第11話 マジで王族なお姫様とガチで恋したおっさん3

「陛下……陛下、大丈夫ですか?」


 ショックを受けて固まっていた俺にルーナリアが心配そうに尋ねてきた。


 王女である彼女にとって婚姻は契約で義務だ。

 そこに恋愛感情がなくても夫婦関係は成立する。


 だが、ルーナリアが拒んだのは子づくりである。

 無理にするつもりは当然なかったが、王侯貴族にとって子づくりとは次代に繋ぐための義務。


 自分の性的嗜好に合わずとも、婚姻すれば子どもを作らないといけないのだ。

 それを、必要が無いとはいえ言葉に出して明確に拒んだということは、彼女はあくまで政治的な理由で婚姻を受け入れたのであって、俺をそういう風に見ることはない、という意思表示なのだろう。


 ……いや、当たり前か。


「あ、ああ、大丈夫だ」


 フラれたという重い事実を腹の底に飲み込みつつ、俺はなんとか返事をして立ち上がった。

 結局、謝罪も彼女の心の奥底には届かなかったと思うが、だらだらと未練がましく跪いていても迷惑でしかない。


「ですが、お顔の色が優れぬように見えます。きっと長く床にお伏せになられていたからでしょう。どうぞこちらでお休みください」

「ああ、ありがとう……」


 ルーナリアは優しく背中に手を添え、俺が座っていた椅子へと促してくれた。

 その気遣いが出来たばかりの傷に沁みる。


 うん、別にフラれるのは初めてじゃないし、大丈夫だ。

 ただ、きっと自分でも驚くほど、年甲斐もなく彼女に恋してたんだ。

 その分ちょっとビックリしただけ、それだけだ。

 

「少しお疲れが出たのかも知れませんね。なにかお飲み物をお持ち致しましょうか?」

「いや、問題ない。本当に大丈夫だ……ただ、そう、ジルベルトのことを考えていた」


 労わり続けてくれる彼女に、俺はショックを誤魔化そうと、とっさに苦しい嘘を吐く。


「皇太子殿下のですか?」

「……ああ、あいつが皇太子であることに変わりないが、とてもではないが良い状況とは言えないからな」


「僭越ながら、確かに仰られる通りかと」

「うむ。少しでも状況が好転しないかと思い、マルケウスの娘のアリアンヌが婚約者候補になることを認めたが、どうだろうな」


 見切り発車の言い訳だったが、話が続けば止める訳にもいかない。

 俺は彼女が内心どう思っているか不安になりつつも話し続けた。


「マルケウス殿といえば、確か亡き皇后陛下の弟君でいらっしゃいますか?」

「そうだ。その娘のアリアンヌがこの春から学院に入るようでな。出来ればジルベルトが思い直してアリアンヌを選んでくれれば、と思うのだが」


「私も良い人選だと思います。従兄妹同士で気心も知っておられるでしょうし」

「……そうだな」


 ルーナリアは微笑んで賛同してくれた。

 自身へ酷い仕打ちをした相手の話をしているとは到底思えない顔をしている。


 本当にどうしてこんな子をジルベルト君は捨てたのだろうか……。

 俺が呆然と悩んでいると彼女は申し訳なさそうに口を開く。


「私もアリアンヌ様にご助力したいところですが、残念ながら逆効果になりかねないかと」

「そんなつもりで言ったわけじゃない」


 反射的に否定すると、ルーナリアは少し目を張って俺を見つめた。

 俺は慌てて言葉を付け足す。


「俺はジルベルトがどちらを選ぼうと構わないんだ」

「……まさか、皇太子殿下とレイカさんの婚姻をお認めになるのですか?」


 ルーナリアの言葉にあるのは純粋な驚き。

 そこに、公衆の面前でジルベルト君から語られた人物像は微塵も見当たらない。


 すれ違ったのは価値観の違いのせい、か。

 ジルベルト君は本当に恋に盲目だったのかもな……。


 出来れば彼にも幸せになってほしいけど、そのためには彼自身が頑張るしかない。

 とてつもないマイナスからのスタートだから、かなり厳しい茨の道になるだろうけど……。


「今は認めるつもりはない。けれど、ジルベルトが正しい形で皆を納得させれば別だ。……余を含めてな」


 ふと、皇帝モードが解けていたことに気づき、とっさに一人称から改める。

 気づかれていないだろうか、とチラリと見やるもルーナリアは特に気にする素振りを見せず意見を述べた。


「陛下は随分と革新的な考えでいらっしゃるのですね」

「ぁ、いや……すまない。万が一そうなったらルーナリアには気苦労をかけると思うが……」


 不安に思っていたせいか、なんとなく言葉を勘ぐってしまい謝るも、彼女も俺の言葉で嫌味である可能性に気づいたらしく驚いたように頭を下げる。


「申し訳ございませんっ。そのようなつもりは全く……ただ、正直にそう感じた次第です。どうかお許しください」

「あ、頭を上げてくれ、ルーナリア。俺がどうかしていたんだ。君が嫌味なんて言うはずがなかったな……すまない」


 俺は慌てて立ち上がり彼女の肩に手をやり身体を起こさせる。

 その肩は脳筋皇帝の大きな手を考慮してもあまりに細い。


 俺は筋骨隆々で超健康体なこの身体でも大変なのに、彼女はこの細身で王女足らんと責務を背負っているのか……。


 俺が頭の下がる思いでいると、身体を起こした彼女と目が合った。 

 そして、彼女は少し俺の目を見つめると、何か思うところがあった様子で口を開く。


「陛下、お言葉ですが、私も嫌味くらい言うことはあります。昨日も皇太子殿下に一言言わせて頂きましたよ?」

「そう言えばそうだったな……」


 あの場での一幕を思い出した俺が納得して応じると、ルーナリアは目を細めて表情を緩める。


「その調子です、陛下。陛下にはくよくよと悩む姿も、私などに請うように謝る姿もお似合いになりません」

「そうか……」


 確かに、脳筋皇帝がこんな姿を他人に見せたとは思えない。

 俺が今まで見聞きした皇帝は、武力に振り切ってはいるものの、まさに皇帝としての威厳を体現する人物なのだから。


「ですが、もしまた陛下が苦しい時がございましたら、これからは私にご相談ください。微力ですがお力添えさせて頂きますので」

「……ああ、ありがとう」


 展開がよく分からず目をぱちくりさせて答えると、彼女は小さく微笑んでくれた。

 よく分からんが皇后としては俺を支えてくれる、ということなのだろうか。


 しかし、ただでさえ色々と背負っているだろうに、筋肉だるまの俺までがこんな細い身体の彼女に頼っていいものか。

 まぁ、細いといってもスタイルは抜群にいいが。


 ……というか、やっぱりジルベルト君はアホだな。

 俺は彼女といわば仮面夫婦にしかなれないが、彼ならいい夫婦になれたどころか、彼女の支えがあればきっと名君にもなれたはずだ。

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