第18話 順調な旅路に差される水

「んー、いい天気だ」


 帝都を離れて一週間、旅路は天候にも恵まれ至極順調だった。

 俺は今日も馬上の人となる。


 帝国が王国と和平を結んで十年。

 講和条約に婚約が盛り込まれたことで交易はすぐに始まり、それに伴い次第に交流も生まれていった。


 主たる街道はきっちりと整備されていて、精強な帝国兵の巡回で治安もいい。

 護衛とはなんなのか、と自ら率いることを名乗り出た身ではありながらも日に何度となく考えさせられる。


 それくらい暇だ。

 旅の楽しみは一日の最初と最後にルーナリアと交わす短い会話のみ。 


 まぁ、自国他国問わず、飢饉や災害が起これば賊のような連中も出てくるようだが、平時ではそうそう増えるものじゃないのだろう。

 ただ、仮に賊が出たとしても、俺が出かけた先々で賊に出くわすので、帝国で賊が生き残るのはそう簡単ではない。


 当然、裏で俺と賊を操っている奴がいる。

 我が側近の一人、宰相のリオットだ。


 行き先を指定しているリオットが俺を始末屋のように使っているのは確かだが、副官のウォルコフはどうだろうか。

 彼の場合は賊の気配に気づいても、脳筋皇帝が暴れられるよう要らぬ気を利かせているだけかもしれない。


 まぁ、どちらにしても二人の皇帝への評価が、俺が前世で持っていた皇帝のイメージとかけ離れているのは、はっきりと分かるというものだ。


「暇だな……」

「さようでございますか。しかし、近くに目ぼしい賊はおろか、コソ泥一匹も居らぬようですな」


 居たところで精鋭揃いの部隊の出で立ちを見れば出てくる訳もない、か。

 しかし、暇と一言呟いただけで賊退治に結び付くあたり、先ほどの推測は当たっている気がする。


 別に俺は賊退治なんて楽しくもなんともない。

 ただ、やらないと国が余計に荒れるからやってるだけだ。


「……そうか」

「捜索範囲を広げますか?」


「いや、いい。それに、護衛の範疇を逸脱した行いでルーナリアに血で汚れた格好を見せる訳にはいかない」

「ああっ、それは失念しておりました。あまり慣れぬ仕事ゆえ少々慣れませぬな」


 そう、彼らの本職は戦闘。

 王国と和平した後も、北東の遊牧民との国境での争いや同盟国の内戦にも皇帝に伴い参戦していた。


 同じ騎士でも、教会騎士のように聖職者や巡礼者を守ることも、近衛騎士のように高貴な人間の護衛をしたこともない。

 根っからの職業軍人で、皇帝と共に戦うことこそが彼らの役割なのだ。


「悪いな。お前たちを引っ張り出すしかなかったんだ」

「なにを仰いますやら。陛下と共に在ることこそ我らが誇り。それに、こんな私でも役に立てることがあります」


「お前は皆を取り纏め俺を支え、いつもよくやってくれている」

「ありがたきお言葉。ですが、今日はもう一つお役に立ってみせましょう」


「ほぅ」

「少々古傷が軋んでおります。昼から雨が降るでしょうな」


 そう言えば前に外出した時も、雨が降る前にウォルコフの進言で早めの休憩を取り、雨を躱したことがあったな。

 と、思い出しつつ空を見上げても綺麗な青空が見えるだけだったが、今回もウォルコフの天気予報は当たることになる。


 予定通り辿り着いた小さな町で昼の休憩をとっていたものの、いざ出発の時になって空模様が急変し強い雨が降り出したのだ。


 ルーナリアの隊は二十名、俺の騎士団が三十名、護衛隊は重騎兵十名、軽騎兵二十名、歩兵三十名、弓兵二十名、補給部隊に二十名、都合百五十人の一団だ。


 王女が居るため野宿させる訳には当然いかないが、この人数では道端で小休止するのも容易ではない。

 必然的に街道が通る町や集落で休むことになるのだが、今降ったのはまだ運が良かったと言わざるを得ないだろう。


「この雨では出発を見合わすしかありませんな」

「日暮れまでに予定していた街には辿り着けるか?」


 天候の崩れを見事言い当てたウォルコフに今後の予想を聞いたが、彼の表情は芳しくない。


「無理でしょう。我らや兵士はともかく王女殿下の配下の者たちには荷が重いかと。疲れも溜まってきているでしょうし、ゆっくりと休めるのは丁度いいかもしれません」

「だが、この町で我々の受け皿になれるか?」


 見たところ町というより半ば農村に近い集落だ。

 軍を率いた経験も、要人の護衛をした経験も無いウォルコフには、その辺の感覚が乏しい。


「まぁ何とかなるでしょう。久々に床で寝るのも悪くはないかもしれませんぞ」

「屋根があれば俺は構わないが、この町の長や後から聞いた領主がどんな顔をするかな」

「かっはははは、それもそうですな」


 ウォルコフがこれまで手配していたのは騎士団の三十人に皇帝一人。

 また、彼の言葉にあったように、脳筋皇帝は部屋や料理の質にこだわる人物ではなかった。


 調度品も着る物も人任せ。

 唯一皇帝が妥協しなかったのは武具のみだった。


 あとはもう、無い物は無いと割り切り、あるものでなんとかする。

 それが皇帝とこの騎士団の共通の認識なのだ。


 けれど、今回ばかりはそうはいかない。

 俺はお忍びではないし、なによりルーナリアが居るのだから。


 なんとかここで一晩過ごせればいいけどな。

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