第13話 皇帝の仮面
「苦労をかけたな。今までジルベルトのことをありがとう」
「そんな……結局、殿下のお役に立てなかった私には、もったいないお言葉です」
ルーナリアは、ジルベルトを皇族足らしめられなかった、と頭を垂れて謙遜する。
「そう言うな。結局は父親である余が悪いのだ。今頃は国の父である前に一人の子の父であれ、くらいのことは陰で言われているだろう」
「私には噂話は分かりかねますが、殿下が影響を受けられたのは学院の中ですので。そこに居た私こそ、婚約者としてもっと上手く出来たのでは、と思ってなりません」
ルーナリアには頑なな部分があるようで話は平行線を辿り続ける。
どうしたのものかな、としばらく無言で考えていると彼女は少し呆けたように呟く。
「一日が終わる度に思っていたのです……どこか違っていれば、と。そうすれば……あの場所で、あのような形で、別れを告げられることはなかったのでは、と」
これまでを後悔し、昨日のことを思い返す彼女の姿は、とても寂しそうで切なくて。
ともすれば下手に息をするだけで今にも飛んでいってしまいそうで、俺には掛ける言葉の一つすら見つからなかった。
美貌を兼ね備えた才媛、完璧な王女。
それでも彼女も一人の少女で、そんなどこまでも強い訳がなかったのだ。
今すぐにでも力になってあげたい。
どこかにいってしまわぬよう抱きしめたい。
……だが、俺は彼女に男として望まれていない。
皇后にはなるだろう彼女に、俺は皇帝としてどこまで踏み込んでいいのだろうか。
ただ葛藤するしか出来ない俺に彼女は再び呟く。
「本当に苦しかったです。殿下に最後まで理解して頂けなかったことも。臣下を導き民を慈しむはずの口から、あのようなお言葉が紡がれるのを多くの方と聞かねばならなかったことも」
あの時のジルベルトの姿はルーナリアが望む逆と言っていいもの。
そして、彼女は自分が言われるよりも、そのこと自体を気にしてくれている。
彼女の在り方に心が震え、思わず手を伸ばしかけたけど、俺の手は届かなかった。
顔を上げた彼女と目が合ったからだ。
その目は若干赤らんではいたものの、驚いたことに表情はどこか晴れやかだった。
「ですが、もうそれも終わりですね。これからは殿下ではなく陛下をお支えするのですから」
「そう、だな。俺もルーナリアに迷惑をかけないように頑張るよ」
結局、彼女は自分の苦悩を吐露するだけで一人で立ち上がってしまった。
俺みたいな普通の人間では力になれないか。
なら、せめて出来るだけ面倒をかけないようにしないとな。
そう思って力なく応えたが、ルーナリアは不思議そうに尋ねる。
「一つお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「ああ」
「陛下は時々話し方が変わられますが、どうしてですか?」
「えっ……あぁ、それか……」
前もって聞かれてもいいように準備していたのに、これまでの話と落差があって、つい取り乱してしまった。
俺のせいで表情を曇らせたルーナリアに謝罪させてしまう。
「あっ……その、お尋ねしてはいけないことでしたら、お答えいただかなくても……申し訳ございません」
「いや、その、いいんだ。あー……なんて言うか、いわば俺は仮面を被っているんだ。皇帝の仮面だな」
「仮面、ですか?」
「あぁ、俺は皇帝として相応しくない部分も多い。だが、それでも皇帝だ。それらしく振舞うことが求められれば、応えるしかない」
「なるほど。皆が望む表向きの仮面ですか」
「あぁ、それが君の前だと……いや、なんでもない」
俺の説明を頷きながら聞いてくれる彼女に続いて理由を言おうとしたが、まるで惚気ているようだと途中で気づき止めた。
……まったく、彼女にその気は無いというのに、恥ずかしいやつだ。
しかし、彼女は俺に期待を抱かせるような言葉を口にする。
「陛下、私とお話しして下さる時は、よろしければ仮面を外して下さりませんか?」
「……へ?」
「もちろん、家臣や使用人が多いところでは難しいでしょうが。私と二人の時や、近くに人が居ない時はそうして下さると嬉しいです」
「そうなのか?」
「はい。恐れ多くも、皇帝として振舞われている時の御言葉が嘘だとは思いも致しません。ですが、楽になさっている陛下のお言葉も私は好きです」
「そ、そうか……」
僅かにルーナリアの顔が紅潮して見えるのは俺の思い上がりだろうか。
少なくとも俺の顔は赤くなっている気がする。
俺は息をしようと首元に手をやって緩め、二度三度首を動かして視線を彼女に戻す。
すると、視線が絡んだ彼女は目をぱちくりさせると、先ほどの言葉を弁明するかのように慌てて口を開いた。
「ぁ……その、婚姻が成立すれば陛下と一緒に過ごすことも増えるでしょう。お一人で過ごされてお心を休められていた時間を私が奪っては申し訳ありませんので」
「あぁ……なるほど」
「はい。ですので、陛下のお好きな方で話して頂ければ幸いです」
「じゃあ……せっかくだし、そうさせて貰うか」
「はい。陛下の御心のままに」
またも俺が勝手に盛り上がっていただけらしい。
だが、ルーナリアに気を遣わせるのも何だし、彼女の前では普通に話させてもらおう。
俺はきっとこれからも彼女に恋し続ける。
その彼女の前で皇帝で居続けられる自信は全くなかった。
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