第15話 神の名の許に交わされた契約
「ところで、婚姻契約の無効は認められそうか?」
教会の話が出たこともあり、俺は気になっていたことを確認すべくリオットに尋ねた。
この世界でも地球の中世同様、婚約は婚姻契約における一部である。
故に、一方が破棄したいと言っても、そう簡単に出来るものではない。
ぶっちゃけ、ジルベルト君が提示した理由では教会が認めてくれないのだ。
「はい、大司教にも確認は取れました」
「そうか、それで教会の要求は?」
たとえ、神の名のもとに行われた契約でも、当然教会には人が居て、彼らには欲がある。
契約の無効を認めさせるには、相当の理由だけでなく袖の下が必要だ。
「巡礼者の道を警護する兵士と教会の修繕費で済みました。教皇猊下へも上手く執り成して下さるそうです」
「それは助かるが……本当にそれだけか?」
「ええ。大司教は陛下の婚姻を喜んでおられました。近々お祝い申し上げに参りたい、と仰っておいででした」
「まさか祝儀だとでも?」
大司教は帝国内の教会におけるトップだ。
アポを取らなくても城に自由に出入り出来る。
つまり、俺と会う機会なんて幾らでもあるのだ。
わざわざ約束して会ったからといって、別個で何かを要求してくるとは考え辛い。
「大司教は、かねてより陛下が独り身で居られることに疑念を抱かれていましたから。賄賂も前例を残さぬためでしょう」
「……なるほど」
俺自身は大司教とは二度ほどしか言葉を交わしたことはないが、誠実そうな印象を受けた記憶がある。
後世で好き勝手される前例を作らないため、という理由であれば、安い要求で済んだのも理解出来るか。
「それで、実際にはどういう理由にしたんだ?」
「皇太子殿下と王女殿下の婚姻は両国の和平条約に起因するもの。皇帝、皇后となられる可能性のあるお二人の名誉を傷つける訳にはいきませんので、そちらから攻めることに致しました」
「……それって和平条約に瑕疵があったことにするってことか?」
「その通りです」
リオットは事も無げに言うが、すなわち戦争状態が終了していないことになる。
別に攻めるつもりは無いからいいのはいいけれど、婚約を無効にするだけで結構な大事になってしまったな。
「とは言うもののですね。和平条約は慣習で決まっている部分も多く簡潔に纏められております」
「弄れる点が少ないということだな」
「仰る通りです。ですが、我が国は王国に対し借金があります」
「ああ、賠償金の半分を建て替えさせたやつだな。それがどうかしたか?」
「はい。借り入れた条件は無利子で期間も五十年となっております。ここを変えさせて頂こうかと」
「いい考えだ。王国の面子もある。賠償代わりに金利を払って今回の件の謝罪にしようということだな?」
俺は正解と思われる方策を推測して言ったが、リオットはそれを目を細めて訝しむように聞いていた。
……何か違ったのだろうか。
それか正解だったとしても、もしかしたら自分で言いたかったとか?
まさかそんなはずはないよな。
などと考えていると、リオットが真剣な顔で尋ねてくる。
「陛下、本当にどこかで頭を打たれた覚えはございませんか。もしくはおかしなものを口にされたとか」
「いや、ない。というか、子どもか俺は……」
「そうですか。ですが、心配ですので後で典医に診るよう伝えておきます」
「それでお前の気が休まるなら別にいいが。いったい何が気にかかったんだ?」
彼の声音は真剣そのもの。
ただ事ではない、と俺も不安になりかけたところ、リオットが理由を告げる。
「まさか陛下に先んじて方策を言い当てられるとは思わなかったので、少々不安になりました」
「……ほぅ、あれだけのヒントを出されても分からない程アホだとでも?」
馬鹿にされていたことに軽く怒って見せるも、奴はどこ吹く風と言わんばかりに涼しい顔で堂々と言い放つ。
「なにぶん初めてのことで驚いて口から出たのです。お許しを。ですが、お気に障ったのなら職を辞すことも、命を差し出すことも謹んでお受けします」
「……さて、婚約の件はそれで全てかな?」
俺はその辺の賊なら腰を抜かすだろう覇気を収め、穏やかな顔と声でリオットに尋ねる。
彼の代りを務められる人間なんて居るはずもない。
国政というものに全く興味がない訳じゃないが、ゲームと違って大勢の生活がかかっているのだ。
分をわきまえている俺は大人しく脳筋皇帝を務めるに限る。
うん、今度からは彼が説明している時に口を挟まないようにしよう。
「ああ、お伝えするか迷いましたが、もう一つだけあります」
リオットも何事もなかったかのように答えた。
別に迷うようなことなら行ってくれなくていいのに。
そんな俺の思惑を知ってか知らずか彼は続ける。
「人の交わした契約と神の名の許に交わした契約は別だと、文句を付ける輩が出る可能性もあります」
「なるほど。その声が小さければ問題ないが、不都合な可能性は摘むに限る」
「なので、大司教に頼み家系図に線を一時的に足して貰う事にしました」
「……どこの家のどの家系図だ?」
「それは分かりませんが、恐らくはお亡くなりになられている方でしょう」
時代が時代だ。
生活水準の高い王侯貴族であっても夭折する子は居る。
いい気はしないが、ジルベルト君やルーナリアに近い子らの婚姻を偽装するということらしい。
と、不機嫌そうな俺の顔を見てリオットが付け加える。
「誰かが突かない限り表には出てきません。ほんの一月かそこらですから、お気にされることはないかと」
「……そうだな」
きっと、事が成った後は古い家系図のため汚れで線があるように見えた、とか。
折れ目があったせいだ、とか。
適当な理由で元に戻されるのだろう。
「なにはともあれ、これで殿下の婚姻は無効になりますし、陛下がご婚姻されれば突こうとしても無駄です」
リオットの言う通り、俺とルーナリアの婚姻が認められればそれが全てだ。
俺の婚姻が認められている時点で、ジルベルト君の婚姻の無効も認められていることになる。
つまり、婚姻が成立した後に文句を言えば、神がお認めになった婚姻に異議を申し立てるのか、となってしまうのだ。
誰も表立っては言えないだろう。
なんだろな……王族の結婚って綺麗で華やかなイメージだったのに、自分のは舞台の裏側ばかりが目に付いて、いろいろと思うところが多いものになりそう……。
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