第9話 マジで王族なお姫様とガチで恋したおっさん

「陛下、ルーナリア王女殿下がお見えです」

「お通ししろ。案内したらお前たちは席を外せ、誰も入れるな」

「畏まりました」


 部屋に控えていたベテランのメイドたちが一斉に扉へと向かう中、俺は椅子から立ち上がって窓辺に向かい、緊張から衣服の乱れを入念にチェックする。

 まるで初めて恋だと気づいた中学生の頃のようだ。


 自分でもおかしいと思いながらもソワソワと動くのを止められない。

 ほんの十秒か二十秒ほどのことだったのに、もう一度声がかかり扉が開くまで、十分にも二十分にも感じられた。


「皇帝陛下、ご機嫌麗しゅう」

「うむ。王女殿下も変わりないか」


 昨日の式典では来賓でありながらも主役である上級生を立て、ドレスではなく帝国学院の白を基調とした制服姿だったが、今日は彼女の淡いピンクの瞳がよく映える深いブルーのドレスを纏っていた。


「はい。本日は出立の前のご挨拶に参りました」

「もう行くのか。ずいぶん早いな」


「それほどではありません、予定を数日繰り上げただけです。元々王国へ戻る準備はしておりましたので」

「そうか」


 本当ならルーナリアは来年ジルベルト君と婚姻するはずだった。

 その場合でも、彼女が王国に帰るのは今回を入れて二回のみ、既に輿入れの準備は粗方終わっていることだろう。


 恐らく、王女本人が居る最後の調整が、順当に行けば輿入れの用意になっただけだ。

 それでも王都の宮殿は蜂の巣をつついたような騒ぎになっているだろうが。


「ただ、国王陛下にご納得して頂くために少し早く発つことに致しました」


 ご納得ときたか。

 自分の意思は変わらない、と。


 彼女の本心は分からない……いや、目を背けるのは止そう。彼女には王女としての責務を果たすことしかないだろう。

 決して俺を想って結婚する訳じゃない。


 当たり前だ。

 彼女にとって俺は皇帝で婚約者の父、だった。

 あの時までは。


 王女として受け入れはしたものの、一人の男として俺のことを見ようとは思ってもいないだろう。

 だが、俺は彼女が欲しい。


 彼女の心が欲しい。

 彼女の全てが欲しい!


 だから俺は、彼女とそのステージに立つために、最低限しておかなければならないことを今からする。


「そうか、そのことで一つ王女殿下にせねばならんことがある」

「私に、ですか?」

「あぁ、その通りだ」


 俺は返事をすると彼女の側へ行き床に両膝をつく。


「へ、陛下、なにを……!?」

「ジルベルトのこと、昨日の式典でのことだ。父として、また一人の男として君に詫びたい。本当にすまなかった」


 困惑する彼女を見据えて謝ると、俺は両手をつき頭を下げた。

 ……恐ろしく掃除の行き届いた綺麗な床だ。


 土下座は久しぶりだが、これでは土下座のし甲斐が無い。

 というか、相手も小汚いおっさんとは大違いで、なんとまぁ楽な土下座で却って心苦しい。


 本当のところ、別に父として悪いなんて一ミリも思ってはいない。

 ジルベルト君には申し訳ないが、父である自覚が無いから思い様が無いのだ。


 でも、本質は俺がどう思うかじゃない。

 彼女が俺をジルベルトの父だと当然見る以上、謝るならばそこにも触れない訳にはいかないだろう。


 俺はあの時、皇帝としてジルベルト君を選び、帝国と自分を取った。

 ほとんどの者が彼女に非が無いことを察していたのに、俺は一目惚れしてもあの場で彼女を選ばなかった。


 ルーナリアに正面から向き合ってもらうためには、俺はそれを謝罪するしかない。

 もちろん、たった一度謝罪したくらいでどうなるかなんて分からない。


 これは俺のエゴ、自己満足かもしれない。

 ……いや、きっとそうだ。


 でも……それでも、彼女に謝りたくて。

 こうするしかなくて。


 偽りの皇帝であるせいで、彼女に捧げる謝罪の言葉に偽りが混じるのが、本当に悔しかった。


「陛下っ、そ、そんなっ……あ、あなたたち、見てはなりませんっ、後ろを向くのです、早くっ。陛下、どうか御頭を上げてください!」


 後頭部にルーナリアの悲鳴のような言葉が刺さる。

 身勝手な俺のせいでまた彼女に迷惑をかけてしまっているのだろうか。


 けど、俺はまだちゃんと謝れていないんだ。

 ごめんな。


「そうはいかない。皇帝としては謝れないが、俺は一人の男として君に謝りたいんだ。本当に、すまなかった」

「そんな、謝るだなんて……あぁっ、あなたたちは外に居なさいっ、誰も入れてはなりませんっ、絶対にですよ!」


 ルーナリアは狼狽えていながらも的確に指示を出していた。

 そうすることで彼女が俺だけに集中してくれるなら、その方がいい。

 俺としては土下座なんて見られても恥ずかしくも何とも無いし、皇帝としてもルーナリアが吹聴しない限り誰も信じないだろう。


 でも、心の内を第三者に見られるのは別だ。

 やっぱり、ちょっと恥ずかしいからな。


 俺は頭を下げたままルーナリアの使用人たちが部屋を後にするのを待った。

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