第8話 自由恋愛は茨の道

「ジルベルト、よく来たな」

「話とは何でしょうか、陛下」


 翌日、朝食を済ませた俺はジルベルト君を呼び出した。

 マルケウスと交わした約束を飲んでもらうためだ。


「昨日だが、結婚式には出ずともよいと言ったことを取り消す。お前の心証をこれ以上下げさせる訳にはいかんからな」

「あの……取り消されずとも私は皇太子として出るつもりでしたが」


「……そうか」

「それだけですか?」


 アテが外れた。

 それをダシに引き受けさせるつもりだったのに。

 まぁ、まだ手はある。


「いや、皇太子として出るというのなら、やはりパートナーとして婚約者が居た方がいいと思うが。まだ婚約者とはいかずとも、あの者をエスコートするつもりということでいいのか?」

「いえ、それは……はい、もちろんです……」


 おーぅ、いい感触だ。

 大人としてアレなのは分かるが、ここは突くしかない。

 すまんな、ジルベルト君。


「なんだ、当日急に体調を崩しそうなのか?」

「そ、それはっ、そのっ……いえ、そうなるかもしれません」


「まぁ、仕方あるまい。一朝一夕にはいかんだろう」

「お気遣い、ありがとうございます」


「ああ、皇太子妃になるのは難しいものだ。まさか将来の義理の父と義理の母の婚姻に参列せぬ娘など居ろうはずがないとは思うが」

「えっ、いや、そうではなく、彼女も努力しているのです。今はまだその途中ですので、今回だけは見逃してはいただけませんか」


 ジルベルトは慌てて弁明してくる。

 俺は彼に理解を示すように頬を緩め、手を軽く振り宥める。


「気持ちは分からんでもない。が、皇帝として何もせぬのも問題だ。お前は唯一の後継者だからな」

「どういう、ことでしょうか?」


「昨日マルケウスが来てな」

「叔父上が……お祝いにですか?」


「表向きはな。実は、お前と皇室の未来を憂いてアリアンヌを婚約者候補に、と言ってきた。あくまで非公式に、だが」

「そんなっ、父上。叔父上は自分のことだけを考えて吹き込んでいるのです。アリアンヌはいい子ですが、叔父上に騙されてはいけません!」


 マルケウス、甥のジルベルト君にも散々な言われようである。

 この調子ではアリアンヌが妃の座を射止めても、彼が執政の権力を握れるとは思えない。

 会わないか口を閉ざしていれば気遣いの出来るいい男なんだけどな……。


「何がいけないんだ。何もあれはお前や皇室を害そうというのではない。皇室はマルケウスから利益を得るし、なによりお前の周りも多少静かになる。もう一度聞く、何がいけないんだ?」

「それは……」


 ジルベルトは言い淀んだ。

 彼も頭ではメリットが大きい事を理解しているはずだ。


「何もアリアンヌを正妃として迎えろと言っている訳じゃない。俺がお前たちの中を認めるかは、あくまでお前たち次第だ。お前にとってもこの話はいい時間稼ぎになると思うが?」

「しかし、それではアリアンヌが不憫では……」


「アリアンヌは今から学院に入るところだ。出るまで三年あるし、皇室の縁戚だ。出てからでも引く手あまただろう」

「ですが、アリアンヌの気持ちはどうなるのです」


 ……こいつはなんでこう庶民のようなというか、甘ったれた考え方をするんだ?

 少しはルーナリアを見習って、国民の血と汗の上に在ることを自覚してほしい。


「そこまで言うなら、お前との話が無くなった時は俺が仲人を務めてやろう。望むなら領地をやって二人でも三人でも好きな男を囲わせてやる」

「……分かりました。そういうことでしたらお受けします」


 甘ちゃんジルベルトはしぶしぶといった具合でようやく承諾した。

 マジで、他人の心配をしてる場合か?

 こいつは自分の立場と、自分の歩いてる恋路の厳しさを理解してるのかね……?


「そうか」

「叔父上が帝都にいらっしゃっているのなら挨拶も兼ねて行って参ります。では」


 ジルベルトはそう言って部屋を後にした。

 ……そういうところはちゃんと出来るんだよな。


 真面目なのにどうしてルーナリアから他の女に目移りしたのか。

 ぶちゃけそのおかげで俺は結婚出来そうだから強くは言えないが、ルーナリアとよほど合わなかったのか、それとも黒髪美少女とよほど合ったのか。


「ああ。確か、ルーナリアは側室にも理解を示している風だったっけ」


 彼女はただジルベルトの想い人ちゃんの身分を問題にしてただけで、恋愛観には口を出していなかった。

 そもそも、自由恋愛は権利ではなく趣味又は嗜好であるのに対し、家同士の婚姻契約は貴族の務め、それが真っ当な貴族の考え方だ。


 婚姻さえしていれば平民を愛人にしても、教会はともかく貴族はそこまで気にしない。

 さすがに度を越したら後ろ指を指されるが、一人や二人浮ついた相手が居ても家に支障が出なければ別にいいのだ。


 なんせ、継承権周りが少々面倒ではあるが、女性領主でもこの世界においては同じことなのだ。

 教会の目が煩いから表立っては難しいが、公然の秘密を持つ母系相続の家は帝国にも存在している。


 だが、今回ジルベルト君がしたことはちょっといただけない。

 唯一の後継者だったことで家どころか帝国に影響しているし、一つ間違えれば二国間の和睦を白紙にしかねなかった。

 ……そう考えるとちょっとどころじゃないな。


 俺のためにも、世のためにも、まずはルーナリアとの婚姻が上手くいけばいいが……。

 そんなことを考えていると、衛兵がルーナリアの来訪を報せてくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る