤解を与えかねないかと思っていたが、まさかこの時点でこうなるとは……。


 しかし、皇帝はこれに代わる新しい鎧を作っていなかった。

 なぜなら、帝国としては偉大な武神の象徴そのものなのだから、新調するにしても逸脱する訳にはいかなかったのだろう。


 これは国境での引き継ぎの際は鎧を脱いだ方がよさそうだな。

 下手に小競り合いにでもなれば全てが水の泡である。


 そんなことを考えていると、俺が来ていることを聞いたのかルーナリアが馬車から降りて来て挨拶をする。


「皇帝陛下」

「ルーナリア王女殿下」


 旅に出るとはいえ今日は帝都の中を通るからか、旅装ではなく豪華なドレス姿だ。

 ドレスは深いグリーンの生地に金糸で刺繡が施され、袖や裾にレースが付けられている。


「わざわざお見送り頂けるとは、ありがとうございます。それにしても立派な鎧でございますね。よくお似合いです」

「ありがとう。だが、見送りに来た訳ではないのだ」


 彼女がこの鎧の謂れを知らないはずがない。

 だが、両国の懸け橋にならんと志す彼女は、鎧も戦争も既に過去なのだと言外に示すべく、あたかも普段の恰好を褒めるかのように王国の者たちの前で振舞った。


「確かに鎧でいらっしゃる理由がありませんね。となると、陛下もどちらかにお出かけになられるのですか?」

「ああ、余が護衛隊を率いる」


「陛下がですか!?」

「理由は追って説明する。それで、隊長はどなたかな?」


 さすがのルーナリアも予想外だったようで、驚きつつも視線を後ろに居た男に送った。


「わ、私にございます、皇帝陛下」


 彼は大使と少し話していたが俺にビビッていた側の一人だ。

 なんならこいつが大使に話を聞いて後退りしていたせいで、ルーナリアに俺が来た理由が伝わっていなかったまである。


「うむ、護衛の任はしかと任されよ。あと、隊の者の不調や要求があれば遅滞なく申し出るように」

「……ははっ、畏まりました」


「では発つとしよう。ルーナリア王女、また夕刻にでも」

「はい、陛下。よろしくお願いいたします」


「馬を引け!」

 馬車に乗り込むルーナリアを見送って呼びかけると、いつの間にか集結していた騎士団の中から、精鋭揃いの騎士団の中でも頭一つ抜けて大きい軍馬が引かれて来た。


 鎧と同様に黒く、日の光を浴びて艶やかに輝いている。

 軍神の騎馬として戦場こそ駆けてはいないが、俺にとってはこいつこそ愛馬だ。


「今日は重いが頼むぞ」


 いつもなら撫でてやるところだが、鎧を着ていては怪我をさせかねず、ただ話しかけるだけにした。

 乗り方は武術同様に身体が覚えていて、乗馬は娯楽の乏しい今、俺の新しい趣味になっている。


「陛下、どうぞこちらに」

「ああ」


 馬の世話をする者たちがやって来て台を置き、鎧姿の俺が乗る補助をした。

 武器こそ腰に剣を帯びているだけとはいえ、こんな金属の塊を着て乗るとなると少々心配になるな。


「んー、まぁ大丈夫そうか」

「陛下、ご案じなさいますな。こいつは陛下と戦場を共に駆けたあいつの血を引いております。日々訓練もしておりますし、これくらいでは何とも堪えませんよ」


「うむ。そのようだな。参るか」

「ははっ!」


 俺より一回り小さく、俺より人一倍厳つい顔の男はこの騎士団の副長で、武神の右腕として戦場で鳴らした男だ。


 普段は騎士団を統率し訓練に明け暮れており、時折俺の稽古にも付き合ってくれる。

 いい男だ。


 いや、いい男たち、か。

 皇帝はどうも強すぎる。


 何をどう間違ったらこうなるのか、この脳筋皇帝は彼らですら三人がかりで何ともならない猛者なのだ。

 それに文句一つ漏らすことなく快く付き合ってくれる。


 主従関係ではあるが、恐らくは戦友という間柄なんだろうな。

 しかし、本物のハルフリードはもう居ない。


 彼らの忠誠心を受けるべき男とは程遠い俺は、少々しんみりした気分で帝都の大通りを進み、市民たちの歓声を浴びては時たま手を振ってそれに応えた。

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