第12話 すれ違う二人の第一歩
「陛下、あちらでもう少しお話しいたしませんか?」
「ああ」
少し調子を取り戻した俺をルーナリアはソファーに誘った。
彼女は俺の座らせると扉へと向かい、外に居る者に一言二言告げて戻って来て隣に座った。
「すみません、陛下。お待たせしてしまって」
「いや、構わないが」
もちろん今のは丁寧な社交辞令だが、皇帝の俺は予定だってかなり融通が利くし、大げさに言えば今日一日彼女に費やしてもいい。
王女である彼女より優先すべきことは無いと思う。
……あー、いや、リオットとの話し合いは外せないかもしれない。
朝食前に報せが入っていたから急用なんだろうが、まぁ多少遅くなっても構わないさ。
それにしても話とはなんだろうか、やはり仮面夫婦としてのルール的なことだろうか。
と、また勝手に落ち込みかけたところに、彼女が声をかけてくれた。
「それにしても、陛下があそこまで革新的な考えをお持ちだとは思いませんでした」
「そうかな。あー……ジルベルトのことなら、余は条件付きでしか認めてないどころか、今のままではジルベルトが認めさせられるとも考えてないが」
「それでも、万に一つの可能性でも、お認めになるつもりでいらっしゃるのですから。僭越ながら、私の中にあった陛下のイメージとは異なる御姿でした」
「なるほど」
その時、扉の方から微かにノックの音が鳴った。
俺が音に反応して見るとルーナリアが音もなく立ち上がる。
「すみません、陛下」
「ああ、構わないが」
ルーナリアは一言断ると再び扉に赴き、今度はティーポットとカップが二組乗ったトレーを持って帰ってきた。
「お待たせしました」
「すまない、お茶を頼んでくれていたのか」
メイド以外の人間にこれまでしてもらったことがなく、思わず前世の感覚で立ち上がって受け取りに行くと、ルーナリアは目を丸くしながらも取っ手を持った俺にトレーを預けてくれた。
「すみません、陛下。陛下のお手を煩わせてしまって」
「いやいや、こちらこそ気がつかなくすまない。いや、気を遣ってくれてありがとう」
「……はい、陛下。あ、そちらで結構です。ありがとうございます」
俺がルーナリアが座っていた方にあったティーテーブルにトレーを置くと、彼女はポットを手に取り綺麗にカップに注いでくれた。
流れるような美しい所作に思わず感嘆の声が漏れる。
「上手いな」
「ありがとうございます。どうぞ」
「ありがとう」
先に座っていた俺に彼女がソーサーに乗ったカップを渡してくれた。
続いて自分の分を持って来た彼女に手を差し出す。
「持とう」
「まぁ、ありがとうございます」
俺が彼女の分のカップも受け取ると、彼女は淀みない動きで沈むソファーに座った。
「ありがとうございます、陛下」
「ああ。うん、うまい」
「よかったです、お口にあって」
座ったルーナリアに彼女のカップを返し、しばしお茶を楽しんでいると彼女が話を切り出す。
「先ほどの続きですが。私の中の陛下の御姿は、王国で教えられた王族としての在り方を体現されているようで、帝国に着てからの私の目標でした」
「それは……光栄だな」
「誤解を恐れず申し上げますと、そういった経緯がありましたので、今日のような陛下の振舞いやお考えにはとても驚きました」
「表立って見えるものが全てじゃない。皆の目がある所では余も気をつけてはいるが」
ルーナリアは婚姻自体には乗り気だし、王国も同盟は結びたいだろうから婚姻は成立するだろう。
その彼女の前で常にハルフリード=フォン=シュトレーベン一世として振舞えるとは思えず、俺は予防線を張るように念を押した。
すると、彼女は予想外にもその予防線に食いついてきた。
「そうだったのですね。私も常々悩んでおりましたが、その度に私がまだ未熟だからだと考えておりました」
あまりの意識の高さに開いた口から言葉が出て来ない。
俺が彼女ぐらいの時分は、勉強そっちのけで好きなことばかりやってた気がする。
思い返すとちょっと恥ずかしくなるな。
「ですが、陛下のように立派な方でも悩まれるのだと知り、僭越ながら安心いたしました」
「ルーナリアの心が軽くなったのならよかったが、悩むのは当然のことだ。君くらいの歳なら猶更だろう」
「そう言って頂けると助かります。ですが、王族には年齢に関わらず責任があるとも思います……えっと、皇太子殿下を揶揄したい訳ではありませんが」
ルーナリアは少し困った風に言うと、俺はもう分かっていると示すように笑って頷いてみせた。
逐一気を使わせるのも何だし、俺もジルベルト君のことで伝え忘れていたことがある。
ここは下手に無理に話題を変えるより乗っかって話してしまった方がいいか。
そう考えた俺は表情を戻し口を開いた。
「俺もジルベルトのことで悩んでいたが。その点で言うと、ルーナリアにはこちらに来てからずっと悩ませていたのだろうな」
「ずっと、かは分かりませんが、最近の悩みの多くが殿下に起因していたのは確かでした」
彼女は謙遜して言ったが、きっと帝国でのほとんどの期間、そして悩みのほぼ全てがジルベルトに関することだろう。
俺が彼の奇行を知ってまだ二日、だが一月前に知ったとして何か出来ただろうか。
今となってはもう分からない。
しかし、そのジルベルトにずっと皇族足らんと振舞わせようとしてくれていたのが彼女なのだ。
なのに、父として謝ってばかりで感謝するのを、俺としては並外れた努力を知ったのに誉めるのを忘れていた。
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