第14話 帝国の頭脳リオット

「ルーナリアにフラれた」

「であれば、王女を帰すと同時に攻めるしかありませんね」


 ルーナリアが暇を告げて去った後、間を置かず現れた宰相のリオットに相談したらこれだ。

 長い付き合いのはずなのに、傷心の主君に寄りそうどころかあんまりな返事に、俺は呆然とリオットを見る。


 だが、奴はそんな俺の死んだ視線を物ともせず続けた。


「帝都周辺は兵を後ろから回せばよろしいかと愚考いたします。故に、最低限の防備を残し進軍は可能でしょう」

「……同盟を継続する方向で進めていたはずだったよな?」

「ええ、ですが今しがた破談になったと仰ったではありませんか」


 奴は馬鹿にするわけでもなく、ただ淡々と事実に基づいて意見する。

 いつもながらイカれた反応だ。


「同盟は問題ない。ルーナリアに婚姻する気はある」

「では、フラれたというのはどういう」

「彼女の心を得たかったが、向こうにその気はないようだ。まぁ……歳が離れているからな。親子ほどに」


 俺はなんとなく気恥ずかしくなって言い訳した。

 何ならもう二、三個くらいすぐ言い訳出来たところだが、冷血仕事人間のリオットには必要なかった。


「陛下、もしやどこかでまた御頭を打たれましたな。さすがにいつもながら傷らしい傷は見当たりませんが」


 奴は側に寄ると俺の頭をためつすがめつ眺めて言う。

 ……そう言えば転生したばかりの頃、俺が過労を心配して声をかけたら今みたいにおかしくなったかと疑われたな。


 皇帝の地位にある俺に友人らしい友人は居ない。

 元の俺にも友人はろくに居なかったが、皇帝には盟友と呼ぶべき人間がリオットを含め何人か居る。


 その彼らは、公でない場所では時に昔のように皇帝に向き合うのだ。

 この、リオットのように。


「どこにもぶつけてなどない。心配は無用だ」

「ええ、安心致しました。殿下に続き陛下まで錯乱されては困ります」

「確かにな」


 ジルベルト君はリオットにとっても、ただの次代の皇帝ではなかった。

 幼いころから成長を間近で見て来た、いわば気心知れた友人の子。

 故に、皇太子と言えど彼の毒からは免れないのだ。


「ただ、殿下のことは私の失策でもあります」

「そう言うな、ユーナリアも言っていたが学院の中のことだ。目が届かぬこともあるだろう」


 あまり感情を表に出さないリオットが珍しく気落ちした様子だったこともあり、俺は働きすぎな彼の語るミスについて理解を示すように答えた。


 なのに、俺の労い言葉にリオットが見せた反応は拒絶だった。

 何言ってんだこいつ、って目で俺を見ていやがる。


 ……いや、実際ちいさく唇がそう動いた気がした。

 俺の被害妄想だろうか……。


 しかし、彼は俺に正否を考えさせる間を与えず、今度は言葉を発するため確実に口を開く。


「陛下もご存じだとは思いますが、我が息も殿下のご学友として学院におりますので。息子が殿下をお支え出来なかったことは、即ち私の失態です」


 なんだろう。

 ジルベルト君の失態をとして責められている気がする。


 俺以外の人間にとってのまま。

 仕方ないこととはいえ若干こころがモヤッとする。


「息子にはしっかりと言い含めておきました。殿下がご苦労なされればアレにも皺寄せがいきます。今回の事で骨身に染みることでしょう」


 ……なんだろう。

 俺のせいで彼が苦労していると言われてる気分だ。


 もちろん、俺の思い過ごしかもしれない。

 けど、俺が会社に勤めていた時は上司にこんな風には言えなかった。


 これも関係性あってのことなのかもしれないが。

 さすがに脳筋皇帝に代り表と裏の政務を一手に引き受けるだけあって、どこか壊れているんじゃなかろうか。


 たまにこいつのことを機械かアンドロイドなんじゃないかと思ってしまう。

 いや、機械音声の労いの方がまだ感情が籠っていたかもな。


「いずれにせよ、王女殿下との婚姻に影響がなかったことは良かったですが、陛下に一つ申し上げておきたいことが」

「なんだ?」


「婚約者と言っても申し込んだだけの未婚の女性と二人で過ごされるのはいかがなものかと」

「別にやましいことはしていない」


 俺の言い訳にリオットは無機質な視線を送ってくるが、だってそうだろう。

 告白してフラれて慰められてお茶飲んだだけだ。


 ……あ、ヤバい、泣きそう。

 今後のためにちょっと脳内変換しとこ。


『ルーナリア、君が好きだ。結婚してくれ』

『か、勘違いしないでよね。国のために結婚してあげるけど、あなたのことは好きでもなんでもないんだから!』


 よし、これでいい。

 彼女のキャラと全然違うが一先ずこれでいいだろう。


 あえて問題点を付け加えるなら、俺にツンデレがそんなにハマらないことか。

 ……やっぱもうちょい修正しよう。


 と、脳内で自給自足のメンタルケアをしていたところ、それを妨害するようにリオットが話しかけてきた。


「ええ、陛下のご人徳のおかげで下世話な噂は恐らく流れないでしょう」

「……なら別にいいだろう。問題に思うなら国王へ極秘の言付を頼んだ、とでも適当に流しておけ」


「そちらの方が信じられそうで困ります。ただ、せっかく良好な関係を築いてきたのに教会に目を付けられては厄介です。お気を付けください」

「分かった。気をつけよう」


 この世界の教会も地球の中世と同様に強い力を持っている。

 ぶつかり合うよりは上手く付き合っていくに限る。


 それにしても、こんなことを相談できる相手はリオットかマルケウスくらいだと思ってのことだったが、失敗だったな。

 リオットなら的確なアドバイスをくれると思ったのに……。


 ……いや、くれたのはくれたか。

 破談になった時の侵攻のアドバイスだったけど。


 やっぱり、面倒くさがらずマルケウスに相談しておくべきだったか……。


 そこで俺は、フラットな気分でマルケウスの顔を浮かべて想像してみた。

 しかし、なんとも残念なことに、あいつが満面の笑みでアリアンヌを差し出そうとしてくる様が、ありありと目に浮かんでしまった。


 ……元より正解の選択肢はなかったか。

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