第10話 マジで王族なお姫様とガチで恋したおっさん2

「ジルベルトの非難に正当性は無く、君に非が無いことはあの場に居た皆が分かっていたはず。それでも、俺は君ではなく帝国を取った。そのことを謝りたいんだ」


 俺は扉が閉まるのを確認して顔を上げると改めて説明した。

 出来るだけ自分の言葉で。

 だが、ルーナリアは首を横に振って今まで通り答える。


「謝られる必要なんてありません。陛下は皇帝陛下であらせられるのですから、帝国を利するのは当然です」

「皇帝としては確かにそうだ。いや、公の場で無いここでなら皇帝としても謝れるが何の意味もない。だけど、男としては君に謝罪をし、赦しを請うことが出来る」

「どういうことですか、仰られている意味がよく……それよりも一先ずお立ち下さいっ、もし誰かに見られたら」


 ルーナリアはまだ平常運転に戻れないようだった。

 言葉通り俺が跪いていることを気にしてか、それとも彼女の常識に無い考え方だったからか、またはその両方か。

 いずれにせよ、俺は彼女の思考を整理させるようストレートに状況を伝える。


「誰も来ない。君も侍女に命じていたし、俺も事前にそうしておいた。だから、心配は無用だ。ここに居るのは皇帝じゃない、惚れた女に赦しを請うただの男だ」

「……え?」


「俺は、あの時、初めて君と出会った気がした。何を言ってるんだ、と思うだろう。だが、本当だ。あの時、あの場所で君に一目惚れした。それでも君を選ばなかった。だから、こうして謝ってる」

「へ、陛下……これはどういう……いったいなにをおっしゃって……」


「君が俺のことをただの皇帝としか思っていないことは分かる。でも、俺は違う。いつかは皇妃としてではなく、一人の女性として君を、君の心を得たい。そう思って謝ってるんだ」

「そう言われましても……陛下は皇帝陛下であらせられ、私は王女です。幼少の頃から己よりも国を優先するのは当然のこととされてきましたし、私自身そうあるべきと心得ておりました。なので……そんな、恋物語のようなことを急に言われても……」


 昨日のサプライズで彼女に耐性が出来たのだろうか。

 ようやく事態を飲み込めた様子の彼女は、戸惑いこそすれ王女のままほとんど揺るがない。


 だけど、俺は仮面の下の彼女の素顔を一度見ている。

 王女ルーナリアだけでなく、ただのルーナリアにも謝罪を届けておきたい。

 彼女は俺にもう一度あの顔を俺に見せてくれるだろうか。


「恋愛小説を読むのか、意外だな」

「えっ、あっ、その、息抜きに少し……そ、そうではなく、陛下こそ私よりも国を尊重されてきたお方のはず、なぜそのようにお思いになられたのですか?」


「なぜ、か。一目惚れに理由があるのかな」

「どう、でしょうか、私は存じ上げません。ただ……陛下は亡くなられたお妃さまをずっとお慕いになられていると伺っておりました。どうして急にお心変わりされたのでしょうか……」


 当然と言えば当然の疑問。

 だが、ルーナリアは痛いところを突いてきた。

 自分の言葉で語ることが出来ないところを。


 俺は仕方なく皇帝を演じ、心の中で謝りながら事実と偽りの言葉を口にする。

 謝罪はルーナリアだけでなく、会ったこともない前妻の女性にもだ……。


「それか。確かに、クローディアにはすまないことをした。だから、せめてもの供養にと彼女のために祈っていた。だが、今まで後妻を娶らなかったのは、帝国の復興と繁栄の妨げとなる大きな分裂を生まぬためでもあったのだ」

「そうだったのですか……」


「後妻を娶り男子が産まれれば少なくともジルベルトを推す者たちと争う。だが、そもそもジルベルトに対抗する者が居なければ、家臣団の中で対立はあろうと皇室を二分する争いは起きない」

「帝国のための深いお考えがあったのですね……」

「……あぁ。唯一の懸念はジルベルトに万が一があった時のことだったが、ジルベルトが無事に育ってくれたのは何よりだ。……ルーナリアには申し訳ないことをしたが」


 ルーナリアの心から感心したような様子に勝手に乗せられた俺は、皇帝に入り込んだせいで要らないことまで口走ってしまった。

 慌てて付け足した謝罪に彼女は微笑んで許してくれる。


「陛下、もういいのです。皇太子殿下と私は結ばれる定めではなかったのでしょう」


 その顔には理不尽な仕打ちに対しての怒りも、悲しみも、寂しさも何も無かった。

 彼女はあくまで王女として振舞い続けている。

 だからこそ、俺の心は締め付けられた。


 理由は分かっている。

 皇族として間違っているジルベルト君が苦しんでいるのは自業自得だが、王族として正しいルーナリアがもう全てを受け入れてしまっているからだ。


 俺に、彼女に愛してくれと言う資格があるのだろうか……?


「ジルベルトが皇太子のままで構わないのか?」

「……え?」


 しまった……。

 とんでもないことを口走った、と気づいたのはルーナリアが反応した後。


 彼女の立場や胸中を勝手に想像したり、自分の身勝手さを改めて顧みたりしていて、思考がごちゃ混ぜになっていたせいだと思う。

 頭が真っ白になる俺に対し、彼女は努めて冷静に口を開く。


「陛下、私は意見する立場にはございません」

「そう、だな」


 ルーナリアの真っ当な返事に俺は辛うじて応じることが出来た。

 だが、彼女が続けて発する言葉に俺の思考は再び固まる。


「もし、陛下が私を案じお情けを授けて下さろうとお考えでしたら、その必要はございません。私も帝国が二分されることは望みませんので」


 俺は言葉が出て来なかった。

 情けとはつまり、そういうことだ。

 彼女は、男子が産まれたら、という俺になる前の脳筋皇帝の意を汲み、子づくりを拒んでみせた。


 俺は、フラれたのか……。

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